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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
401/404

翠紅館会議 其之弐

二人は、ひたいを突き合わせるように鍔迫つばぜり合いを続けた。

「まさか…あなたも真木の仲間?」

間近まぢかに見るその相貌そうぼうに、琴は驚きを隠せなかった。

線の細い少年にしか見えない。


少年は、琴に背中をあずけるように回転して、拮抗きっこうした力を逃がすと、飛びずさって間合まあいをとった。


次に“あれ”がくる!


琴は直感した。

先ほど小鉄に放たれた逆袈裟斬ぎゃくけさぎりは、らえば必殺の一撃いちげきだった。

とっさに身体をらせると同時に、目の前を切っ先がかすめ、

上空へと抜けていった。

「速い」

思わず感嘆かんたんが漏れる。

「あなたもね」

少年は刀を返し、今度は袈裟懸けさがけに刀を振り下ろそうとしたが、

伸び上がったそのとき、小鉄の投げた小刀こがたなが彼を襲った。

「くっ!!」

少年は短く叫び、りながら、参道脇さんどうわきの竹林へ転がり落ちていった。


小鉄は、不安げに竹林をのぞき込む琴の腕を引いてかした。

「なにしとる。ほら、行くで!」

「追ってこない?」

「ああ、もう起き上がっては来れんやろ」

気不味きまずそうに首を振る小鉄をみて、琴はあおざめた。

「殺したの?あんな年端としはも行かない子供を」

「多分、な。手応てごたえはあった…」

「なにも殺さなくても!」

なじる琴に、小鉄は人差し指を突き付けた。

「あいつの剣捌けんさばきは見たやろ?そんな手加減てかげんができたと?」

「…!」

琴には返す言葉が見つからなかった。

可哀想かわいそうやが、気にむことはないで。女子供おんなこどもであれ、人様ひとさまやいばを向けた瞬間から、自分も死ぬ覚悟を決めなあかん。それがならいや」

吐き捨てた小鉄の顔にも後悔こうかいにじむのを見て、琴は項垂うなだれた。

「言い過ぎた。ごめんなさい」

「…けどな、あんな子供ガキに人殺しの真似事まねごとをやらせる連中れんちゅう性根しょうねが、わしはどうにも気に食わん」

そう言って坂の上をにらむ小鉄の眼には、殺気が宿やどっていた。


琴たちは翠紅館すいこうかん土壁どべいを乗り越え、建物の裏手うらてに回った。

薪棚まきだなの前に、運悪く琴たちに背を向けた下男げなんが立っていて、

小鉄はそのくび当身あてみをして、手慣れた様子で衣服いふくぎ取ってしまった。

女中じょちゅうやのうて残念やな」

気を失っている男を見下ろしながら、小鉄は思わず笑みを漏らす。

「ふん」

琴は、建物のかげでそそくさと下男の服にそでを通した。

「おいおい、目のやり場に困るがな」

「カマトトぶってないで、さっさとその男を目立たないところに隠して」

事務的に言いつけながらおびめると、琴はさっさと行ってしまった。

小鉄は下男げなん荒縄あらなわしばり上げながら毒づいた。

「ほんまに!人使いの荒い!アマやで!可愛かわげのない!」



一同がつどう「送陽亭そうようてい」は、翠紅館すいこうかんはなれの茶室で、八坂やさかとうしに都を見渡す眺望ちょうぼうを売りにしていた。

せまい四畳半には、すでに攘夷派じょういはおもだった面々が顔をそろえている。


琴は御厨みくりやに忍び込むと、手際てぎわよく井戸でんだ水を盆に載せ、問題の茶室に向かった。

「失礼します」

頭を伏せたまま障子しょうじを開け、ゆっくりと顔を上げてみたが、誰も下男げなんなどには注意を払わない。

琴は出席者の顔を一人ずつ覚えていった。

長州の桂小五郎と寺島忠三郎は何度か見たことがある。

そして、ーいた。

丸顔の男、あれは土佐の吉村寅太郎だ。

そのほかに見知った顔はなかったが、彼らの話し言葉から、土佐や九州のどこか(おそらく肥後)の者たちであろうことが分かる。


「みなさま、よくぞ、よくぞ、雌伏しふくの時を耐え、再び集結していただけた!」

目に涙を浮かべながら熱弁を振るう、黒の紋付もんつきを着た五十絡ごじゅうがらみの人物。

あれが真木和泉まきいずみらしい。

言うまでもなく、寺田屋事件の首謀者しゅぼうしゃの一人であり、清河八郎き後、攘夷激派じょういげきはの精神的指導者である。

白髪しらがの混じった総髪そうはつはやや後退していて、恰幅かっぷくも良く、押し出しが効いている。

「伏見の一件(伏見義挙ふしみぎきょ)では、腰抜こしぬけの清河が役目を投げ出し、島津のバカ殿が裏切ったせいで、我々の大義たいぎ一敗地いっぱいちにまみれ、頓挫とんざした。が、尊王攘夷のこころざしは屈せず、時は満ちたり!」

が、彼の口調には、誇大妄想狂的こだいもうそうきょうてきな、どこか常軌じょうきいっした切迫感があった。


琴は、一渡ひとわた湯呑ゆのみを配り終えると、三つ指をついて障子しょうじを閉めた。

「おやかまっさんどした(※)」

茶室の廻り縁(まわりえん)に出ると、床の間(とこのま)の脇にある瓢箪型ひょうたんがた窓辺まどべに身を伏せ、聞き耳を立てる。


皆も、真木が口を開くのをじっと待っているようだ。


彼は、西側に開け放った窓から望む二条城を憎々(にくにく)にらんだ。

「もはやおよごし大樹公たいじゅこうなどたのむに足らず!長州は、すでに異国の艦船かんせんを砲撃して、攘夷の先鞭せんべんけたというのに、諸藩がこれに続かなくては意味がない。

かくなる上は、幕府に見切りをつけ、帝御自みかどおんみずか攘夷じょういを指揮していただくことを進言する」

一同から小さなどよめきが起きる。

「いよいよ、攘夷親征じょういしんせいの幕開けですな」

合いの手を入れたのは、長州の寺島忠三郎だった。


「…イカれてる」

琴は思わず声に出してつぶやいた。


※おやかまっさんどした=お邪魔しました

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