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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
48/404

狙われすぎる男 其之壱

同日、壬生村。

寺宿てらやど田辺邸に戻った中沢琴は、布団ふとん部屋で男ものに着がえると、まっすぐ浪士組の本陣(ほんじん)へ向かった。

すると、運よく門から出てきた取締役の松岡万まつおかよろずを捕まえることができたので、清河の居場所をたずねた。


今のところ、琴の正体を知る幹部は、清河八郎を除けば、この松岡と山岡鉄太郎だけである。


「清河さんなら、山岡さんと出かけたぞ?」

「どこへ?」

「土州候(山内容堂)の宿所だ。智積院ちしゃくいん、場所はわかるな?」

「ええ。では、追いかけてみます」


琴は、すれ違いになった時の用心に、松岡にも長州の刺客(しかく)の件をつまんで話した。

松岡は、疲れた顔をしてグチをこぼし始めた。

「まったく…あの人は、敵を作りすぎる」


ここ数日、清河は、芹沢ら残留組ともたびたび衝突(しょうとつ)を繰り返していた。

というのも、鵜殿鳩翁うどのきゅうおうら上層部は、全員で江戸へ帰還(きかん)するという一縷(いちる)の望みをまだ捨てきれずにいて、清河は都合よくそれに便乗(びんじょう)して、芹沢たちを(おど)しつけていたのだ。

もちろん、近藤、芹沢が素直に従うはずもなく、調整は難航(なんこう)、浪士組の出発はびになっている。


この日、清河の不在をいて、幹部たちの話し合いが持たれたものの、結局これといった妙案(みょうあん)は出ない。

それどころか、彼らがどうしても残ると言い張るなら、こちらも幕府の目論見もくろみを言い含めた浪士を、何名か残していった方が良いのではないか、などという話まで出る始末(しまつ)だった。

一人でも多く江戸へ連れ帰りたい清河たちにとっては、思わしくない展開である。

松岡自身も、つい先ほどまで、その終わりの見えない議論に付き合わされていたのだった。

「それにしても、あのカタブツの佐々木只三郎が妙に落ちつき払ってるのが気にいらん。このままだと清河さんは、長州の手にかかる前に、身内に寝首(ねくび)()かれかねん」

「やれやれ、あっちもこっちも…」

琴はため息を残して、新徳寺の門を出た。



清河が向かったという智積院ちしゃくいんは、東山七条にある大寺院である。

幕府の(めい)により京に入った土佐の前藩主、山内容堂が、年の初めから宿舎として使用している。

琴は、一旦そちらに足を踏み出しかけたが、ふと思い直して、まず八木邸に立ち寄った。


玄関口で声をかけると、主人の妻、マサが出てきたので、琴は頭を下げた。

「浪士組の中沢と申します。山南様にお会いしたいのですが」

「ご苦労さんどす。勝手に上がってもろうてかましまへんのやけど、あいにく、ちょっと前にみなさんご一緒に出かけはって、どなたもいらっしゃいまへんなあ」

どうやら松岡の悪い予感が的中しそうだ。

琴は、急いで東山へ走った。



そのころ、清河八郎と山岡鉄太郎は、智積院ちしゃくいん門前払(もんぜんばら)いを食らっていた。

「あの酔っぱらいめ。顔くらい見せても良さそうなもんだ」

石段を降りながら、清河は憮然(ぶぜん)として吐き捨てた。

この日、清河が山内容堂よっぱらいを訪ねた目的は定かでないが、おそらく浪士組に関係した用件だと思われる。


清河が浪士組の結成を幕府に献案(けんあん)したとき、意外にもあっさりと認可が下りたのは、山内容堂の後押あとおしが大きくモノを言っていた。

これにはタネがあって、清河の同志で間崎哲馬まさきてつまという土佐出身の人物が、藩内に根回ねまわしをしてくれたことが(こう)(そう)したのだ。

それだけに、清河にはこの扱いが不服(ふふく)らしい。

しかし、山岡はこうなることをなかば予想していた。

「容堂公は、ご公儀(こうぎ)のためという建前(たてまえ)を信じてお口添くちぞえ下さったのだ。結果として我々は、その信頼を裏切ったわけだから仕方あるまい。気がかりなのは、間崎君にまで迷惑が及ばないかということだ」


本筋とは関係ないので細かい話は省くが、このころ、間崎哲馬という人物は、ある不祥事(ふしょうじ)を起こして窮地(きゅうち)に立たされていた。


土佐藩の内情というものは、なかなかに複雑だった。

実質的な指導者、前藩主の山内容堂が、幕府を補佐(ほさ)する「四賢候よんけんこう」の一人として名高い一方で、

土佐勤王党とさきんのうとうの武市半平太、天誅組てんちゅうぐみの吉村寅太郎など、国内でも指折(ゆびお)りの攘夷過激派も輩出(はいしゅつ)している。

将軍の上洛(じょうらく)が決まるや、土佐藩内の攘夷派は(いろ)めきたち、この頃の容堂は、彼らを厳しく取り締まる手配に追われていた。

間崎も、この方針に沿って、行き過ぎた攘夷活動をとがめられたと思われる。


山岡が気をんでいたのは、浪士組の一件が影響して、ますます彼の立場を不味まずくしないかということだった。

もともとが自分勝手なタチの清河は、さして気にする風もない。

「まさか、腹を切らせたりはすまい。しょうがない、どこかで飯でも食って帰るか」

しかし、とかく彼は無自覚に災厄(さいやく)をまき散らすところがあって、この間崎哲馬も、まもなく切腹のき目に会っている。



話を清河自身の災厄さいやくに戻そう。


京都残留組の参謀(さんぼう)、新見錦、山南敬介、土方歳三らは、佐々木只三郎が取引きをもちかけて以来、綿密(めんみつ)な清河暗殺計画を()っていた。

しかし清河てきるもので、なかなかスキを見せようとしない。

山南敬介は、気が進まないながらも計画に加担かたんしていたが、誰かが清河に知恵を(さず)けていると感じていた。

そして、その誰かとは、おそらく中沢琴であろうことも。

手が出せないでいるうちに、時間ばかりが過ぎ、清河が江戸へ帰る日も刻一刻こくいっこくと近づいてくる。

ジリジリと(あせ)りがつのるなか、この日の朝になって、清河が山岡と二人だけで智積院ちしゃくいんへ出かけるという情報が、突然もたらされた。


「これが最初で最後の機会かもしれん」

キレ者、新見錦の判断はすばやかった。


「奴らの帰途(きと)を狙う」


壬生村から見ると、智積院ちしゃくいんは鴨川の向こう側にあたる。

このため、浪士組本陣(ほんじん)へ帰ってくるには、四条大橋か五条大橋のいずれかを渡らねばならない。

新見は全員を二手(ふたて)に分け、堀川通が二つのルート上に交わるポイントに配置した。

北の四条堀川に、芹沢、新見、山南のほか、平間重助、平山五郎、野口健司、藤堂平助の7名。

南の仏光寺堀川ぶっこうじほりかわには、近藤、土方、そして井上源三郎、永倉新八、原田左之助、沖田総司の6名。

つまり、清河が四条大橋を渡れば芹沢隊が、五条大橋を渡れば近藤隊が襲撃(しゅうげき)を行う計画だ。



「いいか?あくまで(ねら)うのは清河一人だ。まちがっても山岡に手を出すんじゃねえぞ」

八木家の前で芹沢隊と別れたあと、待機(たいき)場所付近の蕎麦屋そばやで、土方歳三は仲間に念を押した。

原田左之助が、首筋をきながら鼻を鳴らした。

「ビビリ過ぎだぜ?山岡がどんだけのもんか知らんが、いざとなったら俺に任しとけ!」

「そういう意味じゃねえ。清河の一味とはいえ、ヤツは幕臣(ばくしん)だ。()っちまったら、会津藩おあずかりの話もパアになっちまうだろうが」

土方はきつい口調で(くぎ)を刺すと、永倉新八に向き直った。

「永倉、二人が通りかかったら、まずお前が後ろに忍びよって、山岡を羽交(はが)()めにして押し倒せ。そのスキに俺たちが清河を仕留(しと)める」

「ええ?なんでおれ?」

「押し倒すのは得意だろ」

「あははは」

笑ったのは、沖田総司だけだった。

「…あのなあ、言っとくが、おれだって誰かれかまわず押し倒したいわけじゃねえんだよ!」


「それにしても、ざっつな計画ですねえ」

彼らの置かれた状況をまるで面白がっているような沖田に、土方が例の()めた笑みで応じる。

「さっき決まったんだ。しょうがねえだろ」


だが、その眼には、動乱の時代に身を投じる覚悟が映っていた。


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