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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
黒猫之章
385/404

好奇心は猫を殺す 其之参

煮え切らない柳太郎に、阿部はつい、声を荒げた。

「いいか?このままじゃ、散々(さんざ)金蔓かねづるにされた挙句あげく最期さいごは、あの芹沢から親父もろとも粛清しゅくせいされかねないぜ?おまえだって、分かってるはずだ」

柳太郎はハッとして顔を上げた。

以前、藤堂平助からも同じ助言じょげんをされている。

「け、けど…父を見捨てることなんて出来ません。だって、私が平山さんに怯懦きょうだとがめられ、切腹せっぷくせまられたとき、父は必死で私をかばってくれたんですよ?」

残酷ざんこくなようだが、それは、貴方あなた(かせ)ぐ金が惜しかったんじゃないのか」

琴は冷徹れいてつに現実を突きつけた。


「ち、違う。父はそんな…」

柳太郎がよろめいたところへ、

勝手の方からやって来た(マサ)が声をかけてきた。

「あの、くすのきはん、ちょっとよろしおすか?」

「あ、え、ええ」

琴が振り返った(すき)に、柳太郎はすり抜けるようにして門の外へ走り去ってしまった。

「あ」

マサは柳太郎の背中を目で追いながら不思議そうにたずねた。

「庭にはるおもたのに、こないなとこで何の相談どす?」

「いえ、彼と少し内密ないみつの話が…」

琴は門の方を気にしながら、あやふやな返事をした。

ジリジリする琴の気も知らず、(マサ)はなにやら申し訳なさそうに打ち明け始めた。

「そや、くすのきはん。さっき浜崎先生(せんせ)から、おゆうちゃんが回復した後の、の振り方を相談されたんどす。勝手に話を進めてしもて堪忍(かんにん)やけど、うちなあ、なんや、()(たま)れんようなってもうて、うちで引き取るてうてしもたんどすわ」

「は、はあ。一応、武田さんには伝えときますが、元々八木家の方で通い仕事のお給金(きゅうきん)を払っておられたんですから、我々が口を差しはさめる問題ではないかと…」

「そううてもろたら、なんやホッとしましたわ」

マサが気の晴れた様子で母屋おもやへ帰っていくと、琴はあたりを見回した。

ドサクサにまぎれて逃げたのか、柳太郎の後を追ったのか、阿部の姿がない。

後者であることを願って、琴は洗濯せんたくの続きに戻ることにした。

クロも主人の後に続く。

「いま、いそがしいの」

着物のすそにじゃれつくクロを、琴は冷たくあしらった。


庭に戻ってくると、縁側えんがわに、あの柳太郎の父、馬詰信十郎が腰掛こしかけている。

琴はドキリとしたが、彼は、まるで何事なにごともなかったように、好々爺(こうこうや)然とした態度でペコリとお辞儀じぎをした。

「どうもどうも、ご苦労様です」

大した役者である。

琴は、無言むごんで信十郎に背を向け、洗濯せんたくを始めた。



「あの、くすのきさん」

信十郎は琴に声を掛けてきた。

琴は、不機嫌ふきげんな顔で振り返り、

「なにか?」

とげのある声でたずねた。

「あ、いや、この数日、幹部かんぶの方々がご不在ふざいで、みなさんのんびりと過ごしておられますのに、随分甲斐甲斐ずいぶんかいがいしく働かれますなあ」

「ボーっとしてても、洗濯物せんたくものは減らないんでね」

「少ないお給金で、感心なことですなあ」

琴は、余計なお世話だという風に信十郎をにらむと、また背を向けて黙々(もくもく)と手を動かし始めた。

しかし、信十郎はひるむ様子もなく、粘りつくような声音こわねからんでくる。

「暑くなってきたというのに、今のままでは衣替ころもがえの着物を工面くめんするにも難渋なんじゅうしているのではありませんか?」

「だからなんです?」

「いえ、私にも同じ年頃としごろの息子がいるので、若い人が苦労しているのを見るのはしのびなくてね。私なら、副業を紹介して差し上げることも出来ますよ」

「ほう。それは、どんな?」


―かかった。

と、信十郎は心中しんちゅうしたなめずりをしていた。

「ただし、局長や幹部かんぶの人たちには内緒ですよ。いや、バレやしない。ですから、あなたも秘密を守れますかねえ?」


琴はひょうのような機敏きびんさで、信十郎に詰め寄ると、洗っていた手拭てぬぐいで首をめあげた。

「…なるほど。貴様キサマ、そうやって自分の息子以外にも若い男をそそのかして、遣り手婆(やりてばばあ)のように陰間かげま(男娼)の真似事まねごとをさせているわけか?」

「な、なんのことです?私はただ…」

琴は手拭てぬぐいをめあげる手に力をめた。

とぼけなくいていい。さっき、あんたが風呂場の裏で話していたのを聴いたよ」

信十郎は、言い逃れ出来ないと見るや、てのひらを返したように本性ほんしょうあらわした。

「あ…貴方あなただって、生きていくために、うしぐらい事に手をめたおぼえが、一つくらい、あ、あるでしょう?」

このに及んで、信十郎は太々(ふてぶて)しく開き直った。

「生きるため?分かってるのか?こんな事がバレたら切腹せっぷくものだぞ」

「…バレませんよ。貴方あなたさえだまっていれば」

信十郎の細いれ目の奥に、狡猾こうかつな光が宿やどる。

琴は激情げきじょうられた。

「私がいま、何を考えていると思う?できることなら、自分自身でお前のはらを切りき、はらわたを引きずり出してやりたいくらいだ」

信十郎は手拭てぬぐいとくびの間に指を差し込んで、なんとか呼吸をたもった。

「そうなれば…柳太郎も…切腹せっぷくを…申しつけられて、南部の子守女こもりおんなの…はらの子は、祖父と…父親を、同時に失う」

とぎれとぎれの息で、まだブラフを掛ける。

―南部家の子守こもり妊娠にんしんしている?

動揺どうようした琴の手から、手拭てぬぐいがすべり落ちた。


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