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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
375/404

龍尾剣 其之壱

その頃、壬生寺では。


副長助勤ふくちょうじょきん永倉新八が、入隊志願者の阿部十郎を追い回していた。

「あっ!こらっ待て、てめえ!」

阿部は、最近すっかりいたについてきた逃げの一手で、まるで逃げ水のようにスルスルと間合まあいの外に離れていく。

愛する中沢琴に、いいところを見せたい永倉は、まともな勝負に持ち込めないことに苛立いらだって、滅茶苦茶メチャクチャ竹刀しないを振り回していた。

「うわっと!」

「じっとしてろ、この野郎!」

まるでドタバタ喜劇(スラップスティック)のように滑稽(こっけい)な試合運びに、中沢琴は、欠伸(あくび)み殺した。


「やれやれ」

ため息をらした琴のとなりへ、すっと寄りうように、猫背ねこぜの男が立った。

「おまえ、見た顔やな」

考試こうし偵察(ていさつ)にやってきた芹沢一派の副長助勤ふくちょうじょきん、佐伯又三郎である。


琴は、佐伯の顔をチラリと見て、内心面倒めんどうヤツからまれたと思ったが、黙殺もくさつした。

その態度がかんさわったか、佐伯はこめかみにうっすら青筋あおすじを浮かべ、琴の(えり)つかんだ。

「ふん、女みたいな声やないか…わしゃ覚えのええ方で、その声には聞き覚えがあるで。お前とは島原でうたな」

「覚えてないな」

琴は短くこたえた。

「浪士組に何の用じゃ?」

「見れば分かるだろう?浪士組に加盟かめいする」

「ほ!笑わせるやないか」

佐伯は目をいて笑った。

この佐伯とは、今と同じ男装姿の時に、島原大門の前で一悶着(ひともんちゃく)起こした過去がある。

「…まあええわい」

不思議なことに佐伯は、それ以上追求しようとはしなかった。


二人がヒソヒソ話しているのに気づいた永倉は、試合中にも関わらず、佐伯にみ付いた。

「なんだあ?てめえもお琴ちゃん目当てか?」

「お琴ちゃん?え?なんです?」

「あ、いや、こっちの話だよ。いま考試こうし最中さいちゅうだから、そんなとこでペチャクチャしゃべられてちゃ気が散るってんだよ!」

「すんまへん。いやね、最近出番が少ないから、ちょっとお手伝いでもしよか思て」

佐伯は頭の後ろをきながら言い訳した。

「ちぇ、よく言うぜ」

「どないでっか?つぎ、たまには、わしが志願者のお相手しまひょか?」

琴は佐伯の顔を見返した。

この場でケリをつけようと言う魂胆(こんたん)だろうか?


「バカヤロー!おれぁ、次を楽しみに、こんな七面倒臭(しちめんどく)せーお役目を引き受けてんだよ!アッチ行けーっ!シッシッ!」

恋仇(こいがたき)威嚇(いかく)に忙しい永倉の足下(あしもと)に、阿部が下段を打ち込んだ。

「うわっと!てめ!汚ねえぞ!」

さすがと言おうか、永倉は、すんでのところでそれを交わしたが、またカッとなって阿部を追い回す。

「しょーがないじゃん。スキがあったんだから!」


「…なんや、猿廻(さるまわ)しでもてる気分やな」

佐伯の感想があまりにもツボを押さえていたので、琴は吹き出しそうになった。


そこへ、ようやく原田左之助と沖田総司が到着した。

中座ちゅうざしちゃってすみません!」

小走りでけ付け、ペコリと頭を下げた沖田の足元あしもとには、

どうしたわけか、いまや八木家のい猫になったクロがじゃれついている。

「こら!ついて来るなって言ったのに」


「いやいや、おまたせ、おまたせ~!」

原田の方は呑気のんきに歩いてくると、本堂ほんどうの前に立って、頭上ずじょうで腕を交差こうささせながら振った。

「よーし、じゃあ、こっからは俺が仕切るからよ!」


「あいつら、緊張感のない現れ方しやがって」

佐伯が毒づいた。


沖田に追い払われたクロは、原田の背後、向拝こうはいの階段に飛び乗ると、気持ちよさそうに欠伸あくびをした。

確かに、境内けいだいあざやかな新緑しんりょくいろどられていて、ポカポカと心地いい陽気が眠気を誘う。

人相の悪い浪士たちが竹刀を振り回していなければ、何とも長閑のどかな午後のはずである。


「あら総司、久しぶり」

中沢琴が、飼い猫に挨拶あいさつした。

「総司」というのは、琴が勝手にクロにつけた名前だ。

「ニャア」

クロは琴を覚えているようで、かぼそい声で返事をした。

「あなた、ちょっと太ったんじゃないの?随分ずいぶんいいもの食べさせてもらってんのね」


「そういうお琴ちゃんも、ちょっと太った?」

永倉新八が、便乗びんじょうして琴にちょっかいを出してきた。

琴は猫を抱き上げながら、怖い眼で永倉をジロリとにらむ。

「…いやいや、女の子なんてのは、少しふっくらしてる方が、色っぺ…いえ、何でもないです。すみません」

「ていうか、試合終わったの?」

琴がたずねたのと同時に、沖田が指をパチンと鳴らした。

「間に合わなかったか!」


永倉は、本堂ほんどうの前で頭を押さえながら座り込んでいる阿部をあごで指し、大きく鼻で息をついた。

「なんだ総司?あいつなら、たったいま仕留しとめたぜ。まったく、手こずらせやがって…」

「で?」

「しかも、オマエのせいで、一番いいとこを見せらんなかっただろ!」

永倉は、クロの首の後ろをつまんで持ち上げ、怒鳴どなりつけた。

「そうじゃなくて、結果は!?」

「んなもん、あんだけ逃げ回ってりゃ不合格だよ!」

「にゃ!」

永倉が、腹立はらだちまぎれに放り投げたクロを、琴が受け止めた。

不正入試ふせいにゅうしをやるつもりだった沖田は、ガックリと肩を落とした。

「あちゃあ、残念です…」

「まったく、油断もすきもありゃしねえ。どいつもこいつもお琴ちゃんに色目いろめ使いやがって…もうおめえの出番はねえぞ。すっこんでろ!」


阿部がゾンビのようにムクリと起き上がって、沖田につかみかかった。

「待った、待った!残念ザンネンデスじゃなくて、約束がちげえだろ!どうしてくれんだよ?」

と、赤くれあがった額を、突き付ける。

「痛そう…いやまあ…気を落とさないでください」

「なんだと、てめえ、この野郎」

琴は、二人のめ事を無視して、抱いていた子猫を沖田に押し付けた。

「じゃ、次は私ね」

「もう連れて帰る気なんてないでしょう?」

沖田が猫の頭をでながら、飼い主の怠慢たいまんを責めると、琴は自分のほおを指して、

「コレのせいでしゃべりにくい。こんなの、ほんとに必要?」

と話をはぐらかした。

「それはさ、念には念をってね…じゃなくて、誤魔化ごまかさないでくださいよ」

「いま、仮住かりずまいだから」

「…仮住かりずまいは、わたしたちも一緒いっしょなんですけど」



そうこうするうちに、会議を終えた近藤、土方ら幹部たちも、くだん間者かんじゃというのを、ひとめ拝んでやろうとゾロゾロ姿を見せ始めた。

志願者たちは、その顔触かおぶれにすっかり萎縮いしゅくしている。


土方歳三は、ズカズカと琴に歩み寄ると、あきれた様子でほおををツネった。

「なんだ、そのおかしな顔は?」

琴は、その手をねのけて、土方にいどみかかった。

「なんか言った?」

「まあまあ、これは変装ですよ」

今度は土方と琴のケンカが始まりそうになったので、沖田が代わって弁明すると、琴はその沖田に腹をたてはじめた。

「本気で言ってんの?あの佐伯又三郎にも、一目ひとめで見破られたのに?」

「だろうな。さっさと口の中のモノを出せ」

琴は土方をにらみつけると、真綿まわたを沖田に向けてペッと吐き出した。

「わっ、きたね」

「あ?もう一回、言ってみなさいよ!」

沖田はおどけて飛び退いたが、その時、ふところからユニコーンの根付ねつけを落としたことには気づかなかった。


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