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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
花見之章
43/404

人斬り以蔵の気まぐれ 其之壱

文久三年三月四日、

江戸幕府十四代将軍徳川家茂(とくがわいえもち)がついに上洛じょうらくを果たす。

同、七日、

家茂は参内さんだいして、孝明帝こうめいていとの歴史的な頂上会談ちょうじょうかいだんにのぞんだ。

この謁見えっけんは、名目めいもく上、天皇が将軍家に「行政の全権」を委任いにんしていることを再確認するために行われた。

しかし、仮に建前たてまえがそうであったとしても、これまで歴代の将軍たちは、為政者いせいしゃであることに誰かのゆるしが必要だなどと考えたこともなかったはずである。

今になって国政こくせい委任いにんを問い直したことは、りも直さず、幕府の威信いしんおとろえたという事実をあらためて天下に印象づけたに過ぎなかった。



それはさておき、


同じ日、幕府の軍艦奉行ぐんかんぶぎょう、勝海舟が将軍のあとを追うように京へ入った。

そしてなぜか、この要人の護衛ごえい抜擢(ばってき)されたのが「人斬り」こと岡田以蔵だったのである。


この時、暗殺者として名をせた岡田以蔵が、どうして勝海舟をまもる気になったのかはハッキリしない。

この不可解な変節へんせつのうらには、あの坂本龍馬の仲介があったとされるが、彼がどういう魔法を使ったにせよ、以蔵をこの護衛の任務におしたことは、英断えいだんだったと言わねばならない。

なにせ、これほど腕がたち、これほど暗殺に精通せいつうしたボディガードなど、日本広しといえども、この以蔵をおいて他になかった。

これも坂本が「幕末の風雲児ふううんじ」と呼ばれるのにふさわしい独創どくそう性と実行力を示した一例だろう。


「しかし、あれだねえ。おいらの横を歩いてるのが、あの人斬り以蔵だと思うと、何だかへんな感じだねえ」

その夜、御所ごしょの東側に接した寺町通りを以蔵と連れ立って歩きながら、勝海舟は感慨かんがいをもらした。

「先生まで、わしが夜な夜な人をっちゅうちうわさに受けゆうがか。ほんまは、この通り、気のええ若衆わかしゅうながよ。まっこと、わしゃあ、心無こころな中傷ちゅうしょうに泣かされちょりますき」

以蔵は、さも心外しんがいなようすでうったえたが、勝はうたがわしげに顔をしかめて見せただけだった。

うそじゃ思うたら、龍馬に確かめてつかあさい」



一方、彼らをつけねら尊攘そんじょう派に合流した阿部慎蔵は、人ごみにまぎれて、その数間あとを歩いていた。

将軍の上洛で、大量の幕府軍が町に流入りゅうにゅうしたせいか、通りはみょうににぎわっている。

仲間は、彼を入れて総勢そうぜい三名。

大物狙おおものねらいにしちゃ、こっちの頭数あたまかずが少なくねえか」

阿部はすでにこの計画の成功を疑いはじめていた。


「びびってんじゃねえよ」

せぎすの長州藩士が、ぴしゃりと言う。

昨晩から丸一日近く行動をともにしているが、阿部はこの男の名前すら知らなかった。

男が名乗らないのは、阿部が捕まったときの用心のためらしいと気づくと、彼はこのチーム内であまり信用をおかれていないことをさとった。

まあ無理もないだろう。

事実、阿部にはまよいがあった。

腰抜けの開国論者かいこくろんしゃを憎む気持ちはおなじだが、幕府の臣下しんかを襲うことへのためらいを、まだ払拭ふっしょくできないでいる。

「どうにも、夢見ゆめみが悪かったんでな」

大きく息をいて、気を取り直すように背筋せすじを伸ばす。

痩せぎすの男は、前を歩く勝と以蔵から眼を離さず、阿部に肩をよせた。

「あんた、例のクスリ、まだ持ってるか」

阿部は昨日の体験を思い出して、口を曲げた。

「おいおい。これから大仕事だってのにやめとけ」

「この男の言うとおりだ」

もう一人の仲間も阿部に同調した。

「みろ」

男はそでをまくって、二人にふるえる手を示した。

「怖いからじゃないぞ。クスリが切れるとこうなる」

顔をしかめる阿部に言い返すいとまを与えず、男は金を押し付けてきた。

「あんたら長州人は金回りがいいな」

阿部は皮肉ひにくをこめて言った。

せぎすの男は勝手に阿部のおびから印籠いんろうを抜き取り、初めてニヤリと笑った。

ヤツったらどうせガッポリ入るんだ。仕事が済んだら銘々(めいめい)身を隠して、六日後に壬生寺で落ち合うことになってる。 そこで、あの女から逃走資金を受け取る手はずだ」

「ちぇっ、あのアマ、結局どっぷりかってんじゃねえかよ」

せぎすの男は、ひょうたん徳利とっくりの酒で粉末ふんまつを飲みくだしながら、阿部を横目よこめで見た。

「何か言ったか?」

「いや、こっちの話」

「やつら、このまま今出川通りまで抜ける気だ。先回りするぞ」

もう一人の男が、脇道わきみちを親指で指した。

阿部は二人について走りながら、思わずぼやく。

「ちくしょう、俺が人殺しの助っ人(すけっと)り出されて、あの人斬りが旗本はたもとの警護をしてる。どこでどう間違ったんだ?」



「先生、いつまでアテものう歩き回るつもりですかいのう」

今まさに刺客しかくからねらわれていることなどつゆ知らず、以蔵はゲンナリした顔で、足を引きずるように歩いている。

勝のほうも、少々文句の多い護衛ごえい辟易へきえきしている様子だ。

「しょうがねえだろ。上様のおともの連中がどこもかしこも宿を押さえてやがるから、部屋のいてるとこがねえんだよ。イヤならおまえさんだけでも先にヤサへ帰んな」

「ほうもいかんろう。けんど、本気で宿を探す気ぃがあるんなら、こがあ寺ばっかりの道を歩いとっても、どうなるもんで」


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