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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
花見之章
38/404

白衣の佳人 其之弐

壬生寺に行ってみると、たしかに数人の子供たちがすでに釣り糸をれている。

為三郎は誘っておきながら、沖田そっちのけで場所とりに走っていってしまった。

沖田は手ごろな切り株をみつけて腰をおろすと、頬杖ほおづえをついて子供たちが魚を釣り上げる様子をボンヤリと眺めた。


そのうち、ひとりポツンと離れたところで糸を垂れている、三つか四つくらいの少女に目がとまった。

他の子供たちが次々と釣果ちょうかげるなか、少女には先ほどから全然アタリがない。

なんとなく放っておけなくなった沖田は、少女のかたわらにしゃがんで声をかけた。

「すごいね。その竿さお、きみの?」

少女はあやしげな大人を見る目で沖田をにらむと、無言でうなずいた。

「…それ、エサついてる?」

「…」

「もう食べられちゃったんじゃないか」

「知らん」

少女は(かぼそ)い声で応えた。

沖田は警戒けいかいされているのをさとって、しばらく少女と一緒に無言で糸の先を見つめていたが、なにかきっかけになる話題がないかと考えを巡らせた。

「そういえば、今日さ、ひな祭りだね…」

「…」

少女はやはり真剣な顔で釣り糸を睨んでいる。

「ヒナアラレ、食べた?」

「…しらん」

素っ気なく応えて、少女はまた押し黙った。

「…知らん、知らんって…ヒジカタかっての」

沖田は顔をそむけると、小声で毒づいた。

「…」

「お人形は飾った?」

「…」

どうにも打つ手なしだな、と沖田が肩をすくめたとき、

「うちなあ、おかあはんがおしごとしてるさかい、お人形だしてへんねん」

少女は前を見たまま、寂しそうにつぶやいた。

「お母さん、ひな祭り忘れてるのかなあ」

「…そんなん、しらん」

また沈黙ちんもくが戻ってきた。


沖田はふと思い立って、切り株のところに戻ると、先ほど芹沢からもらった千代紙でひな人形を折りはじめた。

芹沢のようにはいかないものの、なんとか形にすると、少女の前にそっと差し出して顔色をうかがった。

この容色ようしょくえないお雛様ひなさま懐柔かいじゅうするのは、やはり無理があったかと諦めかけたとき、彼女はパッと表情をかがやかせて振りかえった。

「おだいりさんは?」

「え?」

「これ、おひなさんやろ?おだいりさんは?」

「ああ。お内裏だいりさんね。ちょっと待ってな」

沖田はひざを折って、少女の前に千代紙の束を扇形おうぎがたにひろげて見せた。

「どの色がいい?」


ふたりが額をつき合わせるように色紙を選んでいると、白い前掛まえかけをした若い女性が表門おもてもんの方からけよってきた。

「おゆき!」

「おかあはん」

少女は声のした方をみてすこし微笑ほほえんだが、すぐに沖田の手元にある千代紙に視線しせんをもどした。

沖田は手をとめて、その白衣はくいの女性を見上げた。

彼女は、沖田のひざにおかれた「お雪」の手をつかむと、まるで人さらいから奪い返すように強く引きよせた。

おどろいた沖田は両手をあげて「降参こうさん」のポーズをとってみせる。

「大丈夫。って食ったりしませんよ」

白衣の女性は警戒心けいかいしんあらわに沖田の目をにらみ据えると、娘の肩をぐっと抱いた。

「ええ。でも知らない人について行ってはいけないと教えていますから」

「そっか、そうだな。わたしは沖田総司といいます。ほら、そこの八木さんちに来た浪士組の者です」

「…ああ、あの」

彼女はかるくうなずいてみせたが、切れ長の美しい眼にわずかなかげりが差した。

沖田はめずらしく敏感びんかんに相手の不安を察して、申し訳なさそうに笑みを浮かべた。

「よけい怖がらせちゃったかなあ」

「いえ…。わたしはそこの診療所しんりょうじょでお手伝いをさせていただいてる石井秩いしいいちと申します。大切なお役目で京に来られたお侍さまに、この娘がなにか粗相そそうをしていなければ良いんですけど」

そう言ったお秩の着物のすそにはさざめく水面みなもの光が反射して、幻想的げんそうてき模様もようを描いている。

それがこの女性のはかなげな雰囲気ふんいきとあいまって、沖田は一瞬立ちくらみのように奇妙な感覚をおぼえた。

「やめてくださいよ。子供に粗相そそうも何もないでしょう?」

さもバカバカしいという風に顔をそむけ、動揺どうようを取りつくろった。

「お武家ぶけ様に対する礼儀れいぎに、大人も子供もありませんから」

「見てのとおり、お武家ってガラじゃあない。ただの貧乏浪人びんぼうろうにんです。ま、あたりまえか、浪士組っていうくらいなんだから。ね?」

沖田に頭をなでられたお雪は、訳も分からずニッコリ微笑ほほえんだ。

「うん、そうや」

「もう、この子ったら!目上のひとに、そういう気やすい口をきくものじゃありません。何度も言ったでしょ?」

「参ったなあ。浪士組には確かに気難きむずかしいのもいるけど、そんな怖い人ばっかりでもないですよ」

しきりに頭をかく沖田に、石井秩は固い表情のままびた。

「気を悪くなさらないでください。沖田さまがそうだというのではないのです。でもこの娘はまだそうした分別もつきませんから、おサムライさまがみな優しい人ばかりじゃないというのもおぼえてもらわないと」

「お父さんは、いや、ご主人は何をされてる方なんですか。やっぱりお医者さん?」

「…1年前に病気で亡くしました」

いちは、少し悲しげに微笑んだ。

「それは…」

こういう場合に言うべき言葉がみつからず、沖田は言葉に詰まった。

「…すみません」

「もうずいぶんちますから」

シドロモドロになる沖田を見て、いちはようやく気をゆるしたように微笑ほほえんだ。

「失礼します。ほら、沖田さまにお礼は?」

「おきたはん、おおきに」

お雪はペコリと頭を下げて、また笑ってみせた。


「あ、ちょ、ちょっと待った!」

ひな人形のことを思いだした沖田は、アタフタと紙を折った。

「はい、お内裏だいりさん!」

やはりあまり上手とはいえない人形が、その小さな手のひらに鎮座ちんざしている。

しかし、お雪は立派な京人形きょうにんぎょうでも見るように目をまるくした。

「ほんまや!なあ、おかあはん。みて!おひなさんと、おだいりさん」

いちは娘の喜びに水を差さない程度ていど微笑ほほえんでみせ、それから沖田に一礼いちれいしてきびすを返した。

お雪は手を引かれながらも、名残惜なごりおしそうに沖田を見ている。

「また遊んでね?」


沖田は小さく手を振って声をかけた。

「そのまえに、お母さんを説得しといてよ!」


「さて、と。」

沖田が、そろそろ為三郎をさがさねばと池のほうを振りかえると、目の前に鼻の下をのばした永倉新八の顔があった。

「な…!!」

「よう、誰だあの美人は?」

「…永倉さん、犬みたいに鼻がきますね」

「バカ。俺だって日がな一日女のケツばっか追いかけてるわけじゃねえんだよ。近藤さんが呼んでる。佐々木とかいうえらいさんが来たから戻れとさ」

「まったく。余韻よいんもクソもないな」

沖田はため息をついた。


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