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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
黒猫之章
384/404

好奇心は猫を殺す 其之弐

琴が一旦いったん(くりや)に戻って釜戸(かまど)の火に(まき)をくべていると、ちょうどそこへマサが戻ってきた。

くすのきはん(琴のこと)、ほんまおおきにな。おまけに洗濯せんたくまでやってくれはったみたいやし」

「いえ…まだ途中ですが」

「ほな、お台所(だいどこ)の方は、あと引き受けますさかい、洗濯物せんたくもんお願いしてよろしおすか?」

「そんな。我々の着物ですから」

「ほんでなあ…おゆうちゃんのことどすけど…」

マサが言いかけた時にはもう、琴は勝手口かってぐちから姿を消していた。

「あれ、(せわ)しないこと」


「こら、そんなに強くこすったら破れる!」

琴は庭に戻るなり阿部をしかりつけた。

「しょうがねえだろ、この血のあとがとれねえんだから」

「いい?こうやって、折り返したぬの同士をこすり合わせるの!」

琴がやって見せると、阿部はぎこちない動きでそれを真似まねた。

「こ…こう?」

「貸して!もう!使えないんだから」

しびれを切らした琴は、はかま引っ手繰(ひったく)った。

「…あのなあ、俺は洗濯せんたくするために、ここへ来た訳じゃ…」

阿部の反論を、琴が人差し指を立ててさえぎった。

「しっ!」

「何だよ?」

琴は、耳をませてみろというジェスチャーと、沈黙を()ってそれにこたえた。

阿部が聞き耳を立ててみると、二人のいる庭から、かわやを回り込んだ建物の裏手うらてで、人の言い争う声がする。


阿部は声を(ひそ)め、そちらを指した。

「おい、風呂の焚口(たきぐち)の方だぜ。こんな物陰ものかげ密談みつだんとは、ひょっとして間者やつらじゃねえか?」

琴が無言でうなずく。


もっとも、声に気づいたのは二人だけではない。

クロが、猫特有の好奇心に従って、声のした方に歩いていった。

二人はそのあとに続き、屋敷の壁に張り付くようにしてかどを曲がって、風呂釜(ふろがま)用の薪棚(まきだな)かげかくれた。


壁の向こうの様子ようすうかがうと、聞き覚えのある、かぼそく甘い声がする。

「父さん、もういやなんだ…あんなことやりたくない」

それは、壬生村のプレイボーイ、馬詰柳太郎だった。

「お前の気持ちも分かるが、隊内たいないでの我々の立場は、どんどん悪くなっている。今後を考えれば、幹部かんぶである武田先生とのよしみを通じておくことが、どういう意味を持つか、お前にもわかるはずだ」

「それは…」

「お前から直接誘いを掛ければ、あの男はきっと色情しきじょうに押し流される。お前は美しいんだからね」

懇々(こんこん)と柳太郎の説得をこころみているのは、おそらくその父、馬詰信十郎の声である。

柳太郎は通りかかったクロを見て、父から眼をらした。

「けど、私は、これ以上好きでもない男に身体からだ(まさぐ)られるのは我慢(がまん)できません。お願いです。もう許してください」

「わ、我儘わがままを言うな!そもそも、お前が、田中新兵衛の件でしくじったり、村の娘に手を出すなどという愚行(ぐこう)を犯さなければ、私もこんなことを頼まなくて済んだのだ。これ以上、私を困らせないでくれ」

会話が途切とぎれ、しばらく(すす)り泣くような声だけが聞こえた。

「もう泣くな、柳太郎。武田様に気に入られて、お前にも何某(なにがし)か役がつけば、給金も上がる。浪士組が手柄を立てれば報奨金(ほうしょうきん)だって(もら)えるかも知れん。そうすれば、こんな方法で金を(かせ)ぐ必要もなくなる」

「…分かったよ、父さん。でも、本当にこれが最後ですから」

話がついたのか、馬詰親子が動き出す気配けはいがしたので、琴と阿部はあわててその場をはなれた。


庭に戻った二人は、盗み聞きした会話の意味を反芻(はんすう)した。

いや、意味など考えるまでもないが、それでも理解が追いつかなかった。

「…今のアレ、どういうことだ?」

「聴いた通りでしょ。あの子…父親に身体からだを売らされてる」

琴が禁忌タブーを口にするようにつぶやいた。

「よせよ。まさか、いくらなんでも…」

そう言ったものの、どう考えても他に解釈かいしゃくのしようがなかった。

息子むすこ本人に確かめましょ」

琴は思い立つと、洗濯籠せんたくかごによじ登って中に入ろうともがいていたクロの首をつかんで、立ち上がった。

「バカ、よせよ。あんなのに関わっていい事なんか一つもないぜ?」

阿部が止めた時には、もうずっと先に行ってしまっている。



琴は、黒谷本陣へお使いに出かけようとする柳太郎を、門の前でつかまえた。

「ちょっと来て」

母屋おもやの脇に引き戻すと、先ほどの口論こうろん真意しんいを問い詰めた。


「誰にも言わないでください。これは私たち親子の問題なんです」


柳太郎は、あっさり“それ”を認め、二人に哀願あいがんした。

琴は、クロを足元に降ろすと、柳太郎が背にした鎧壁よろいかべに手をついて、顔を近づけた。

「泣きごとは聞きたくない。もうそんな理屈りくつは通らないぞ。武田さんにちょっかいを出した時点で、これは貴方あなた方だけの問題とは言えなくなった。それに…隊内たいないでこういうことするのも、初めてじゃないんだろう?」

ある意味で人のいい阿部は、涙を浮かべる柳太郎に同情をきんじえず、忠告した。

「こう言っちゃなんだけどな。おまえ、あの因業親父いんごうオヤジとは、もう(えん)を切った方がいいんじゃねえか?だってよ、あの手の男が言う『これが最後』に、終わりなんかねえぞ?例えば、そう、毎日の洗濯みたいなもんさ」

琴は冷ややかに阿部を一瞥いちべつしたのち、柳太郎に向き直った。

「例えはともかく、キリがないのは事実だ」

「そんな…」


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