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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
399/404

あぐりの桃 其之漆

「ええ。今月の十四日」

土方は桃をくわえたまま、目をいた。

「おいまてよ?!つまり、時間とおおよその場所までれてるってことか?じゃあ、俺たちの持ってる情報を守護職しゅごしょくに渡せば、手分けして東山の寺院を虱潰しらみつぶしに当たって、踏み込むことだって出来るはずだ!」

浪士組もその戦列せんれつに加わらん、と勢いづく土方に、今度は琴が冷水ひやみずを浴びせた。

「そんなことしたって無駄。どちらにせよ会津は、ひとまず静観せいかんするって決めてる」

出鼻でばなをくじかれた土方は、いきり立った。

「なんで?!これはヤツらを一網打尽いちもうだじんにする千載一遇せんざいいちぐう機会きかいなんだぞ?!」

「わたしに怒らないでよ。要するに、今は時期が悪すぎるってことでしょ。公方くぼう様は江戸へ帰っちゃったし。おまけに朝廷は、黒船クロフネ大砲たいほうち込んだ長州の一件にいたくご満悦まんえつで、わざわざ監察使かんさつしまでって、その功績こうせきねぎらうそうよ?そもそも、この情報が容保かたもり公の耳まで届いているものやら…」

腰抜こしぬけの忠犬ちゅうけんどもが、朝廷の顔色ばかりうかがいやがって!攘夷派やつらが暴発するようなことにでもなれば、不味マズい立場に追い込まれるのは会津藩じぶんたちなんだぜ?」

琴は小さなため息をついた。

「かもね。そういえば、新見さんも、くだん監察使かんさつしに同行して長州入りするとか」

その名前を引き金(トリガー)に、土方は冷静さを取り戻した。

「チッ。野郎、いったいどんな手を使って特使とくしなんぞにまぎれ込みやがった?」

「会津の中間頭ちゅうげんがしらが言うには、芹沢さんたち、水戸の吉成何某よしなりなにがしを通じて度々(たびたび)公家くげに接触してるそうよ」

「なるほど。ってなりゃ、いよいよ、奴らとの対決はけられそうにねえな。芹沢をたたくなら新見のいない今が好機こうきってことか」

土方の頭の回路は、組織内の権力闘争へ切り替わったらしい。

「朝廷だって、攘夷じょうい一色いっしょくまってるわけじゃない。それをもって裏切りと決めつけるのは気が早くない?」

新見にも彼なりの大義たいぎがあることを知った琴は、それとなく苦言くげんていしてみたが、土方は聞く耳を持たなかった。

「裏切りがあったかなかったかは、重要じゃない。奴らがかげ不穏ふおんな動きを見せてるって事実がありゃ、クビ口実こうじつには十分じゅうぶんさ。ならば、余計よけい後顧こうこうれいは断っておきたいとこだ」

「隊内の間者かんじゃのこと言ってるなら、少々手こずりそうね。なにしろ浪士組がやとい入れる浪人ときたら、身元みもとの確かな者をさがす方がむずかしいくらいだから」

土方はわずらわしに手を払った。

「ツベコベ言わず、もう一度(あら)いなおせ。間者かんじゃが隊士とは限らん」

琴は親指の爪をみながら、母屋おもや縁側えんがわすずむ梅を遠目とおめに、付け加えた。

「…それに、男とも限らない。でしょ?この屋敷は、人の出入りが多すぎる」

土方は梅にチラと目をやって、不機嫌ふきげんに応じた。

「あの借金取しゃっきんとりは、よほど同性おんなからけが悪いと見える。…お前はあの女をどう思ってる」「芹沢とヤッてる」

悪ふざけを咎めるように土方からにらまれて、琴は軽く肩をすくめた。

「ごめんなさい」

「確かに気は許せんが、俺の見立みたてじゃ間者かんじゃとは違う」


「もう一人の女はどうなんだ」

ここまで一言ひとことはっせず愛刀あいとう目釘めくぎあらためていた斎藤一さいとうはじめが、目線めせんも上げないまま口を開いた。

琴は、けわしい目で斎藤を振り返った。

「おゆうちゃんのこと言ってる?」

間者かんじゃが女の可能性もあるというなら、ゆうも容疑者の一人というわけだ。

確かに、ゆうが現れたのは、長州が間者かんじゃを送り込んだとされる時期に符合ふごうしている。

無心むしんで桃を平らげた原田も、親指をめつつ、話に加わる。

「そーゆーのを下種ゲスかんぐりつーんだよ。土方さんだって、おゆうちゃんまで疑っちゃいねえさ」

琴は問いかけるように土方へ視線を流した。

「どうなの?」

しかし、それに応えたのも原田だった。

「だってよ、おゆうちゃんの身請みうけは、土方さんみずから八木家に働きかけたってのが、隊内ではもっぱらのうわさだぜ?」

琴の知る事実とは多少異たしょうことなるが、土方がゆう先行さきゆきをあんじていたのは本当だ。

「ふうん。いいとこあるわね」

やかしてみると、土方は冷徹れいてつに言い放った。

かせ。恩情おんじょう半分ってとこさ」

かくし?」

「あいつはお前より得体えたいの知れんとこがあるからな。しばらくは、目の届くに場所に置いておく。用心に越したことはあるまい」

斎藤が、手入れの終わった刀をゴトリと床に置いた。

「…だが、本当にクロだったら?」

土方は応える代わりに、琴の顔をじっと見つめた。

琴は長い睫毛まつげしばたかせた。

「なんで私の顔を見るの?私はこの件に関わる気なんてないし、口を出すつもりもない」

「…いや。その場合は、座敷牢ざしきろうにでもブチ込んで、くちらせるしかあるまい」

前川邸にあるくらの方を振り返った土方の眼は、冗談を言っているように見えなかった。


「悪いが」

一座いちざが静まり返るなか、原田が憮然ぶぜんとして立ち上がった。

「今のは聞かなかったことにさせてもらうぜ。ちょっくら、永倉でもなぐさめに行ってくらあ」

土方は遠くを見つめたまま、平板へいばんな口調でその意見を退しりぞけた。

「…バカ言え。これだって隊務しごとだ」

「芹沢たちの始末しまつはともかくとして、だ。理由はどうあれ、女をいたぶる趣味しゅみはねえ」

吐き捨てるように言うと、原田は行ってしまった。


琴は、中に入ってみて、この組織のかかえる問題が、思った以上に根深ぬぶかいことを感じていた。

相反そうはんする思惑おもわく信条しんじょうが、混沌こんとん渦巻うずまいている。

やがて、取り返しのつかない悲劇が起きるのではないか。

漠然ばくぜんとした不安は、確信に変わりつつあった。


それでも後になって考えれば、この頃が彼女にとって一番幸せな時期だったかもしれない。


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