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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
花見之章
41/404

続・暗殺指令

この頃、いかに暗殺と言う手段が日常的に行われていたかを物語るように、ここにもう一つの計画が進行していた。


同日、夜の五つ正刻せいこく(21:00pm)。


阿部慎蔵は、長州の男から伝えられた言葉に従い、なんとか壬生寺を探し当てた。

都の中心部に近いといってもやはり農村のこと、この時間では辺りも真っ暗闇(くらやみ)だ。

表門をくぐると、鐘楼とうろうのわきに人魂ひとだまのような光が浮かんでいる。

それが行灯あんどんの明りだと気づいた阿部は、ゆらめく光をたよりに、目的の女に辿たどりついた。


「おやまあ、しばらく見ないうちにずいぶんせたわねえ」

開口一番かいこういちばん辻君つじぎみに痛いところを突かれた阿部は、精いっぱい冗談めかして応えた。

「おかげさんでな。あれから三月みつきぽっちで人生の辛酸しんさんめ尽くしたよ」

「それで、来る気になったわけ?苦労がひとを成長させるって、ほんとね」

御託ごたくは沢山だぜ。だいたい、こんな時間に寺んなかで待ち合わせなんて、どういう趣味だ?」

阿部は薄気味悪うすきみわるそうに辺りを見わたしながら、不平をらした。

「この辺りは最近、あたしらの狩り場(かりば)なの。町外れだから物騒ぶっそうな連中も来ないし、安心して仕事ができる」

「これじゃあ、物騒ぶっそうな連中は来ないかもしれんが、客も通りかからんだろう」

辻君は笑顔で、開いた両手を天に向けてみせた。

「サカリのついたオスなんて、何処どこにでもいるわ。ここを仕切ってる郷士ごうし連中なんて、笑っちゃうわよ。村の寄り合いじゃ商売女しょうばいおんながうろついて困るなんてまゆをひそめて話し合ってるくせに、夜になれば、人目を忍んで入れ替わり立ち代りやって来るんだから」

「…なるほどね」

「おまけに、最近は阿呆アホウな浪人の集団が長逗留ながとうりゅうしてる。だから、入れ食いなの」

「…浪士組かよ。やつらこの村にいるのか」

阿部は、三条河原で見たおかしな集団を思い出した。

「そ。ほら、聞こえない?どっかのバカが歌ってるのが」

耳をすませば、風に乗って調子っぱずれな長唄ながうたが、かすかに聴こえる。

酒に酔った浪士の誰かが歌っているらしい。

「今さらこんなことを聞くのも変だが、だったらなぜ、この村にいるそのバカだかアホだかの一人に殺しを頼まない?人斬り以蔵の首を獲るって言えば、やつらなら喜びいさんで協力するだろ」

「それも考えたんだけど、そうもいかない事情があってね」

「どういうことだよ」

「まあ、待ちなさいよ。順を追って説明するから」

辻君は行灯あんどんおおいをはずして、キセルにつめた煙草たばこに火をつけると、ゆっくりと煙を吸い込んだ。

「実は、つい最近になって、お得意の土州どしゅう人から、ようやく『人斬り以蔵』の行方ゆくえを聞き出したの」

「ああ。俺が呼ばれたってことは、そうなんだろうな」

「でも、あいつが今なにやってるか聞いたら、きっと驚くわ」

「じらすなよ」

「いつの間にか、人斬りを廃業はいぎょうして、どういう経緯いきさつだか、軍艦奉行ぐんかんぶぎょう護衛ごえいおさまることになったらしいわ」

「軍艦奉行ったら、あれか?勝安房守かつあわのかみ(勝海舟)」

阿部は、疑わしげに目を細めて、首を突き出した。


勝海舟については説明の必要もないかもしれないが、江戸城の無血開城むけつかいじょうなど、明治への移行期いこうきに多大な功績こうせきを残した幕臣ばくしんである。

勝は使節として一度渡米(とべい)したのち、この頃は幕府の海軍をべる軍艦奉行という地位にあった。


「そ。けっこうな大物でしょ?もうすぐ京へ来るらしいの。どこのバカが考えたんだか、その護衛に以蔵をつけようってことになったんだって。あの人殺しが出世したもんよね」

「まてまて。勝海舟つったらバリバリの開国派だ。なんでそれを土佐勤王党とさきんのうとうの人斬りが護衛する?」

さらに近づく阿部の顔を、鬱陶うっとうしそうに指で押し戻しながら、辻君は細く煙を吐いた。

「あたしに聞かないでよ。そういう奴なんでしょ。とにかく、これで浪士組に頼めない訳はわかった?」

「やつらは、今やご同輩どうはいってことか」

「まったく、サムライどもの変わり身の早さときたら。けど、折りよくそれと関係のありそうな面白い話を耳に挟んだわ」

「俺も、面白いと思えりゃいいがな」

辻君は真っ赤なべにをひいた唇を、阿部の耳元によせ、ささやいた。

「近々、長州の過激派が勝をおそう計画があるらしいの」


「え…えええええええっ!!!!」

「しーっ!声が大きい!」

辻君に両手で口をふさがれた阿部は、それを押しのけてまくしたてた。

「だ、だ、だって、おまえ、そりゃ大変な…!」

「かもしんないけど!あたしには勝が刺されようが吊るされようが関係ないし。ようは、その計画に相乗あいのりさせてもらおうってわけ」

「俺に長州の『志士しし』とかいう連中と組めってのか?」

「かたちだけよ。もちろん、あんたが仕留しとめるのは、岡田以蔵のほう。とにかく、助っ人ってことで、それに加わってほしいの」


阿部の頭の中では、疑惑ぎわくやら打算ださんやら憶測おくそくやら、色々なものがグルグルうずを巻いたが、結局まとまらなかった。

「わかんねえな。長州のやつらは、どうしてそんな機密きみつを何でもかんでも、あんたにペラペラしゃべるんだ」

「まあ、いいじゃない。ちょっとしたコツがあるんだけど、それは言えない」

「あんた、ひょっとして尊攘そんじょう派ってやつか?」

「やめてよ、ヘドが出る。あんな奴ら商売で付き合ってるだけ。以蔵が死ねば、あたしはなんだっていいの」

「あんたは良くても、俺が良くねえよ!つまり、幕臣ばくしんおそうってことだろ?人斬り退治とは意味合いがまるで違うじゃねえか」

「いーじゃない。あんたが斬るのはあくまで以蔵のほうなんだから」

「いっしょのことだろ!」

辻君は薬指くすりゆびツメんで、しばらく考えをめぐらせていたが、ふとなにかに気づいて阿部の帯を指差した。

「それ、持っててくれたんだ」

「え?」

阿部は不意ふいをつかれて戸惑とまどったが、やがて彼女が言っていることが分かると、根付ねつけをつまんでみせた。

「ああ、これ?」

「例のクスリ、試してみた?」

「そう言えばこれ、もう空っぽなんだよ」

「もう使い切ったの?効いたでしょ?」

辻君つじぎみあやしい上目遣うわめづかいで問いかける。

「さあな。あんたの伝言を持ってきた男が売ってくれっつーから、売っちまった」

「なんだ」

詰まらなさそうに肩を落とす辻君に、阿部は根付にぶら下げた印籠いんろうを突きつけた。

「だいたいこれ、なんの薬なんだ?あいつ、一両出しやがったぜ。一両だぞ?!」

辻君は無言のままそれをひったくると、懐からまた同じ薬包やくほうをとりだして、印籠いんろうに補充した。

「はいこれ。仕事が決まったご祝儀しゅうぎよ。とにかく一度、自分で試してみなってば」

阿部の脳裏のうりに、神社でこのクスリを買っていったサムライのあおざめた顔や、中書島ちゅうしょじまで出会った長州藩士の血走った眼がよみがえる。

なにか怪しげなクスリであることは疑いようもないが、あいにく阿部にはそういった方面の知識は皆無かいむだった。

その表情に浮かぶ疑念を気取けどったのか、辻君はわざとらしく見えるほど明るい調子でつづけた。

「あ、それと、また売るのもいいけど、次からは上がりの一割をもらうから」


それでもしばらくの間、阿部は探るような目で辻君のことを見つめていたが、やがてハッとして、この話題が軌道きどうを大きく外れていることに思い当たった。

「じゃなくて!話をそらすなよ!」

辻君は渋い顔でキセルを吹かす。

「はいはい、わかったわよ。じゃ成功したら、あと十両上乗せする」

「十両とか、そういう問題じゃ…じゅ、十両?あわせて三十両か?」

「さすが、ちょっとは世間にまれただけあって、駆け引きが上手くなったわね」

「いや…ちょっとまて。ちょっと考えさせてくれ」

阿部はこめかみを押さえながら、もう一方の手のひらを突き出したが、辻君は即座そくざにそれをねつけた。

「ダメね。もう日がない。三、四日中には勝海舟が京に入るの。はいこれ、前金まえきん

そう言って渡されたのが、小判三枚。

そば代が二十(もん)程度という時代だから、三両といえばとんでもない大金である。(1両=4000文)

「あんた、その金で今日から伏見の寺田屋に泊まんなさい。決行の日がきたら、そこに長州の連中が迎えがいくことになってるから」

一方的に言いたいことだけ言うと、辻君はさっさと表門の方へ歩いて行ってしまう。

「おい!こら!」

阿部は後を追おうとしたが、暗闇くらやみの中、石につまずいて転んでしまった。

起き上がったときには、すでに行灯あんどんの火は見えない。

「…今日からって、こっから伏見までどんだけあると思ってんだよ。あの女」


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