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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
374/404

局中法度 其之弐

「けっ、こんなのは予想の範囲内なんだよ」

土方は、名簿めいぼを引っ手繰たくると、強がってみせた。


もう一人の副長、山南は、あんに武田の参加を認めて、会議を再開した。

「お国言葉くにことばというのは、なかなか誤魔化ごまかせるものではありませんから、この中から東国とうごく出身者は除外じょがいしていいと思います」


テレビなどで日常的に標準語を耳にする現代人と違い、この時代では地方ごとのなまりというものをかくおおすことは至難しなんわざだった。

しかし、隊士を募集しているのが京ということもあって、東国とうごく出身者はそう多くない。


「ふく…武田さんの考えも聞きましょう」

山南が意見を求めると、

「そうねえ、怪しいのは、コレ、コレ、コレ、コレとコレ…」

武田は、西国さいごく出身者の中からり抜いた名前を、すらすらとゆびさしていった。


「おいおい、なんで分かるんだ?」

あまりに迷いのない口ぶりをいぶかしんで土方が問いただすと、武田は肩をすくめた。

「向かいの家で、あのイガグリ坊主ボーズ(松原忠治)が身上しんじょうき取りをしてたでしょ?あたしね、後ろで聞いてたの…この連中は、よどみなく受け答えしてた。つまりね、間者かんじゃかどうかはおいといて、それなりに頭が回るってこと。あとは腕っ節(うでっぷし)だけの雑魚(ザコ)ね」


「ふむ…つまり、長州もバカはやとわねえってわけか」

近藤があごをさすりながらうなずくと、

「バカのりをしてるだけかもんねえだろ」

原田が茶々(ちゃちゃ)をいれる。

「バカをよそおってる奴と、本物のバカは話し方が違う。言葉の選び方、話の筋道すじみちの取り方、いくらでも見分ける方法はあるわ。ちなみにあんたは後者こうしゃね」

原田が返りちにあったところで、土方は名簿に印を打っていった。

それなりに武田の見立みたてを信用しているらしい。

山南と武田の意見を総合すると、容疑者は12人にしぼられた。


御倉伊勢武みくらいせたけ荒木田左馬之介あらきださまのすけ松永主計まつながもんど越後三郎えちごさぶろう尾関雅次郎おぜきまさじろう山野八十八やまのやそはち馬越三郎まごしさぶろう篠塚峰蔵しのづかみねぞう宿院良蔵しゅくいんりょうぞう蟻通勘吾ありどおしかんご松崎静馬まつざきしずま


沖田は、その中に見覚みおぼえのある名前を見つけた。

「山野さんは違うよ」

山野八十八やまのやそはちは以前、屯所とんしょまもるのに一役ひとやく買った実績じっせきがある。


「それでもまだ多い」

近藤が、ガリガリと頭をきむしると、土方は、名簿めいぼの最初に名前がある四人に二重丸にじゅうまるを打った。

「こいつらは、一緒に屯所とんしょたずねて来てる。俺のかんじゃ奴らが本命ほんめいだ」

「あたしもそう思うわね。四人がそろいもそろって、昨日髪結(かみゆ)いに行ったみたいに綺麗キレイ月代さかやきり上げてたし、そのうち二人は同じ生地きじはかまいてた」

土方と武田の意見がめずらしく一致した。


近藤は一同を見渡して言った。

「問題は、どうあぶり出すかだ」

すると、沖田が手をげて、みなの注意を引いた。

「考えたんですよ。ヤツら、くすのきとは面識めんしきがないようなので、誰かをくすのきに仕立てて、新入りにもぐり込ませるんです。この中に長州の間者かんじゃが本当にいるなら、そのうち向こうから接触せっしょくしてくるでしょう?」

近藤が眼を丸くする。

「珍しくえてるじゃねえか」

めずらしくは余計よけいでしょ。ま、白状はくじょうすると、私が考えたさくじゃないんですがね」

土方が興味を引かれたように身を乗り出した。

「じゃ、誰が考えたんだよ?」

「お琴さん」

沖田はケロリと答えた。

思いがけない名前が飛び出して、今度は山南がおどろいた。

「お琴さん?この件にも関わってるのか?」

部外者がくちばしを挟んでくることに、土方も苛立いらだちを隠そうとしない。

「なんでまた、あいつが出しゃばってくるんだ」

「そりゃ、くすのきの件も、他の間者かんじゃの件も、突き止めたのはお琴さんだからですよ」

「…プッ!」

土方と山南がグウのも出ないのを見て、近藤が吹き出した。


山南は、私情をはさむことに気が引けるのか、居心地いごこち悪そうに座りなおした。

「かもしれないが、これ以上は危険きけんだ。この件からは手を引かせる」

「でも、もうくすのきけて、応募者の中にまぎれ込んじゃってますよ?」

沖田はサラリと言って、この計画の前段ぜんだんを知らない武田にも分かる様に、中沢琴が楠小十郎くすのきこじゅうろうに成りすまして、浪士組にまぎれ込むことになった経緯いきさつを説明した。


山南と土方が同時に声をあらげた。

「なんでそうなるんだ!」

「あのジャジャ馬だって、油断ゆだんならねえことに変わりねえんだぞ!すぐつまみ出せ!」


武田観柳斎は、二人を黙殺もくさつして、近藤に進言しんげんした。

「そのお琴って何者なにものか知らないけど、信用できるなら、悪くない選択だと思うわ」

沖田は、武田の援護えんごに力を得て、自説をした。

「お琴さんは江戸からの知り合いだし、なにより山南さんのおもい人ですからね」

土方は、その脆弱ぜいじゃく根拠こんきょ一笑いっしょうした。

「は、だから?」

「じゃ、誰が楠小十郎くすのきこじゅうろう身代みがわりをやるんです?他に身元みもとの確かな人間なんていませんよ」


土方も、山南も、この作戦には承服しょうふくしかねたが、かと言ってみな納得なっとくさせるような代案だいあんたない。

二人はそろってくちびるんだ。


「総ちゃんの勝ちね。もう少し策を煮詰につめる必要はあるけど、この件は、あたしが面倒めんどうをみてあげるから安心なさい」

武田は作戦本部長に名乗りを挙げた。

近藤は、多少の不安を残しつつも、この作戦を認めた。

「うーん…まあ、分かった。やってみろ」

「決まりね。じゃ、まず怪しい連中れんちゅうに、国事探偵方こくじたんていがたとか何とか、当たりさわりのない役職をつけて、ひとまとめにしときなさい」

「なんで?」

作戦本部長さくせんほんぶちょう最初の指示に、原田が疑問ぎもんを口にすると、武田は出来の悪い部下の頭をはたいた。

「その方が見張みはりやすいからよ!このおバカさん!」


「おい、まだ軍師ぐんし気取りで仕切しきるのは気が早いぞ。おまえが本気でこの件にからむつもりなら、縁故えんこで浪士組に入れることは認められん」

土方がせめてもの抵抗ていこうこころみると、山南も同意した。

「確かに。過去に試衛館しえいかんに出入りしてたことがバレれば、当然警戒(けいかい)される」


武田観柳斎は、人差し指をあごの先に当てて、ななめ上に視線をただよわせた。

「ま、もっともな理屈リクツね。…でも問題ない。誰かしら推挙すいきょを取り付けるわ」

そして、異論いろんをさしはさむいとまを与えず、勝手に会議をめた。

「いい?それじゃ、解散かいさん!」


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