表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
393/404

あぐりの桃 其之壱

二条新地にじょうしんち大文字町だいもんじちょう

この界隈かいわいは、島原遊郭しまばらゆうかくの「出稼地サテライト」として、幕府から営業をもくにん認されている、いわゆる場末ばすえの花街で、小さな遊女屋がのきを連ねている。


同じまちに一家を構える侠客きょうかく会津小鉄(あいづのこてつ)は、その一画いっかくにある森田屋というみすぼらしい茶屋ちゃやの一室で、半身はんみを横たえ芸妓げいぎしゃくを受けていた。

久しぶりの骨休ほねやすめである。

「ほんま、昼日中ひるひなかから飲む酒は格別かくべつやの」


ところが、この静かな休日も長くは続かなかった。

「失礼」

例の中沢琴が、案内もわず、挨拶あいさつもそこそこに座敷へ押し入ってきたのだ。

はらの座った小鉄が、もちろん動じることはない。

「…おや、めずらしいお客さんやな」

「いいお店ね。あなたがやってるの?」

値踏ねぶみするように軽く部屋を見渡して、琴はお愛想あいそとも皮肉ともつかない感想を述べた。

「ふん、今はまだちゃうがの。この店のタニマチは、例のましらの文吉や。ご当人はもう地獄にちてしもたさけ、名義上めいぎじょう楼主ろうしゅから安う買いたたけんもんか、目下もっか算段中ってとこでな」

小鉄は、またサラリと受け流し、さかずきすすめた。

琴は微笑ほほえみながらそれを受け取り、黙ってぜんの上に伏せた。

どうやら友好的な接触コンタクトあきらめた方がいいらしい。

「で、何のご用かい?」

小鉄は苦笑にがわらいとともに本題に入った。

「あなたにちょっとした提案ていあんがあってきたの。これからはお互いの友好関係を保つため、情報を共有しましょ」

琴は単刀直入たんとうちょくにゅうに切り出した。

「わしがあんたに手を貸して、なんぞ旨味うまみでもあるんかい?」

琴はニヤリと笑って小鉄の襟首えりくびを引き寄せた。

「あんたが私の周りをぎまわってるのは知ってる。誰からの指示かなんて野暮やぼかないけど、私がいなくなると色々都合が悪いんじゃない?魚心うおごころあれば水心みずごころ、でしょ?」

小鉄は、清河八郎と琴のつながりをまだ疑っている。

今やひもの切れたたこのような状態の清河一派は、常に暴発する危険をはらんでおり、彼らの動向を琴が把握はあくしているのであれば、彼女は安全装置のかなめだった。

「やれやれ、前置まえおきもすっ飛ばして強談判こわだんぱんでっか。八重勇やえゆう、ちょっと席を外してくれるか?」

芸妓げいぎは小鉄の顔色をうかがい、戸惑とまどったように胸元むなもとへ手を当てた。

「そやけど…」

「心配あれへん、知り合いや」

出ていく芸妓げいぎを目で追いながら、琴は鼻で笑った

「知り合い、ね。ま、間違っちゃいないけど」

男装趣だんそうしゅみ味が高じて、とうとう芸者遊げいしゃあそびまで手を出すつもりかい?」

琴は、乱暴に小鉄を突き放した。

「分かってると思うけど、このんでこんな格好かっこをしてるわけじゃないの。ただ、例えば、こういう店で相応ふさわしい扱いを受けるためには、それなりの礼装れいそうが必要、でしょ?」



さて、森田屋の前では、琴の監視かんしおおせつかった佐伯又三郎が、菜種油なたねゆあきな棒手振ボテフリ(行商)に身をやつして、行ったり来たりをり返していた。

「ちっ、昼間っから女郎屋じょろうや通いとは、いいご身分だな」

森田屋の入口を見つめながら、思わず愚痴グチがこぼれる。

というのも、楠小十郎くすのきこじゅうろう(琴)は、毎夜まいよひとりでブラブラと歓楽街かんらくがいに向かい、佐伯は決まってそこで彼の姿を見失みうしなうのだった。


琴の方は尾行などうにかんづいており、詰まるところ佐伯はていよくあしらわれていたわけだが、失態しったい続きには彼なりの言い分もあった。

変装道具へんそうどうぐとして平山から渡された天秤棒てんびんぼうには、ご丁寧ていねいにたっぷりあぶらの入ったたるがブラ下がっていて、だいたい、こんなものをかつぎながら人混ひとごみの中を進むだけでもホネが折れるというのに、道々みちみち茶屋(この場合は遊女屋)の女たちが油を求めて声をかけてくるのだから、追跡行ついせきこうどころではなかった。

つまりこれは、平山五郎のミスだ。


くすのきは、朝になれば必ず屯所とんしょに顔を出すし、

こんな場末ばすえ遊女屋ゆうじょや毎晩まいばん攘夷派じょういは志士しし密談みつだんもあるまいから、

あの中でくすのきが何をしているかなど、知れたことではないか。

しかも、今日にいたってはも高いうちからの登楼とうろうである。

そういえば、あの男を始めて見かけたのも島原遊郭しまばらゆうかくだった!

「…なんかバカバカしくなってきたな」

芹沢にも、そう報告しておけばいい。

口うるさい新見はもういないのだから。

あの芹沢が、少々の素行不良そこうふりょうにいちいち目くじらを立てることもないだろう。

「やめだやめだ!」

佐伯はかついでいたたるを細い路地ろじに放り出すと、この数日、油を売ってかせいだ小金こがねでみたらし団子だんごを買い、屯所とんしょへ引き返していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ