不倶戴天の敵 其之参
それまで黙って皆の話を聞いていた平間が、芹沢の顔を覗き込む。
「…知り合いか?」
芹沢は頬杖をついて、平間を流し見た。
「天狗党時代のクサレ縁てやつさ。腕はイマイチだが、それなりに腹は座ってるぜ?なんせ、この俺様に、衆目の面前で堂々と盾突いて、まだ息をしてやがるんだからな」
「腕がイマイチは余計だ!」
平間は、鼻息の荒い阿部を、しげしげと眺めた。
「ほ、そいつは、頼もしいですな」
土方は、頃合いや良しと、懐から丸めた紙を取り出した。
「そうそう、肝心の用件を忘れていましたよ。これに目を通しておいてもらえますか」
軽い調子でそれを手渡す。
芹沢は紙を広げ、その標題を検めて、顔を上げた。
「局中法度?」
「ええ。京に来た頃に比べれば、我々の所帯も大きくなったことですし、家里次郎のような悲劇を繰り返さないための、言ってみりゃ、約定です。ご異存がなければ、明日にも施行しようかと」
土方は、めずらしく改まった口調で裁可を仰いだが、どこかしら慇懃無礼な響きがある。
「ふうん。ほんじゃま、じっくり吟味させてもらうよ」
芹沢の方も、さも興味なさそうに、またその紙を丸めた。
「ええ、そうしてください」
見え透いた化かし合いだ。
琴が飽きれていると、腰の辺りに土方の手がまわるのを感じた。
チラリと目を合わせた途端、土方は「行くぞ」とアイコンタクトして、琴をせっつく様に、その場を立ち去った。
「…あれ?おい、待てよ」
その後ろを、阿部が追いすがる。
芹沢は三人の後姿を見送りながら、平間と梅に法度書をヒラヒラと振って見せた。
「は!見ろよ、これ」
その紙を芹沢の手から取り上げた平間は、一見して唸った。
一、士道に背き間敷事
一、局を脱するを不許
一、勝手に金策致不可
一、勝手に訴訟取扱不可
一、私の闘争を不許
右条々相背候者切腹申付べく候也
「…むう」
「あーあ、あれも切腹これも切腹。まったく、田舎者の考えるこたあ、笑っちまうな。これじゃ、命がいくつあっても足らん」
芹沢は笑い飛ばした。
「笑いごとか?これは近藤たちの姦計だ!こんなものを認めるわけにはいかん」
「ちょっと私の意見を言わせてもろても、よろしいですか?」
いつの間にか、佐伯又三郎が戻ってきて、軍師気取りで口を挟んできた。
平間が佐伯をギロリと睨みつけ、
「お前は黙っていろ」
と口を封じた。
芹沢はうすら笑いを浮かべながら、手をヒラヒラと振って見せた。
「いいよ、土方の好きにさせてやるさ」
平間が血相を変えて、芹沢を振り返る。
「おい、いったい何を考えてるんだ!」
「俺はこんな小賢しい搦め手は好かん。そのためにも、さっきの二人は、何としても水戸派閥に取り込むんだ」
「さっきの?阿部と楠とかいう若造のことか?」
「ああ。新見と仏生寺さんが下関から帰ってきたら、一気にケリをつけるぜ。試衛館の奴らを潰して、浪士組は俺様がそっくりいただく」
平間は梅と目を見合わせ、ため息をついた。
「こんな時に内輪もめか?芹沢さんも土方さんもどうかしてる。吉栄が探って来た長州の間者の件はどうするんだ?」
芸妓吉栄とは、水戸派平山五郎の愛人で、井筒屋で開かれた長州藩士らの宴席に同席していた遊女の一人である。
つまり、彼女こそが、明里(琴)を出し抜いたスパイだった。
「おいおい、俺を責めんなよ。売られた喧嘩だ」
「しかし!」
食い下がる平間をなだめるように、また佐伯又三郎が割って入った。
「内患外憂、まるでこの国の縮図でんなあ。けど平間先生、勝算ならありまっせ?試衛館一派と言うても、永倉さんは中立。わしらに楠小十郎、そこに仏生寺先生が加われば、隊内の力関係は逆転します。まず後顧の憂いを断つと考えはったらどないです?」
どういうつもりか、内紛を煽る。
「お前は口を出すなと言ったはずだ」
平間が声を押し殺して凄むと、芹沢が首を横に振った。
「いや、佐伯の言うとおりだ。佐伯、おまえなあ、今日から楠に張り付け」
「わかりました」
猫背の佐伯が、さらに腰を低くしてうなずく。
梅は、芹沢たちの計画を聞いて、眉を顰めた。
そこへ、野口健司と沖田総司が、祐を連れ帰って来た。
「芹沢先生、ただいま帰りました!」
野口が、庭から芹沢たちに頭を下げる。
想い人と一つ屋根の下で暮らせる喜びに、天にも昇る気分といった笑顔だ。
祐は、芹沢に酌をする梅を見て、野口に尋ねた。
「さっき、ほんまなら屯所は、女人禁制とか言うてへんかった?」
「あ、お梅さんのこと?」
「ほんなら、あの女は何?」
説明に困る野口を見かねて、沖田が口を出した。
「呉服問屋から借金の取立てに通い詰めてたんだけど、だんだんその間隔が短くなって、今や入り浸ってるんだよ」
「…ふうん」
祐は、納得しかねるように曖昧な返事をして、
梅の前を通り過ぎるとき、
「フンだ!」
と、あからさまな敵意を表明した。




