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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
402/404

翠紅館会議 其之参

さきにも触れた通り、

攘夷派の指導者たちが此処ここつどったのは、この年の一月に続いてこれが二度目だった。

主眼メインイシュー攘夷じょういの実行という点に変わりはないが、

大きく異なるのは、

前回の論点が、「如何いかにして腰の引けた将軍を攘夷じょういの前線に引っ張り出すか」、

ということだったのに対して、

今回は、「天皇の旗印はたじるしもと夷敵いてきと戦うために必要なフェーズを明らかにする」

という方針の大転換だいてんかんがあった点である。


「どんな具合や?」

ふたたび合流した小鉄が、琴に謀議ぼうぎ進捗しんちょくたずねた。

「いま始まったとこ。そっちの首尾しゅびは?」

たっさんには申し訳ないが、猿轡さるぐつわまして納屋なやで休んでもろとる」

たつさん?」

「あの下男げなんのかみさんが、ふんどしに名前を刺繍ししゅうしとった」

「出来た奥さんね。あなたも早く身を固めた方がいいんじゃないの」

琴の人差し指が、窓の障子しょうじに細い隙間すきまを開けた。


攘夷じょういを決行するにあたり、やるべきことは五つ」

真木は、開いた手のひらを突き出した。

「まず第一に、攘夷実行の権限を掌握しょうあくすべし。すなわち、みかど御自おんみずか武家諸侯ぶけしょこうの兵を指揮し、賞罰しょうばつを行うということである」


茶室に張り詰めた空気が流れる。

攘夷親征じょういしんせい」という言葉の響きにいしれていた彼らも、それが改めて真木の口から発せられるに至って、それが如何いかに大それた事業であるかを思い知り、畏怖いふいだいたに違いない。


「次に、幕軍ばくぐんを含めた在京ざいきょうの兵士からりすぐった、朝廷の正規軍を設立すべし。そうだ!にしき御旗みはたを立て、兵士にはそろいの軍服も着せよう! そうすれば、皇軍こうぐん(朝廷の軍)であることは、誰の眼にも明らかである。君、書き留めておいてくれたまえ」

「え?あ、はい」

真木は気持ちのたかぶりを抑えきれない様子で、

突然とつぜん指された長州の佐々木男也(おとや)は、あわてて文机ふみづくえってゆき、筆をった。

「第三に、軍の頭領とうりょうたる提督ていとくを決め、あわせて、公卿くぎょう武家諸侯ぶけしょこうの中からその補佐役を数名選任(せんにん)すべし。もって、新たな官庁かんちょうを立ち上げれば、みかど攘夷じょういを断行するという意思を広く世間に知らしめ、人心じんしんやすんじよう!」



会津小鉄あいづのこてつは鼻を鳴らした。

「ふん、何が人心じんしんじゃ。綺麗キレイごと抜かしよって。ムナクソ悪い」

琴は小首をかしげ、小鉄を一瞥いちべつした。

「…あの子のことがあってから、なんか変よ?妙にピリピリしてる」

「わしゃ、いたって冷静じゃ。顔の周りをヤブがブンブン飛び回ってイラついとるだけや」

「…ひょっとして、あの子のことを自分に重ねてる?」

小鉄は、妙にかんのいい琴を忌々(いまいま)しく思いつつも、心にまったおりを吐き出した。

「うちの親父おやじはな。平気で子供に手ぇ上げるようなクソやった。酒と博打バクチおぼれて、しまいには行方知ゆくえしれずや。けどな、わしら母子おやこに手を差し伸べる奴なんか誰もおらん。おかみはもちろん、世間はみんな知らん顔や。せやから、ワシは生きていくためなら何でもやってきた…」

「気持ちは分かるけど…」

「ハ、武家ぶけのご息女そくじょになにが分かる。わしゃ、しがない渡世人とせいにんかもしれんが、こいつらのいくさごっこのせいで、ガキどもが巻き添えにされるのだけは我慢がまんならん」

しかし、琴がなにか伝えようとくちびるを開きかけたとき、真木和泉まきいずみはついに作戦の核心かくしんに言及した。


「第四は、金。つまり軍資金の確保だ。これについては私に妙案みょうあんがある。帝に勅命ちょくめいたまわり、各藩かくはんより全人民の宗門人別改帳しゅうもんにんべつあらためちょう戸籍こせき)を提出させ、我らが税制ぜいせいを定めて、朝廷に財政権の行使こうし移管いかんする。この策がれば、永続的に兵馬へいばを養うことも出来よう。…ん?そうだ。人心じんしん掌握しょうあくするためには、余った金で、通りのつじに、街の者なら誰でも使えるかわやを建てるのもいいな。うん、きみ、今の、書き留めてくれたか?」

真木はまた、佐々木をかえりみた。

「はい。あと一つです」

「ん?」

「全部で五つでしょう?あと一つ」

「ああ、わかっとる」



小鉄は鼻で笑った。

「今さら税収ぜいしゅうをアテにするとは気の長い話やで」

「ずいぶん辛辣しんらつね」

琴は気のない返事をした。

「だってそうやろ?あの夢みたいな計画は、まず武力にモノを言わせて無理を押し通すのが大前提だいぜんていや。ほんなら、その軍隊ぐんたい元手もとではどっから捻出ねんしゅつする気やねん?連中に、それほど潤沢じゅんたくゼニがあるとは、到底とうてい思えんがな」

琴は障子しょうじ隙間すきまに目をらしながらささやいた。

「ねえ、あの顔ぶれを見て何か気づかない?」

「ああ、お前も気づいたか?薩摩がひとりもおらん。まあ、寺田屋事件あんなことがあった後やからな」

名前は知らなくとも、薩摩人の特徴的とくちょうてきなお国言葉くにことばはすぐにそれとわかる。

「そうね」

「薩摩の財布サイフがないことには、攘夷親征じょういしんせいも絵に描いたもちや。これで一安心か?」

まだ、心穏こころおだやかという訳にはいかないが、少なくとも、伏見義挙あのときの金が彼らの手元てもとにないのは確かに思える。


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