暗殺指令 其之壱
佐々木只三郎という男は、同時代の青白い旗本たちとはあきらかに雰囲気が違っていた。
精悍なつらがまえ、屈強な肉体、そして、よく通る声。
彼はもともと会津の生まれで、旗本である親戚の佐々木家へ養子に入り、家督を継いだ。
会津人の実直な性質を体現したような人物で、いうなれば武士が、武士であったころの気風を身にまとっている。
浪士組の幹部を引き受けてからというもの、例の清河八郎に煮え湯を飲まされてばかりでいいところがなかったが、それでも浪士たちから一目おかれていたのは、彼のそうした人柄に負うところが大きかった。
佐々木は、お茶をさし出した八木雅にかるく会釈してから、正面にすわる芹沢鴨、近藤勇に向きなおった。
「あなたたちの意思をもう一度確認しておこうと思ってな」
一座には、芹沢、近藤のほか、新見、山南、土方と主だった顔ぶれがそろっている。
もっとも、開け放ったとなりの四畳間には、そのほかの連中もほとんど全員ひかえていたから、話はつつ抜けである。
だが佐々木はべつに気にする様子もない。
「本当にこっちに残るのかい」
「ああそのつもりだ。俺たちは清河に踊らされる気はない」
芹沢は、余人が意見をさしはさむ間もなく、一同を代表して断言した。
むろん、近藤たちもおなじ気持ちだ。
「ふむ」
佐々木は無精髭をなでて、うなずいた。
「もう話はすんだのかい」
そのもったいぶった態度が気に入らないのか、芹沢は早々に話を打ち切って腰をあげようとした。
佐々木はそれを手で制して、みずからも居住まいをただした。
「清河の勝手なふるまいは、鵜殿さまも苦々しく思っておられる」
「ああ、あんたらもいいツラの皮だ」
「芹沢さん、言いすぎだ」
調子にのる芹沢を、近藤がたしなめた。
しかし佐々木は首をふって言った。
「いや、その通りさ。幕府としてもこのまま済ますわけにはいかんと考えている」
「ほう。どうします?」
それまで黙っていた新見錦が、挑発的な口調で問いかける。
佐々木は意味深な視線をかえした。
「朝廷に出した建白書を今さら引っ込めるわけにもいかんので、ひとまず浪士組を江戸へ返す。だが、今後その浪士組を率いるのが清河であってはならん」
「しかし、建白書は清河が出したんでしょう。あいつをはずせるんですか」
土方歳三がもっともな懸念を口にした。
佐々木は、ちらととなりの四畳間にいる隊士たちに視線をおくって、わざと全員に聞こえる声で応えた。
「死んでしまっては、隊を率いることも出来まい」
芹沢が、あぐらをかいて座りなおす。
「話が面白くなってきたな」
縁側から吹き込む風が、どこからか桜の花びらを運んできて彼らの頭上を舞わせた。
近藤はその動きをじっと追っていたが、やがて佐々木に視線をもどすと、重々しく口をひらいた。
「…斬りますか」
そもそも、浪士組をつくったと自負する清河と、幕府から運営をまかされた佐々木たちのあいだでは、つねにその主導権をめぐって綱引きがあった。
トップである鵜殿鳩翁は幕府の重鎮だが一方で、それに次ぐ地位の二人、山岡鉄太郎と松岡万には清河の息がかかっており、いわば潜在的な攘夷派と見ていい。
浪士組内の小さな派閥あらそいは、混迷する日本の縮図といった様相を呈していた。
佐々木只三郎は、この際、いっきにケリをつけようというのである。
「今日ここにやってきた用件というのは、他でもない。それを、あなた方にやってもらいたいと思ってな」
山南敬介は、目を閉じ、眉根をよせた。
「それは、鵜殿さま、すなわちご公儀の考えと受け取ってよろしいか」
「お好きに」
佐々木はこともなげに応える。
芹沢が、手にした鉄扇を畳に突き立てた。
「ちょっとまてよ。京に残ることを決めた時点で、俺たちはもう幕府の手を離れたんだ。あんたに命令される筋合いはねえ」
「たしかに、われらが京を去れば、あなたたちは宙に浮いた身分だ。だが、この仕事を請けるなら、私が浪士組の預かりを、京都守護職の会津に掛け合ってやってもいい」
「交換条件ってわけか。気にいらねえな」
「ま、無理にとは言わんよ」
芹沢は少し予想と違う反応に、肩透かしを食らった。
「どうした、妙にあっさり引き下がるじゃないか」
佐々木は上役である鵜殿からの命令でこの話しを持ちかけたものの、本音では、芹沢に借りをつくるようなことはしたくないらしい。
なぜなら、芹沢は、諸藩の中でもっとも過激な攘夷論を展開する徳川斉昭率いる水戸藩の出身だからだ。
芹沢が京都残留組を牛耳るということは、一歩まちがえば、この組織が本来取り締まるべき攘夷派に寝返りかねないことを意味している。
実際、芹沢の兄弟は水戸藩に出仕していたから、それが単なる杞憂とは思えなかった。
この点に関しては、もちろん、鵜殿もおなじ危惧を抱いていたが、清河抹殺を優先したに過ぎなかった。
「芹沢さん、気をつけな。こりゃあ、一種の踏み絵ってやつだぜ。だから、この人はわざわざここにいる全員に話を聞かせたんだ」
土方歳三の鋭い視線が、佐々木を射抜く。
確かに、この依頼にはもうひとつの側面がある。
言い換えれば、本隊と分離して京に残る彼らに対して、今後も幕府への忠誠を誓うや否やという問いかけなのだ。
攘夷派の巨魁、清河八郎を生贄として捧げれば、それが証明されるいうわけである。
もっとも、佐々木本人の思惑としては、彼らがこの仕事を受ける、受けないにかかわらず、実兄のいる会津藩に居残り組をあずけて、できうるかぎり芹沢を指揮権から遠ざけておきたいというのが本当のところだ。
しかし、そこは駆け引きである。
「残念だな」
佐々木は首をふりながら席を立った。
「まちなよ」
芹沢が照れたような顔で、小さく手を挙げた。
「ったく気が短いねえ、旦那も。ちょっとスネたふりをしただけじゃんかよ。いいぜ、その話、乗った」
佐々木は縁側の沓掛石で草履をはきながら、人しれず笑みをこぼした。
「それがかしこい選択だ」




