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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
54/404

斎藤一、見参 其之弐

このなんとも居心地(いごこち)の悪い空気が、ようやく二人に斎藤という男の気性を思い出させた。

つまり、この男には型どおりの社交辞令(しゃこうじれい)など意味を成さないということに。


そこで永倉は、当たり(さわ)りのない話題を持ち出した。

「おれたちゃ京に着いて間もないから、京洛こっちの事情がよく分からなくてな。どうだい、近ごろは?」

「…ひどいもんだな。あんた方もじき、ここに来たことを後悔する」

その言葉には妙に実感がこもっていて、永倉と原田をドキリとさせた。


「とにかく、山口の顔を見れば、みな喜ぶ。上京したのは俺たちだけじゃない、源さんや土方さんや総司も一緒なんだ」

「…悪いが、永倉さん。俺はいま、斎藤一と名乗ってる」

斎藤は隣にいる佐伯又三郎を気にするように断りを入れた。


佐伯又三郎は、先ほどから三人の再会の様子を眺めていが、斎藤の視線を感じると、軽く手を振ってみせた。

「気にせんでええて。今日(きょう)び、洛中(らくちゅう)を歩いとる浪人の半分は本名なんか名乗っとらん」


「この方は?」

永倉は、連れの男に眼をやり、斎藤に紹介を促した。

「京に来てから知り合った人です」

ところが、斎藤にみなまで言わせず、佐伯はさっそく売り込みをはじめた。

「大坂浪人の佐伯又三郎といいます。あ、これは本名でっせ。斎藤さんから、浪士組の近藤先生に紹介してもらお思いまして」


「へえ、入隊希望者か」

永倉は、値踏みするように佐伯又三郎を眺めたあと、ハッとしたように斎藤へ視線を戻した。

「…てことは、おまえもか?」

「ああ」

「それがどういうことなのか、おまえ、分かってるんだろうな?」

原田は、覚悟の程を()(はか)るように念を押す永倉に驚いて、その肩をつかんだ。

「おいおい、なに脅かしてんだよ。それじゃあ、さっきと言ってることが違うだろ!」

「ああ。だが山…斎藤がこっちで上手くやってるなら、あえて危ない橋を渡ることもねえ。だろ?」

斎藤は小さくかぶりを振った。

「永倉さん、俺は今でも自分のやったことを後悔はしていないが、江戸に心残りがあるとしたら、世話になった近藤さんに、なにも恩返しが出来なかったことだ」


元来、「食客(しょっかく)」の待遇(たいぐう)を受けた武士たちは、事あらば主人のために命を賭けることもいとわなかった。

しかし、太平の世が260年も続いた後の時代、それはあくまで建前というものに過ぎない。

そういう古風な(なら)わしを律儀(りちぎ)に守ろうというのは、いかにも斎藤一らしかった。

「命を差し出すにはつまらねえ理由だが、まあいいさ。おれたちも似たようなもんだしな」

永倉は原田と眼を見合わせて笑った。



「見かけん顔やな」

四人が連れだって壬生村に戻ってくると、ゆうが二人の新参者をめまわした。

今や、壬生村界隈(かいわい)で、彼女の顔を知らない人の方がまれなくらいだ。

動機は不明ながら、入隊に執念しゅうねんを燃やす彼女は、近頃では、八木家の人間に取り入ることを画策かくさくして、外で遊ぶこの家の子供たちの面倒をみたりしている。

浪士組の守りが固いと知るや、外堀から埋める手に出たのだ。


「まさか、入隊希望者とちゃうやろな?」

ゆうはまず、原田左之助に詰め寄った。

「だったらどうなんだよ?」

「あーっ!殿内とかいう大将に会いに来たんや。そうやろ?」

「殿内?誰だそれ」

昼間、井上源三郎の話などろくに聞いていなかった原田には、それが誰なのか本当に分かっていない。

トボけんといて!その殿内さんの出す試験に合格したら入隊できるんか?そうなんやな!」

「なんだか分からんが、俺らんときは、そんなかたっ苦しい手続きはなかったと思うぜ」

「そんなん、おかしいやんか!うちなんか、ず~~っと前から、入ったるゆうてんねんで?!」

原田は助けを求めるように辺りを見回したが、あとの三人は、すでに中に入ってしまって自分だけが取り残されているのに気がついた。

しかし、彼の場合は、すぐに開き直れる(したた)かさあった。

「知らねえよ!そんなことは山南さんか土方さんにでも聞いてくれ!」

「あの山南ゆうのは、ハッキリせんからあかん!そやったら、その土方ゆう人に、ちょっと、会わしてえな!」



一方、斎藤一は八木家の庭先で試衛館の古い友人たちから、ひとしきり歓迎を受けたが、その中に近藤勇の姿はなかった。

「近藤さんは?」

「いま、ちょっと浪士組の本陣ほんじんに出かけててね。なに、近所なんですぐ帰ってくると思うが」

井上源三郎が申し訳なさそうに頭を掻いた。


佐伯又三郎が、斎藤の後ろからおずおずと顔をのぞかせた。

「ほんなら、ここで待たせてもろてよろしいですか」

井上が、斎藤に問いかけるような視線を投げた。

「浪士組に入りたいというので連れてきたんです。近藤さんに引きあわせたいんだが」

「なるほど。じゃあ、さきに芹沢さんに紹介しておこう。ついといで」

井上は佐伯を従え、離れのほうへ先に立って歩き出した。

斎藤もあとに続こうとしたが、土方歳三がその後ろえりをつかんで引き戻した。


「あの男…佐伯と言ったか?何者(なにもん)だ」

土方は、斎藤の耳元に小声でたずねた。

「顔見知り程度なので、くわしい素性すじょうは知りません。だが、京の事情には通じている」

「信用できるのか」

土方の脳裏のうりには「敵と味方を見誤るな」と忠告した中沢琴の声が焼きついている。

「さあ。少なくとも俺は信用していませんが」

斎藤は、佐伯のうしろ姿を見送りながら、抑揚(よくよう)のない声で応えた。

それを聞いていた沖田総司が笑いだした。

「ははは、そんな無責任な」


「ま、いいじゃねえか。敵なら斬っちまえばいい。それより、土方さん、ちょっと来てくれ」

いつの間にか、その場に加わっていた原田左之助が、そう言って土方の腕を引いた。

「なんだよ?」

「門の前に、もうひとり入隊希望者が来てる」


ともあれ、こうして斎藤一と佐伯又三郎は、浪士組が京に入ったあと、最も早い時期に加盟した隊士となった。



しかし。



原田左之助から、もうひとりの入隊希望者、ゆうを押し付けられた土方は、めずらしく困り果てていた。

「そやから、なんでなん?原田はんは誰でも入れるゆうてはったで?」

「そんなわけねえだろ!」

この男を陥落(かんらく)すれば入隊が叶うと信じているゆうは、しつこく食らいついてくる。

女性の扱いには慣れているはずの土方も、こうした相手はいつもと勝手が違っていた。


「なんか試験があるんやったら、お題を出してえな!」

「なんだよお題って、落語じゃあるまいし」

「なあ、うち、何でもしますから」

ゆうはとうとう泣き落としに入った。

「よせ。そんな目で見るな。ダメなものはダメだ」


「なんの騒ぎだ」

二人が八木家の門前で押し問答をしているところへ、本陣から帰ってきた近藤勇があきれ顔で声をかけた。

「おう、どうだった?」

土方は、佐々木只三郎との折衝(せっしょう)の首尾をたずねた。

近藤がうなずいてみせる。

「会津藩おあずかかりの話、なんとかなりそうだぜ」


土方は無造作むぞうさゆうの頭を押しのけて近藤に歩み寄った。

「ほんとか?」

ゆうムッとして土方に追いすがった。

「ちょっとお!」


「そんな訳だから、今後、往来おうらいで女を口説くどくのは控えろ。体裁(ていさい)ってもんがあるからな」

近藤はわざとらしく顔をしかめてみせる。

「なんでやねん!」

「冗談でもよしてくれ。そうでなくても、俺はこの家で評判が悪いんだ」

ゆうと土方は、そろって渋い顔をした。


「あ」

近藤はそのとき、土方の肩越しに、斎藤一の姿を認めた。


斎藤は、少しはにかむように、小さくこうべを垂れる。


「ご無沙汰ごぶさたしています」



近藤はしばらく感慨かんがい深げにその顔をながめた後、大きな口の両端を吊り上げて笑った。


「…遅えよ」


その短い言葉には、万感ばんかんの想いが込められていた。


「申し訳ありません」

斎藤は静かな笑みを(たた)えてそれに応えた。


「歳、いよいよだぜ」

近藤は勢いよく土方に向き直り、その両肩をがっちりとつかんだ。


「…何が?」

「これで舞台と役者はそろった。俺たちはこれから、この京で勝負を賭ける!」


江戸、市谷甲良屋敷(いちがやこうらやしき)の道場で、ともに青春時代を過ごした九人の若者が、この日、再び京に集った。


近藤勇、山南敬介、土方歳三、井上源三郎、沖田総司、永倉新八、原田左之助、藤堂平助、そして、斎藤一。

彼らは、後に幕末最強の剣客(けんかく)集団と(うた)われた「新選組」の中核を(にな)うことになる。


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