表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
50/404

狙われすぎる男 其之参

四条大橋の方から歩いてくるのは、紛れもなく清河八郎と山岡鉄太郎だ。

二人は少し酔っているのか、どこか足元が頼りない。


誰かが鯉口(こいくち)を切った音を合図に、全員が一斉(いっせい)に刀を抜いた。

やがて、互いの距離が五間(約9M)ほどまで縮まったとき、

藤堂平助は()を決して、

「ちぇ、やってやらあ。行くぜ」

と押し殺した声でささやいた。


「まて!」


飛び出そうとした藤堂の肩をつかんだのは、意外なことに芹沢鴨だった。

藤堂が、怪訝けげんな顔で振り返る。

「なんです?」

「あれは…」

芹沢は、標的の姿を見つめたまま、押し黙った。



少しだけ時間をさかのぼった頃、

(たい)をさらに()った土方歳三は、永倉新八、沖田総司を従えて、醒ヶ井(さめがい)通りを北に向かって駆けていた。

そして、まもなく四条通に出ようかというとき、前方を横切る清河と山岡らしき人影(ひとかげ)を視界にとらえた。

「あれだ。ぎりぎり間に合ったぜ」


しかし、あと半町はんちょうほどに(せま)ったところで、

突然、着流(きなが)しのサムライが彼らの行く手をはばんだ。

三人はすばやく身構えたが、沖田がすぐ何かに気づいて、場違いにも(うれ)しそうな声をあげた。

「お琴さん!」


そこに立っていたのは、中沢琴だった。


「姿が見えねえと思ってたら、清河にくっついてやがったか」

先頭に立つ土方が毒づいた。

「あなたたちの他にも、清河を付け狙ってる馬鹿が一杯いっぱいいて、手が離せなかったの」

「そこをどけ。邪魔(じゃま)するなら、女でも容赦(ようしゃ)しねえ」

土方の声には、それが脅しでないことをうかがわせる酷薄(こくはく)な響きがある。

「あら。永倉さんや沖田さんならともかく、あなたの腕じゃ、まず難しいわね」

琴は、不敵(ふてき)に言い放った。

「てめえ!」

土方に身構えるいとますら与えず、琴は抜刀(ばっとう)して、その首筋に()(さき)を突きつけた。

「ほらね?いいから、聞きなさい。山岡先生が首から下げてるのは、隊士募集の御朱印状(ごしゅいんじょう)よ。(やいば)を向けるのは、不味まずいんじゃないかしら?」


琴のいう御朱印状ごしゅいんじょうとは、『道中、どこで隊士を(つの)ってもよい』という(むね)(しる)された幕府の認可(にんか)状で、徳川将軍の印が入っている。

このシルシに刃を向けることは、そのまま徳川幕府に歯向かうことを意味した。

現代の感覚では、なんともバカバカしく思えるが、そういう時代だった。

芹沢が襲撃(しゅうげき)躊躇(ちゅうちょ)したのも同じ理由からである。


「ちっ!」

土方は、苦々しい顔で舌打ちした。


永倉が、ニヤニヤしながら琴の顔色をうかがう。

「だがよう、水戸の先生方がバッサリいっちまうかもしんねえぜ?」


しかし、琴は平然として、微笑ほほえみ返した。

「あっちには山南さんがいるし、芹沢さんや新見さんもいる。あなた方みたいに、オッチョコチョイなことはしないと思うけど」

「このやろう、言わせておけば!」

土方は、突きつけられた切っ先に触れそうなほど、身を乗り出した。

(あわ)てた沖田が、その肩をつかんで引き戻す。

「なに熱くなってるんですか。らしくない」

「土方さん。残念だが、今日のところは退散(たいさん)するとしようぜ」

永倉もそう取りなしたが、土方の怒りは納まらない。

「あんた、いつまでこんなことを続けるつもりだ」

手の(こう)で刀を払いのけながら、琴に詰め寄った。

「言ったでしょ?他にも清河の命を狙う人間がまだ大勢いる。少なくとも、あの人が京にいる間は、わたしがそばにいるのを忘れないことね」

すばやく立ち去ろうとする琴に、永倉が声をかけた。

「おれたち以外ってのは、誰のことだよ」


琴は振り返って永倉の目をじっと見た。

「さあ?ただ、気の早い攘夷派の連中は、清河を敵だと思ってる。あなた達も、敵と味方を見誤(みあやま)らないことね」

その忠告めいた台詞セリフに、土方は妙なひっかかりを覚えた。

「まてよ。そりゃどういう意味だ?」

しかし、すでに琴の姿はなかった。

「くそ!相変わらず野良猫(のらねこ)みてえな女だ。京でいったい何をしてやがる?」

「あ~も~!あいかわらず、可愛いったらありゃしない!」

永倉が身をよじった。



土方たちは近藤勇のもとへ戻って、襲撃しゅうげき不首尾(ふしゅび)に終わったことを告げた。

ほどなく、芹沢たちも合流して、一行は(むな)しく帰路(きろ)についた。


試衛館の面々は、芹沢たちから少し距離をおいて後ろを歩いている

沖田が、なにか面白い噂話(うわさばなし)でも聞かせるように、山南の耳元に顔をよせた。

「実は、わたしたちも先回りして清河をみつけたんですがね。やめたんです」

「え?」

山南は突然の告白に眼を丸くしたが、やがて感心した風に沖田を見直した。

「しかし、よく思いとどまったな」

「山岡先生がお持ちの御朱印状(ごしゅいんじょう)のことを思い出させてくれた方がいましてね」

「誰です」

「総司!」

二人の話を聞き(とが)めた土方が割って入った。

中沢琴の行動を、山南に知らせるのは不味(まず)いということらしい。

鞍馬山くらまやま天狗(てんぐ)ですよ」

沖田は下手(へた)な言い訳でごまかしたが、山南は、土方と沖田のあいだで交わされた目配(めくば)せを見てなんとなく察したようだ。

土方は、舌打ちして山南に向き直った。

「山南さん。悪いが、私情をはさむのはここまでにしてもらう。もし、あの女がはっきりと敵にまわれば…」

沖田がその先を(さえぎ)った。

「ま、今日のところは助けてもらったと思いましょ」


山南は、けわしい表情でうつむいている。

しかし、土方は追及の手をゆるめるつもりはないらしい。

その矛先(ほこさき)は、沖田に向けられた。

「どうする、総司。どうせ永倉に女は斬れねえ。そうなったら、あいつを斬るのは、おまえの仕事になるぜ。おまえにできるか」

青白い月光に照らされた沖田の顔に、(あや)しい微笑びしょうが浮かんだ。

「それはともかく、一度本気を出したお琴さんと立ち会ってみたいもんですよ」



※この清河暗殺計画については、史実では老中板倉勝静からの指示によるものとされているようです。


※間崎切腹の真相が気になる方は、青蓮院宮令旨事件でググってみてくださいね。(投げやり解説)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ