局中法度 其之弐
「けっ、こんなのは予想の範囲内なんだよ」
土方は、名簿を引っ手繰ると、強がってみせた。
もう一人の副長、山南は、暗に武田の参加を認めて、会議を再開した。
「お国言葉というのは、なかなか誤魔化せるものではありませんから、この中から東国出身者は除外していいと思います」
テレビなどで日常的に標準語を耳にする現代人と違い、この時代では地方ごとの訛りというものを隠し果すことは至難の業だった。
しかし、隊士を募集しているのが京ということもあって、東国出身者はそう多くない。
「ふく…武田さんの考えも聞きましょう」
山南が意見を求めると、
「そうねえ、怪しいのは、コレ、コレ、コレ、コレとコレ…」
武田は、西国出身者の中から選り抜いた名前を、すらすらと指さしていった。
「おいおい、なんで分かるんだ?」
あまりに迷いのない口ぶりを訝しんで土方が問い質すと、武田は肩をすくめた。
「向かいの家で、あのイガグリ坊主(松原忠治)が身上の聴き取りをしてたでしょ?あたしね、後ろで聞いてたの…この連中は、淀みなく受け答えしてた。つまりね、間者かどうかはおいといて、それなりに頭が回るってこと。あとは腕っ節だけの雑魚ね」
「ふむ…つまり、長州もバカは雇わねえってわけか」
近藤が顎をさすりながら頷くと、
「バカの振りをしてるだけかも知んねえだろ」
原田が茶々をいれる。
「バカを装ってる奴と、本物のバカは話し方が違う。言葉の選び方、話の筋道、間の取り方、いくらでも見分ける方法はあるわ。ちなみにあんたは後者ね」
原田が返り討ちにあったところで、土方は名簿に印を打っていった。
それなりに武田の見立てを信用しているらしい。
山南と武田の意見を総合すると、容疑者は12人に絞られた。
御倉伊勢武・荒木田左馬之介・松永主計・越後三郎・尾関雅次郎・山野八十八・馬越三郎・篠塚峰蔵・宿院良蔵・蟻通勘吾・松崎静馬。
沖田は、その中に見覚えのある名前を見つけた。
「山野さんは違うよ」
山野八十八は以前、屯所を護るのに一役買った実績がある。
「それでもまだ多い」
近藤が、ガリガリと頭を掻きむしると、土方は、名簿の最初に名前がある四人に二重丸を打った。
「こいつらは、一緒に屯所を訪ねて来てる。俺の勘じゃ奴らが本命だ」
「あたしもそう思うわね。四人が揃いもそろって、昨日髪結いに行ったみたいに綺麗に月代を剃り上げてたし、そのうち二人は同じ生地の袴を履いてた」
土方と武田の意見がめずらしく一致した。
近藤は一同を見渡して言った。
「問題は、どうあぶり出すかだ」
すると、沖田が手を挙げて、皆の注意を引いた。
「考えたんですよ。奴ら、楠とは面識がないようなので、誰かを楠に仕立てて、新入りに潜り込ませるんです。この中に長州の間者が本当にいるなら、そのうち向こうから接触してくるでしょう?」
近藤が眼を丸くする。
「珍しく冴えてるじゃねえか」
「珍しくは余計でしょ。ま、白状すると、私が考えた策じゃないんですがね」
土方が興味を引かれたように身を乗り出した。
「じゃ、誰が考えたんだよ?」
「お琴さん」
沖田はケロリと答えた。
思いがけない名前が飛び出して、今度は山南が驚いた。
「お琴さん?この件にも関わってるのか?」
部外者が嘴を挟んでくることに、土方も苛立ちを隠そうとしない。
「なんでまた、あいつが出しゃばってくるんだ」
「そりゃ、楠の件も、他の間者の件も、突き止めたのはお琴さんだからですよ」
「…プッ!」
土方と山南がグウの音も出ないのを見て、近藤が吹き出した。
山南は、私情を挟むことに気が引けるのか、居心地悪そうに座りなおした。
「かもしれないが、これ以上は危険だ。この件からは手を引かせる」
「でも、もう楠に化けて、応募者の中に紛れ込んじゃってますよ?」
沖田はサラリと言って、この計画の前段を知らない武田にも分かる様に、中沢琴が楠小十郎に成りすまして、浪士組に紛れ込むことになった経緯を説明した。
山南と土方が同時に声を荒げた。
「なんでそうなるんだ!」
「あのジャジャ馬だって、油断ならねえことに変わりねえんだぞ!すぐつまみ出せ!」
武田観柳斎は、二人を黙殺して、近藤に進言した。
「そのお琴って何者か知らないけど、信用できるなら、悪くない選択だと思うわ」
沖田は、武田の援護に力を得て、自説を推した。
「お琴さんは江戸からの知り合いだし、なにより山南さんの想い人ですからね」
土方は、その脆弱な根拠を一笑に付した。
「は、だから?」
「じゃ、誰が楠小十郎の身代わりをやるんです?他に身元の確かな人間なんていませんよ」
土方も、山南も、この作戦には承服しかねたが、かと言って皆を納得させるような代案も持たない。
二人は揃って唇を噛んだ。
「総ちゃんの勝ちね。もう少し策を煮詰める必要はあるけど、この件は、あたしが面倒をみてあげるから安心なさい」
武田は作戦本部長に名乗りを挙げた。
近藤は、多少の不安を残しつつも、この作戦を認めた。
「うーん…まあ、分かった。やってみろ」
「決まりね。じゃ、まず怪しい連中に、国事探偵方とか何とか、当たり障りのない役職をつけて、ひとまとめにしときなさい」
「なんで?」
作戦本部長最初の指示に、原田が疑問を口にすると、武田は出来の悪い部下の頭を叩いた。
「その方が見張りやすいからよ!このおバカさん!」
「おい、まだ軍師気取りで仕切るのは気が早いぞ。おまえが本気でこの件に絡むつもりなら、縁故で浪士組に入れることは認められん」
土方がせめてもの抵抗を試みると、山南も同意した。
「確かに。過去に試衛館に出入りしてたことがバレれば、当然警戒される」
武田観柳斎は、人差し指を顎の先に当てて、斜め上に視線を漂わせた。
「ま、もっともな理屈ね。…でも問題ない。誰かしら推挙を取り付けるわ」
そして、異論をさしはさむ暇を与えず、勝手に会議を締めた。
「いい?それじゃ、解散!」




