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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
53/404

斎藤一、見参 其之壱

同日、夕刻。

浪士組本陣(ほんじん)、新徳寺の奥書院(おくしょいん)にて。


「そちらの方は、私がなんとか手を打つとしよう」

近藤勇が清河八郎の粛清(しゅくせい)失敗を告げると、佐々木只三郎は内心ないしん歯噛はがみしながらも平静をつくろった。

「申し訳ありません」

近藤は深々と頭をさげ、一呼吸ひとこきゅうおいて顔をあげると、気まずそうに切り出した。

「それで…厚かましいお願いなのですが、会津藩おあずかりの話をそのまま進めて頂くわけにはいかないでしょうか」

しかし、その眼は、まっすぐ佐々木に据えられている。

佐々木は唐突(とうとつ)な申し出に、しばらくの間ポカンとしていたが、やがて大笑(たいしょう)した。

「あははは!まったく、ほんとうに厚かましい奴だな」

「すみません」

重ねてびを入れたが、それはほとんど佐々木の笑い声にかき消されてしまった。

「わかった。嘆願書たんがんしょを早く会津藩に出したまえ」

「かたじけない」

近藤は、また神妙しんみょうな顔で頭を下げた。

「いや、実のところ、会津藩士の兄から京都守護の人手不足については散々グチられていてね。あの取り引きには、私の側にも浪士組を会津公の旗下(きか)に加えたいという打算があったんだ。あいや、これは、芹沢さんには内緒(ないしょ)だぜ?」

その告白を聞いて、近藤もようやく笑顔を見せた。

武骨(ぶこつ)な印象の近藤も、笑うと笑窪えくぼが出来て人懐(ひとなつ)っこい顔になる。

佐々木は、この実直な人物に好感を持った。


それにつけても、会津の財政的な窮状(きゅうじょう)は深刻だった。

黒船来航くろふねらいこう以来、親藩しんぱん(徳川将軍家と親戚筋にあたる藩)である会津は江戸湾の海防、品川砲台の警備などを歴任し、今回また、京都守護職という大役(たいやく)をおおせつかっている。

そのたびに莫大ばくだいな支出を()いられているのである。

しかもその間、国もとでは不幸にも干ばつなどの天災が重なり、今や台所事情は火の車だった。

浪士組のような部隊を現地採用できれば、会津公、松平容保にとっても願ったりかなったりだ。


近藤はまた表情をあらためて、身を乗り出した。

「しかし、鵜殿さまの方でも会津とのお話を進められているとうかがいましたが」

「ふん、殿内義雄に残留組を任せるというアレか。あの男、出自は確かだし、見た目も立派だが、中身は空っぽだ」

佐々木はさげすむ様に言った。

「もっとも、それがヤツに白羽の矢が立った理由さ。鵜殿さまは、浪士組が極力『何も問題を起こさない』ことを望んでいる。だが、それだけでは困るのだ。われわれ本隊が江戸へ引き返せば、会津はまた孤立無援(こりつむえん)で都を守らねばならん」

佐々木の悲壮(ひそう)な訴えに、近藤は無言でうなずいた。

「近藤さん、私は『あなた』に浪士組を任せたい。ただ、約束してくれ、私がふたたび一軍をひきいてこの京へ戻るまで、身命(しんめい)()して会津公をお助けすると」

近藤勇は佐々木の心情に触れて感じ入ったように口元を引き結んだ。

「しかと、(たまわ)りました」



近藤が辞去(じきょ)すると、佐々木は同僚の速水又四郎に本音を漏らした。

「曲がりなりにもサムライの家系に生まれた殿内は、から威張イバりだけが能の腰抜こしぬけだというのに、百姓のせがれに武士のたましいが宿っている…皮肉なもんさ。あるいは、あれこそが、代々土を耕してきた百姓の気骨(きこつ)というものかもしれん」

「だが、鵜殿さまの顔をつぶすことにならんか?あの方は殿内に浪士組を任せるつもりだろう?」

速水が、旗本はたもとらしい忖度そんたくを口にした。

「なに、大ごとにはなるまい。上の連中は、芹沢の背後にチラつく水戸の影に警戒しているだけだ。連中にとって、浪士組なんぞ、しょせん使い捨てのコマに過ぎん」

実際、浪士取扱の鵜殿鳩翁うどのきゅうおうは、浪士組を「やつらは狼の群れだ」と評していた。

「喜び勇んで帰った近藤には気の毒なことだな」

庭先からは、すでに夕陽が差し込んでいる。

若葉の萌える桜の木が紅く染まるのを見て、佐々木は目を細めた。

「それくらい、あの男にもわかってるさ」


京に残る浪士組の掌握(しょうあく)をめぐって、それぞれの思惑(おもわく)交錯(こうさく)していた。

しかし近藤はこのとき、まだ自分が血塗られた道に足を踏み入れたことにまでは気づいていなかった。



さて、すこし時間をさかのぼる。

八木家を飛び出した永倉新八と原田左之助は、いかにも場末の一膳(いちぜん)飯屋で早い夕食をすませたあと、三条通りを東へ向かっていた。

「しっかし、金がねえと時間もつぶせねえな。このまま俺たちの引き取り先が決まらなきゃ、山口を探すどころじゃねえぞ」

原田は飯が不味(マズ)かったせいか、機嫌(きげん)が悪い。

「やめとけ、バカの考え休むに似たりだ。幕府もダメ、水戸もダメとなりゃ、おれたちは会津にすがる他ないのさ。そーゆーことは、近藤さんに任しときゃいいんだ。あの人なら、きっと何とかしてくれる」

「そりゃまあ、考えないのは得意だけどさ。ところで、俺たちどこに向かってるんだ?」

先ほどから原田は不審に思っていた。

行くあてなどないはずなのに、永倉の足取りには妙に迷いがない。

「え?先斗町(ぽんとちょう)だろ?ちょうどいい時間じゃねえか」

それ以外の選択肢(せんたくし)があるのかと問いたげに永倉が振り返った。

「先斗町だろって、金もねえのに花街(はなまち)なんか行ってどうすんだよ?」

「あそこに行きゃ綺麗(キレイ)な姉ちゃんがいっぱい歩いてんだぞ!景色を()でるだけでも心が洗われるだろうが!あと、ほら、出会い茶屋の下見だってしときたいからなあ」

出会い茶屋というのは、今でいうラブホテルのようなもので、それを聞いた原田はあからさまに面倒くさそうな顔をした。

「そうかよ!ケッ、相手もいないうちから気のはええこったな」

すると、永倉は猛然と突っかかった。

馬鹿野郎バッキャロ、いつお琴ちゃんと来ることになるか、分かんねえじゃねーかよう!!」

「保証してやるがな、おまえは長生きするぜ。それより山口を捜そうって話はどうなったんだ?」

原田は永倉の胸先(むなさき)に人差し指を突きつけた。

「んなもんは、お琴ちゃんの次だ!決まってんだろ」

「あの娘も、エライのに眼ぇつけられちまったもんだな…ん?」

と、原田は突然言葉を切ると、向こうから歩いてくる二人組に目を()らした。

「んん?おいおい、俺の目がどうかしちまったのか?噂をすれば影ってやつだぜ」

「お、お、お、お琴ちゃんか?おまえ、どっか、あっち行ってろ!」

永倉は急に背筋を伸ばして、原田を突き飛ばした。

「…てめ、この野郎、ちげえよ!なんか、向こうから歩いてくるあいつ、山口に似てねえか?」

原田がそう言った時には、すでに相手の顔がはっきりわかるほど、彼らはお互いに近づいていた。


「永倉さん、原田さん」

先に声をかけたのは斎藤一こと、山口一の方だった。


「いよう!おまえ、ほんとに山口か?!久しぶりだな」

原田は全身で再会のよろこびを表現してみせたが、斎藤は例のクールさで軽く会釈(えしゃく)を返しただけだった。

永倉も一歩進み出て、うれしそうに斎藤の肩に手を置いた。

「俺は運命とか奇跡なんてなあ信じない口だけどよう、正直驚いたぜ。たった今、左之助とおまえの話をしてたんだからなあ」

原田が激しく首を縦に振る。

「そうとも!なんせ、突然消えちまったんで、みんな心配してたんだ。便たよりも寄こさねえで、何処どこでどうしてたんだよ?」

「…どう?どうと言って別に、江戸にいた頃とやっていることは何も変らん…」

やはりニコリともせずに斎藤がこたえた。


沈黙。


原田はぎこちない作り笑いでなんとかその妙な間をしのいだ。

「あ~…え~と…あの、なんかこの、話が続かない感じ?なつかしいなあ!」

もっとも、あまり表情は変えないが、斎藤も再会を喜んではいるらしい。

「あなた方は、近藤さんと一緒に京へ来たのか」

「なんだ。もう知ってたのかよ。だったら訪ねてこいよ。水臭(みずくさ)いじゃねえか」

原田がめげずに斎藤を小突いて、話を誘った。

「それを聴いたのがついさっきだ。だからこうして壬生に向かって歩いている」

「そ、そ〜りゃまた短絡(たんらく)て…もとい!迅速(じんそく)なこったな…」

「とにかく神仏(しんふつ)御加護(ごかご)だ。ありがたやありがたや」

信心とはおよそ縁のない原田が手をこすり合わせるさまを、斎藤は冷やかな目で見た。

「俺は壬生に向かって歩き、あなた方は壬生から歩いてきたわけだから、我々がここで出くわしたことと神仏は何の関係もなかろう」


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