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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
388/404

不倶戴天の敵 其之壱

長州の間者、楠小十郎くすのきこじゅうろう遺体いたいは、壬生村から千本通せんぼんどおりを北へ四半刻しはんときほど行ったところにある寺へ秘密裏ひみつり埋葬まいそうされていた。

そこは、引き取り手のない遊女ゆうじょ遺体いたい供養くようしていたことから、口さがない京童きょうわらべや、それ“以外”の人々からも「投げ込み寺」などと呼ばれている寺院で、正体を明かせない、いわば無縁仏むえんぼとけあずけるのに都合が良かったためである。


文久三年六月中旬。

現代で言えば、7月の下旬に当たる頃。

京は、夏の日差しに、辺り一面が濃い緑に塗り替えられている。

このあたりは都の中心部からも少し外れて、周囲には水田が目立つ。

イネづくりは、溝切みぞきりと言う重労働を終え、ようやくひと段落といった季節だった。


浪士組副長、土方歳三は、墓地の片隅かたすみにある合祀墓ごうしぼに線香をあげ、手を合わせていた。


「他の人にも、少しはそういう姿を見せれば?」


背後から女の声がして振り返ると、

そこには竜胆りんどうの花を手にした中沢琴が立っていた。


「…住職じゅうしょくに金を渡しに来たついでの、ほんの気まぐれだよ」

土方は墓の方に向き直って応えた。


セミの声が、二人の会話をき消すほどやかましい。


「八木の御料ごりょうさん(マサ)、あなたのこと、優しいひとだって言ってたわ」

土方は、立ち上がって琴に場所をゆずると、

「ケッ、これから俺がやろうとしている事を知ったら、もう誰もそんなことは言わんさ」

うそぶいた。


浪士姿の琴は、竜胆りんどうを花立てに差して、くだん無縁仏むえんぼとけの前にしゃがんだ。


「…長州やつらは、なんだって浪士組に、この間者おとこを送り込んできたんだと思う?」

土方は、そんな琴の背中にたずねた。


「どうしたの?貴方あなたが私に意見を聞くなんて珍しい」

「ちぇ、気まずい沈黙ちんもくを埋めるための話題ってやつだよ」

土方は照れたように鼻の頭をいて、先を続けた。

「…別に卑下ひげするつもりはないが、実際んとこ、俺たちはまだ一介のやとわれ浪人に過ぎん。組織の性質上、外部の人間が素性すじょういつわって入るには容易たやすいって側面は、確かにあるにせよ、ご公儀こうぎからも会津からも軽輩けいはい見縊みくびられている現状では、俺たちを探っても大した情報なんて得られないことは、桂も分かってるはずだ」

土方歳三は、自分たちの置かれている立場を、冷徹れいてつにすぎるほど客観的にとらえていた。

しかし。

「それは違う。ある意味で桂小五郎という男は、この京で誰よりも正当に貴方あなたたちを評価している。やる気のない幕府側みかたよりずっとね」

琴は線香せんこうの火を手で消しながら応えた。

辛辣しんらつだな」

かぶうばわれた土方がわらった。


「…間もなく久留米の真木和泉まきいずみが京に入る。例の寺田屋事件の首謀者しゅぼうしゃの一人よ。桂は、そのを狙って、在京の主だった攘夷派じょういは一堂いちどうに集め、宮中を巻き込んだ攘夷じょうい実行の具体案を協議する気なの。そこにはおそらく、あの吉村寅太郎もいる」

口には出さなかったものの、この計画がれば、清河八郎の朋友ほうゆう安積あさか五郎も加担かたんするだろう。


しかし、あの慎重しんちょうな桂小五郎の思惑おもわくが、吉村寅太郎のかかげる攘夷親征じょういしんせい、すなわちみかど旗頭はたがしらとした挙兵などという途方とほうもない計画と折り合うのだろうか。


土方の眼がするどく光った。

「ヤツら、相変わらず夢みたいなことをホザいてやがんな。だが、清河八郎の懐刀ふところがたなだったあんたが、なぜそれを俺にバラすんだ?」

「…どうしても私のこと攘夷派にしたいようだけど、私は、ただ何も起きないことを願ってる。けど、きっと…そうはいかないわね。これからは、血で血を洗う戦いになる。桂小五郎、彼は、自らの理想を実現するために、最も障害となるのは貴方たち浪士組だって、ちゃんと分かってるのよ」

琴はまぶたを閉じて、墓前ぼぜんに手を合わせた。

「ふん、そりゃ光栄だね」

土方の言葉には秘めた闘志とうしが込められている。

「もう少し分かりやすく言ってあげましょうか?呑気のんきに仲間内で争ってる場合じゃないって話をしてるんだけど」

水を差すような忠告を、土方は鼻であしらった。

内部抗争そっちのほうは、早々にカタをつける。この俺がな。言ったろ?それを見れば、もう誰も俺のことを優しいなんて言わなくなると」

琴は立ち上がり、真正面から土方に向き合った。

「…私は、墓の下に眠っている男の名をかたりながら、何食わぬ顔で手を合わせている。貴方あなたは、そんなわたしより罪深つみぶかいっていうの?」

「さて、どうかね。自分の眼で確かめたらどうだ?ついて来なよ」

「どこへ?」

「帰るのさ。筆頭局長ひっとうきょくちょうに話がある。あんたも、復帰の挨拶あいさつがまだだろ?」




その頃、壬生浪士組屯所みぶろうしぐみとんしょ、八木家では。


「芹沢さん、ちょっと出かけてきますね!」

副長助勤ふくちょうじょきん野口健司が、縁側えんがわ片膝かたひざを立てて酒を飲む芹沢鴨に、庭から声をかけた。

「わかった、わかった」

芹沢はしらけた目つきで、野口を追い払うようにヒラヒラと手を振った。


通い女中のゆうあわ恋心こいごころを抱いている野口は、ここのところ毎日のように浜崎診療所へ見舞みまいに出向いている。

そのゆうが、ある程度回復したことを受けて、一旦いったん八木家の方で引き取ることになったのである。


そしてこの日、沖田総司と野口が、彼女を迎えに行くことになっていた。


嬉々(きき)として出かけていく野口の後姿うしろすがたを見ながら、芹沢はため息をついた。

「…おさかんなこって」

かたわらに寄り添う梅が、不興ふきょうげに酒をあおって、ジロリと芹沢を流し見た。

「あの、また戻って来るんやて?」

りの合わないゆうが、この家に帰ってくるのが不満らしい。

「なんでも身寄りがないんで、しばらくここであずかるそうだぜ?」

梅は眼を丸くしておどろいて見せた。

「おや、厚かましいこと。なんや、いけ好かん子やわ」

「ちぇっ、お前が言うなってんだ」

さすがの芹沢もきれていると、

そこへ、腰巾着こしぎんちゃくの佐伯又三郎がやってきて、

「芹沢局長、ちょっと…」

と、神妙しんみょう面持おももちで声を掛けた。


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