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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
373/404

局中法度 其之壱

さてその頃、八木家の向かいにある前川邸。

局長近藤勇の居室きょしつでは。


近藤が、目の前に置かれた書類を見ながら、むずかしい顔でうでを組んでいた。

左右には副長ふくちょうの土方歳三と山南敬介が対面で座っていて、これは芹沢鴨と谷右京を除いた、いわば非公式の幹部会議だった。

問題の書類は、土方が提出した動議どうぎである。


「あんたらが大坂に行ってる間ヒマだったんでな。ちょっと俳句の合間あいまに書いてみた」

近藤は、やはり難しい顔のままうなった。

「むう、良くできてはいるが…」


標題に「局中法度(きょくちゅうはっと)」と大書(たいしよ)されたその書類には、続いて五つの項目がしるされていた。


一、士道(しどう)(そむ)間敷事(まじきこと)

一、(きょく)(だっ)するを不許(ゆるさず)

一、勝手(かって)金策致不可(きんさくいたすべからず)

一、勝手(かって)訴訟(そしょう)取扱不可(とりあつかうべからず)

一、(わたくし)闘争(とうそう)不許(ゆるさず)


そして、最後にこうある。


右条々(みぎじょうじょう)相背候者(あいそむきそうろうもの)切腹申付(せっぷくもうしつく)べく候也(そうろうなり)


後世こうせい名高なだかい、新選組の鉄の(おきて)である。


時期尚早(じきしょうそう)でしょう。これではきびしすぎる」

山南が難色なんしょくを示した。

土方は薄笑うすわらいを浮かべながら、ひざのうえに頬杖ほおづえをつき、上目遣うわめづかいに山南を見た。

「あんたも、芹沢たちを口実こうじつが欲しいんだろ?」

山南はあごで、小刻こきざみにうなずいた。

「そういうことですか…しかし、この士道云々(しどううんぬん)については、他の隊士たちだって、(はなは)だ怪しいもんですよ」


「例えば、そう…例の死体の件かい?」

山南と近藤は、けわしい目で土方に視線をそそいだ。

「あれに限った話ではありませんが、まあ、そうです」


言うまでもなく、それは夜半やはんに運び込まれてきた楠小十郎くすのきこじゅうろうの遺体のことである。

今は、人目ひとめけるために、普段道場代わりに使っている長屋門ながやもんかくして(こも)かぶせてある。

近藤たちはくわしい事情をまだ聞いていないが、監察方(かんさつがた)島田魁からは、沖田が手に掛けたとだけ報告が上がっていた。


「総司のやつ、遅いな」

近藤は、その釈明しゃくめいを聴くために沖田を呼びつけていた。


「どうも、遅くなりました」

ちょうどそこへ沖田が入ってくると、近藤が単刀直入たんとうちょくにゅうたずねた。

「道場で寝ている二枚目にまいめほとけさんだが、あれはお前がやったのか?」

「ええ、まあ」

「なぜ報告しない」

「今、してるじゃないですか」

沖田はしれっと答えて、くすのきの一件の顛末てんまつを語った。


くすのきっていうと、お琴さんが突き止めたっていう、あの?」

すでに近藤には、長州が送り込んでくる間者かんじゃの情報がもたらされていた。

「そのようです」

山南がその事実を認めた。


「で?あの死体が、その楠小十郎くすのきこじゅうろうってわけか?」

土方が念を押すと、沖田はうなずいた。

「ええ」

「何考えてんだ?かせなきゃ意味ねえだろ」

「武士の情けってやつですよ。もういいですか?考試こうしの立ち合いに戻っても」


沖田はなくこたえた。

その件には、あまり触れられたくないといった様子だ。

確かにゆうの血を見て一時は激情げきじょうられたものの、くすのきを斬った時の沖田は冷静だった。

「武士の情け」は強がりで、あの時はらねばられていたというのが本当のところだ。


馬鹿野郎バカやろう。まだ話は終わってねえ」

土方がしかりつけると、沖田はニヤリと笑った。

「そういえば、もうひとつ、まだ言ってないことがあった」

「ん?」

「今、境内けいだいでその立ち合いを待ってる連中ですがね、あの中にも、何匹かネズミがまぎれ込んでるようですよ」

近藤が鋭い眼で沖田をにらむ。

「それは確かか?」

「…多分ね」


近藤が人を呼んで、入隊者の名簿めいぼを持ってくるように命じたところへ、原田左之助が、文字通り転がり込んできた。


「こ、こ、近藤さん、かなめがきた!」

「なにごとだ?お前には、総司の代役を頼んだはずだろ」

「だから、行こうと思ったら来たんだよ、カナメ、じゃなかった、タケダカンリュウサイが!」

土方歳三は、また古臭ふるくさ家名かめいをひけらかす怪しげな浪人が売り込みに来たのだと思って、ウンザリしながら手を払った。

「はあ?タケダチンリュウサイ?誰だそれ?追い返せ」

「だから、カナメだよ、福田要ふくだかなめあらため、武田観柳斎たけだかんりゅうさい

その名を聞いて、土方もようやく、市谷甲良屋敷いちがやこうらやしきの道場に出入りしていた、妙にクネクネした坊主頭ボウズあたまの男を頭に思い描いた。

おそらく、近藤と山南も同様だ。

「ああ、あいつか。いつからそんな珍妙ちんみょうな名前になった?甲州流軍学こうしゅうりゅうぐんがくときて武田ナントカ斎なんて、まったく、なに考えてんだか。インチキ丸出まるだしじゃねえか」

一応解説しておくと、甲州流軍学こうしゅうりゅうぐんがくは武田信玄をとする兵法へいほうである。


「いいのよ。世の中、どうせ肩書かたがきに弱いバカしかいないんだから」

部屋の入口から声がして、みな一斉いっせいに振り向くと、そこには、すでに武田が仁王立におうだちしていた。

「うわっ、なに勝手に入ってきてやがんだ、てめえ!」

土方が文句を言うと、武田は即座そくざにやり返した。

「相変わらず、アタマ悪そうなツラしてるわね、土方フクチョー。ハ、ずいぶんエラくなったもんじゃない。あら、総ちゃんも、おひさ」

沖田が苦笑にがわらいしてペコリと頭を下げる。

土方はケンカなら買ってやるとばかりに片膝かたひざを立てて、ひじあずけた。

「てか、なんでいきなり、てめえが割り込んでくるんだよ?」

武田は、土方を無視して、山南敬介の頭をでた。

「実はさ、こないだね、小仏関所こぼとけせきしょの知人に所用しょようがあって、日野宿ひのじゅくを通ったの。でね、ついでに、大惣代だいそうだいの富澤さまんにご挨拶あいさつに寄ったのよ。そしたら、あんたたち京にのぼったっていうじゃない?ハー、もうビックリ!水臭みずくさいったらありゃしないわよ」

「いや、はあ。すみません」

山南も、ちぢこまって、ただあやまるばかりだった。


武田は近藤の前に進み出て、ひざをついた。

「いさ…近藤先生、甲州流軍学者、武田観栁斎、微力びりょくながらお力添ちからぞえに参上さんじょうつかまつりましたわよ」

「おお、これは力強い。やはり上京する時に、お声掛こえがけすれば良かったかな」

ふところの深さとでも言うべきか、なぜか近藤だけは、武田とも打ちけて話せるようだ。

「ほら、道場に出入りしてた大槻の銀ちゃんなんかも、近藤さんは水臭みずくさいってなげいてましたよ」

「大槻銀蔵か、懐かしい名前だ」


二人が昔話に花を咲かしているところへ、河合耆三郎(きさぶろう)が例の名簿めいぼを届けにやって来た。


「もういいか?見ての通り、いま、忙しいんだ。いいや、違うな。クソ忙しいんだ。申し訳ないが、お引き取り願えますかね?」

土方が、うるさいハエを追い払うように手を振ると、

武田は、河合が土方に差し出した名簿をヒョイと取り上げた。

「なあに、この名簿?」

「あ、コラ!返せ」

土方が手を伸ばすと、武田はひらりと身をかわして、名簿の表紙をめくった。

「あら、楽しそう。みんなでこんなものにらみながら、ヒソヒソ話ってことは、さしずめ、間者かんじゃ当てゴッコでも始まるのかしら?相変わらずわきの甘いことねえ?」


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