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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
397/404

あぐりの桃 其之伍

さて、そのころ。

八木家の庭先では、ひと仕事終えた永倉新八と原田左之助が地べたに脚を投げ出して、風に当たっていた。

っちい…」

「死にそう…いや、死ぬかもしんない」

最近では、佐々木愛之助や中村金吾、林信太郎といった生きのいい隊士たちも増えて、稽古けいこもようやくサマになってきたが、半面、師範しはんたちの負担も増えている。


原田は、無心むしん鬼灯笛ほおずきぶえを吹く勇之助を怒鳴どなりつけた。

「うおー!つ苦しい!うるせえぞ、勇坊ゆうぼう!あっち行ってやれ!」

ヴヴ(みて)ヴヴ(みて)ヴヴ(ほら)ヴヴヴーヴ(すごくなーい)?!」

「…聞いてねーな、てめえ」

原田左之助は、石井雪から手渡された瑞々(みずみず)しい桃にガブリと喰らいついた。

甘い果汁かじゅうのどうるおす。

「あー美味うめえ。こりゃれてる」

永倉の方はというと、暑さも忘れ、母屋おもやの縁側で涼む梅の腰の辺りを凝視ぎょうししている。

雪の差し出した桃には、目をれようとしない。

「おいおい見ろよ。あっちのももれてやがるぜ、チクショウ。芹沢のヤツ、うらやましいったらありゃしねえ!」

雪が釣られて永倉の視線しせんを追う。

「え?どこどこ?」

原田は雪の頭頂部とうちょうぶ鷲掴ワシづかみにして、蛇口じゃぐちをひねるように目をらさせた。

「こら見るな。バカが伝染うつる」


しかし、原田が少し目をはなしているすきに、永倉はフラフラと母屋おもやに吸い寄せられていった。

彼はいながら縁側えんがわまでたどり着くと、梅の着物のすそから見上げる景色を堪能たんのうしたのち、紳士的とは言いがた挨拶あいさつを述べた。

「こんちわー。本日はお御足みあし、もとい、お日柄ひがらもよく。」

気を抜いていた梅は、不意ふいを突かれて、飛び上がるように着物のすそを抑えた。

「イ、イヤあああぁあ!こ、こ、この、ド助平スケベえええ!!」

「またまたあ、ちょいと風流ふうりゅうたのしんでただけじゃないっすか。『きぬに伏見の桃のしずくせよ』な~んつって…ひひひひ、ゲュフッ‼」

そのキレイなお御足みあしが、永倉のアゴを思い切りり飛ばした。

「あイチチ、お~いってえ。ツレないなあ、お梅ちゃ…おや?」

仰向あおむけで大の字に伸びた永倉は、ふとえんしたに何かが落ちているのに気づいて、そのまま床下にもぐっていった。

梅は床に向かって怒鳴どならした。

「ちょ、ちょっとあんた!そこで何やってんの!気色きしょく悪い!」

「いやあ、ちょっと…」

足元からゴニョゴニョとくぐもった声だけがひびいてくる。

梅はこめかみに青筋あおすじを浮かべ、押し殺した声ですごんだ。

「悪いけど、今日のうちは最悪サイアクの気分どす。芹沢はん、この大きなドブネズミを斬り捨てとくれやす」

すると部屋の奥から、芹沢の眠そうな声が返ってきた。

「ヤダよ、めんどくせえ。そこのカタナ貸してやっから、自分で羽目板はめいたをぶっしな」

永倉は、大慌おおあわてで床下からい出すと、

ったったった!物騒ぶっそうなこと言うなってば。わ~かった!退散しますよ」

と、ゴキブリのごとく原田のところへ逃げ戻ってきた。

原田は、冷やかな目で桃のタネをプッと吹き出し、永倉の眉間みけんに命中させた。

って!なんだよ?!」

「…アルマジキ醜態しゅうたいだな、おい?だいたい、趣味がわりいんだよ、おめえは。あんな性悪しょうわるのどこがいいんだか」

「てめえこそ、り好みできる立場か?あ?わきまえやがれ。ああ、それともアレか?おいちちゃんとか、あぐりちゃんみたいに清楚せいそな感じがおこのみってか?…まあ、それも悪くねえがな」

永倉はふところからユニコーンの根付ねつけを取り出して、得意げに振ってみせた。

「見ろよ、綺麗キレイなもんだろ?誰も床下ゆかしたひろったなんて思うめえ。あぐりちゃんに上げちゃおっと」

ひろもんで女の気を引こうなんざ、いい根性してるぜ」

永倉は、大事だいじそうに根付ねつけ仕舞しまいながら、まだらずぐちをやめようとしない。

「うるせえっての!女の子はこういうおくものよええんだよ!仲良くなっちまや、コッチのもんさ。あとはゆ~っくり時間をかけて、あ~んなコトやこ~んなコトを手解てほどきして、ウヒヒヒ。そうすりゃ、いつしかあぐりちゃんも、おいらのとりこってな寸法すんぽーよお。グフフフフフ!」

これは江戸時代の会話なので、コンプラ方面の配慮はいりょいちじるしくける点はご容赦ようしゃ願いたい。


ちょうど外周そとまわりから帰ってきた中沢琴が、門から一直線に近づいてきて、雪の耳をふさいだ。

「わたしはもう何を聞いてもおどろかないけど、子供の前で、そういう下品な会話はつつしんでちょうだい」

原田は、琴に気づくと軽く手を振って、

「よお。おこ、とじゃない、小十郎こじゅうろうじゃねえか。どこ行ってた?」

琴は原田の詮索せんさく黙殺もくさつして、あたりを見渡した。

「土方さんは?」

「さあね。なんで?」

原田は興味きょうみなさそうに、また桃を頬張ほおばった。

「ちょっとね」

一方の永倉は、さきほどの失言しつげんを取りつくろうべく、琴のそでにすがった。

「もしかして、さっきの聴こえちゃってた?アレよ?もちろん、おれの大本命だいほんめいはお琴ちゃんだから。そこは誤解ごかいしないでね、いやホント!」

琴は伸びてきた手をヒラリと交わして、永倉をにらんだ。

くすのき!」

「え?」

楠小十郎くすのきこじゅうろう!わたしの名前!いい加減かげん覚えて?」

「あっと、そうだっけ?そっか。じゃあ、なんて呼べばいい?クスジュー?クスちゃんとか?あ、ノキコちゃんなんてどう?可愛かわいくない?」

くすのきさん、でお願い」

琴はなくあしらうと、ざるに盛られた桃にチラリと目をやった。

「それ、どうしたの?」

雪は顔をおおう琴の手に、小さな両手を重ねて、その守護者しゅごしゃを見上げた。

「あぐりちゃんが持ってきてくれたん。おゆうちゃんのお見舞みまい」

原田は目を丸くして、口から出した種を見せた。

「え!もう食っちゃったんだけど!」

そこへ近藤の部屋から戻ってきた沖田が合流して、雪の頭に手を置いた。

「それ、お裾分すそわけだってさ」

原田はフーと息をいて、雪のひたいを軽く指ではじいた。

「なんだ。ビックリさせんなよ」

琴があきれながら、

「そういうのは、口に入れる前に聞くでしょ、普通ふつう

と、もう一度(ざる)の上に視線を戻したときには、さっきまでそこにあった桃はすでに消えていた。

残った桃は、永倉が目にも止まらぬ速さで、(そで)の下に仕舞しまっていたからだ。

「あぐりちゃんがわざわざ持って来てくれたんなら、おれがご馳走ちそうにならなきゃ失礼だな」

原田はたねみながら、ニタニタと永倉の顔をながめた。

「いいのか?こりゃ、お裾分すそわけを口実こうじつにした心付こころづけってヤツだぜ?愛次郎サマをよろしくたのんますってよ?」

「ムッキ――ッ!なんですってえ?!おめえなんかに、おれとあぐりちゃんのナニが分かるっていうのさ!」

永倉は叫ぶと、きずに鬼灯笛ほおずきぶえを鳴らす勇之助の後ろえりをつかんで、猫の子のようにまみ上げた。

「…ヴ?」

「てか、あぐりちゃん来てんなら言えよ!どこよ!あぐりちゃんどこよ?!勝手かっての方か?え?そうなのか?」

琴が、親指で今来た門の方を指した。

「彼女なら、さっきそこの通りですれ違って、帰ってくのを見たけど?」

永倉はその声で我に返って、琴にひれ伏した。

「ハッ!ごめんなさい!おれとしたことが、つい取り乱しちゃって。でもお琴ちゃんには、この命をささげてもいいと思ってるから!この愛にうそはないから!」

琴は腕を組み、片方の手でほおをさすった。

「そうね、どうかな。信じてあげてもいいけど、いくら払う?」

「か、カネカネスか?カネで愛の深さをはかるんスか!?そんな殺生せっしょうな!」


沖田は、これ以上、すさみ切った大人たちの会話を勇之助や雪に聞かせるのもしのびなく、

「近藤さんの部屋で遊ぼっか?」

とさりげなく二人の背中を押して、地獄の亡者もうじゃたちから遠ざけた。


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