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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
51/404

幸運の女神には前髪しかない

清河八郎の暗殺に失敗して以来、八木家の離れでは、芹沢派と近藤派の言い争いが絶えない。


今後の方針について、彼らの話し合いは迷走を続けていた。


清河の周辺はますます警備がきびしくなり、もはや、つけいるスキもない。

残された時間を考えると、暗殺の遂行すいこうは限りなく望みうすだ。

しかし、彼ら浪士組が会津藩に身元を引き受けてもらうためには、清河暗殺が交換条件だった。


「ここにいたっては、もっともらしい理由をつけて失敗の経緯いきさつを報告するしかあるまい。そのうえで、あらためて会津おあずかりの件を切り出せばいい。計画の続行が難しいことを納得させれば、佐々木只三郎も聞く耳を持つだろう」

芹沢派の知恵者ちえもの、新見錦が、議論を仕切りなおした。

ここまでは、おおむねみなにも異論いろんはない。

「だが問題は、どうやってそこへ話をもっていくか、だろ?」

土方歳三が疲れた顔で、その日何度目かになるセリフを繰り返した。


「こちらに何も落ち度がなかったと言い張っても説得力に欠くだろう」

新見もまた、おなじような意味のことをこれまでに何度ものべている。

「つまり、認めるべきは認めた上で、なおかつ失敗は不可抗力であったと印象づけなければならん」

会議はおどるる、されど進まず。

話し合いは、決まってこのあたりから紛糾ふんきゅうする。

つまり、争点そうてんが「失敗の原因はどこに、いや、誰にあったのか」という核心かくしん部分に及ばざるをえないからだ。

新見錦と土方歳三はそれぞれ身内にはないと言ってゆずらない。

議論はしばらく平行線をたどり、そしてスタートにもどる…というわけだ。



芹沢、近藤の両派が不毛ふもうな責任のなすりつけ合いに時間を浪費ろうひしていた丁度ちょうどそのころ、彼らの身のふり方について、浪士組の内部ではちょっとした動きがあった。

しかし、当の本人たちはカヤの外で、まだ何も知らされていない。

八木家にその情報をもたらしたのは意外な人物だった。



その日、井上源三郎がいつものように木刀を振るっていると、沖田総司がふらりとやってきて声をかけた。

「もう少しわきめたほうがいいですよ」

井上は少しおどろいて、声のしたほうをふり向いた。

「めずらしい。塾頭じゅくとうじきじきにご指導いただけるのかい」

「ていうか、なんでこんなせまくるしいとこで素振すぶりしてるんです」

玄関前のび石の脇に立つ井上を見ながら、沖田は苦笑いした。

「いやね。離れのまえじゃ、歳と新見さんの怒鳴どなり声がうるさくて。どうせお前さんも逃げてきたんだろ」

「…図星ずぼしですよ。やんなっちゃいますよね」

沖田はウンザリした顔で応えた。

その返事を聞いているのかいないのか、井上は脇を締めて木刀ぼくとうを振りながら、しきりに感心している。

「なるほど、わきかあ。なるほどねえ、参考になったよ。そうだ、どうだい?一緒に」

「う~ん…どうしようかな」

稽古けいこ道具を持ってくるには、またあの騒々しいはなれに戻らなければならない。

迷って視線を泳がせていると、例の風変わりな入隊希望者、ゆうが門の外からのぞきこんでいるのに目が合った。

「あれ?また来たの」

口をすべらせてから、沖田はしまったという顔をした。

うるさい相手に反撃のきっかけを与えてしまったと思ったのだ。

しかし、ゆうはチラリと沖田を一瞥いちべつしたきり、ツンとすまして通り過ぎようとする。

予想外の反応に肩透かたすかかしを食らった沖田は、そのわけが気になって、わざと引き止めるようなことを口走った。

「浪士組に入りたいって話なら、もうあきらめたほうがいいと思うよ」

ゆうは冷ややかな眼でふり返り、あいかわらず取りました様子で、クイとあごを上げた。

「えらそうに指図さしずせんといて。うち知ってるんやで。京に残る浪士組の大将は、殿内とのうちゆう人なんやろ」

沖田と井上は意外な台詞セリフに顔を見合わせた。

「ええ?誰がそんなこと言ったのさ」

「それは言われへんわ」

「なにそれ」

下っ端(したっぱ)と口きいても、しゃあないからな」


おおかた、例の調子でそこらへんを歩いていた浪士の一人を捕まえて、

「責任者は誰だ」というようなことを問い詰めたのだろうと沖田は推測すいそくした。

とはいえ、事は重大だ。

「こんな娘まで知ってるってことは、ひょっとして知らなかったのはわたし達だけじゃないんですか」

「いま、『こんな』ってゆうた?」

ムッとするゆうに、井上はひとのいい笑顔で手刀しゅとうを切った。

「いやいや、お嬢さん、助かったよ。まあ、われわれに聞かせたくない話だろうからねえ。うわさになってるんなら、一度、林太郎さんにでも聞いてみるとしよう」



二人がその足で沖田総司の義兄あに林太郎たちの泊まっている中村小藤太邸にいって確認したところ、真偽しんぎはともかく、そういううわさがあるのは本当らしい。

殿内義雄と家里次郎という隊士が、このところひんぱんに浪士組の長、鵜殿鳩翁と会っているというのだ。

殿内たちもこちらへ残留ざんりゅうを決めたというから、

「幕府は二人に、京に残る浪士を仕切らせる心づもりではないか」

との憶測には信憑性しんぴょうせいがあった。



井上と沖田が八木家の離れに戻ったとき、せまい六畳間には芹沢、近藤をはじめ全員が顔をそろえていた。

その一報は、会議をますます混乱に落とし入れた。


これから世に出ようとする彼らにとって、会津藩おあずかりの話はまさに「幸運の女神の前髪」だった。

このままでは、やっとめぐってきた好機こうきのがしてしまう。

そのことが彼らをイラ立たせ、対立に拍車はくしゃをかけた。


「いざとなりゃ、俺が水戸藩にワタリをつけてやるよ」

にらみ合う新見と土方をなだめるように芹沢鴨が言った。

こうなっても、芹沢だけは悠々(ゆゆう)とした態度をくずそうとしない。

確かに、彼の二人の兄は水戸藩に仕えていたが、過激かげき攘夷論じょういろんとなえる水戸藩は、むしろ今の幕府からケムたがられる存在だ。

それに、芹沢のコネをたよることは、近藤らにとって、もっともけたい選択肢せんたくしだった。

「それで、あんたが浪士組の首領しゅりょうおさまろうってはらだろ。そうはいくかよ」

土方歳三がみついた。

「じゃあ、もう一回、清河をねらうか?なら急いだ方がいいぜ」

からかうような芹沢の言葉に、新見が勢いを得てたたみかける。

「浪士組本隊が京を立つまで、あと四日ほどしかない。なんなら、本陣ほんじんち入って清河の首をげるか?」

難しい顔で額を押さえて話を聞いていた井上源三郎が口を開いた。

「それにですね、言いづらいんですが、鵜殿うどのさまも京都守護職を務める会津藩に浪士組をあずけるのがよかろうと考えているようなんです。ただし、その話がまとまれば、隊を率いるのは当然、殿内と家里ってことになるでしょうがね」

「な…」

土方は絶句した。

浪士組の引き受け先が決まっても、それではまた一兵卒いっぺいそつ逆戻ぎゃくもどりだ。

近藤勇が、大きな口をへの字に曲げた。

「つまり、彼らに先を越されるまえに、俺たちの名前で会津へ嘆願書たんがんしょを出さねば手遅れになる…か」

「おいおい、おかしいだろ。俺たちにはなんだかんだ条件を出しやがったくせに、殿内には無条件で浪士組を任せるってのか」

いきり立つ土方を山南敬介がさとした。

「我々のは、佐々木さま個人との口約束くちやくそくに過ぎない。殿内と話をしている浪士取扱ろうしとりあつかいの鵜殿様は、幕府そのものだ」

「んなこたあ分かってる。なんでそうなるんだって話だ。そもそも京へ残ると言い出したのは俺たちなんだぜ」


エラいさんがたにしてみれば、水戸なんて物騒ぶっそうな考えを持つ藩の人間に浪士組を任せることは、なんとしても避けたいのさ」

芹沢鴨が吐き捨てるように言った。

事実、水戸藩士らの主張は、取り締まるべき長州勢ちょうしゅうぜい大差たいさなかった。

しかし、そんな論法ろんぽうを土方らが認めるわけにはいかない。

「それは、あんたらのことだ。近藤さんはちがう」

新見錦は芹沢と眼を見合わせ、小馬鹿こばかにしたような笑みを浮かべた。

「近藤さんか。ふん、近藤さんに隊の指揮権しきけんあずけるなんてことは、おそらく考えもしなかったろうぜ」

「なんだと!」

「私に怒るのはすじちがいだ。彼ら旗本はたもとにしてみれば、百姓あがりの浪士などはものの数に入っていないんだよ」

これには試衛館の面々全員が顔色を変えたが、ひとり近藤だけは落ち着き払って、腰を浮かせる仲間達を押しとどめた。

「よせ。新見さんに怒ってもしょうがない。実際、そんなところだろう」

「分をわきまえていらっしゃる。いいかあ?おまえら。この国難にあたって、くわを刀に持ち替えるその心意気は買うが、危ないからこっちには向けるなよ?」

新見が薄笑いを浮かべる。

普段は温厚おんこうな山南が、こめかみに青筋をたてて立ち上がった。

「庭へ出ろ。斬る」

一座いちざ騒然そうぜんとなった。

みながそれぞれ好き勝手なことをわめき散らして収集しゅうしゅうがつかない。

「おもしろい。斬れるもんなら斬ってみろよ」

「まてよ。山南さんの手をわずらわせるまでもない。俺がやってやる」

「多摩の田舎ザムライがいい気になるな」

土方と新見が口汚なくののしり合うのを見て、ここにいる十三人の中で唯一ゆいいつ中立的な立場をとっている永倉新八が声をあらげた。

「いーかげんにしろ!いい年した大人がみっともねえ!お山の大将ごっこは俺抜きでやってくれ。付き合いきれん」

彼は荒々しく席を立ってはなれを出て行ってしまった。

「おーれも。うるさくって昼寝ひるねもできゃしねえ」

原田左之助がのっそりと立ち上がって後を追う。


永倉の一喝いっかつで、離れはウソのように静まり返った。

ころあいを見計らったように、近藤が重々しく口を開いた。

「…佐々木様には、ありのままを話すしかなかろう」

「では、近藤さんが頭を下げに行ってもらえるのか」

新見は面倒な役回りをすべて押し付けるつもりだ。

しかし近藤は鷹揚おうようにうなずいた。

「心得た」

些末さまつなことにこだわらない近藤の態度が、図らずも二人のうつわの違いを際立きわだたせた。

新見は苦い顔をして目をらす。

彼自身、それを感じたのだろう。


くどいようですが、けっこう話盛ってますんで。

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