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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
372/404

八百長試合 其之弐

「つぎ、糸魚川いといがわ藩、越後三郎殿」

「はい!」

目の前の青年が名前を呼ばれて出ていくと、沖田が阿部のかたを叩いた。

「じゃあ、この次は私が相手役を代わってもらいますから、上手うまくやってくださいよ」

試験官しけんかんの川島勝司もそろそろ疲れてきた頃合ころあいで、タイミングとしては悪くなかったが、沖田より一歩早く、副長助勤ふくちゅおうじょきんの永倉新八が交代を申し出た。

「よっし、じゃあ最近身体もなまってる事だし、次は、俺が肩慣かたならしを兼ねて相手してやっか」

沖田はあわてて永倉を呼び止めた。

「あ、いや、永倉さん。次は私。私がやりますから」

「なんだよ、気持ちわりいな。いつも面倒めんどくさがるくせによお。なんかあるのか?」

永倉は不審ふしんげに言って、辺りを見回し、琴の姿を見つけた。

沖田はイヤな予感がした。

「…はは~ん。総司ったら色気イロケづいちゃって、いいとこ見せようってか?でも、ゆずってあげないよん」

永倉の眼は、すでにハートマークになっていて、こうなったらテコでも動くはずがなかった。


沖田はスゴスゴ引き上げてきて、

「ダメだ。めっちゃ張り切ってます」

阿部は、ブンブン竹刀しないを振り出す永倉を指して抗議こうぎした。

「バカいえ!みろ、すごい音させてるじゃないか。ダメだダメだ、あんな強そうな奴は。もうちょっと、手頃てごろなのにしてくれ」

「…よくそういう情けない台詞せりふをエラそうにけますねえ…う~ん…そう言われてもなあ…」

困っていると、門の方から島田魁がやってきて沖田に手を振った。

「おーい沖田さん、近藤先生が呼んでますよ」

「えー?今(いそが)しいんだけど!」

「でも、すぐ来いって」

「ちっ、しょうがないな」

立ち去ろうとする沖田の腕に、阿部がすがった。

「いやいや、そりゃねえだろ」

しかし沖田は、その手を振りほどいて、

「いいですか?これはあくまで技量ぎりょうを見るための考試こうしであって、なにも勝つ必要はないんです。だいたい永倉さんなんて、私だってなかなか勝てないんだから。んじゃ、頑張がんばって」

と、無責任に行ってしまった。




さて、その頃。

八木家のはなれでは。

近藤勇から沖田の代役を言い渡された原田左之助が、稽古着けいこぎをつけて支度したくをしていた。

「ったくよー。総司の野郎、俺様オレサマ代役だいやくを頼むなんざ百年(はえ)えつーんだよ…」

ブツブツ言いながら縁側えんがわ腰掛こしかけて、草鞋わらじひもを結んでいると、

「原田」

頭上から声が降ってきた

「ん?」

顔をあげたが庭先にわさきには誰もいない。

気のせいかと考え直して再び草鞋わらじに目を落とすと、

「はらだってば」

今度はさらにはっきりと聴こえた。

ようやく、その声が背後からしたことに気づいた原田は、

「あ?誰だ?俺様にタメぐちやつあ?」

スゴみながら振り返った。

「あたしよ、原田。きたわよ」

原田は、その顔を見上げて、驚愕きょうがくのあまり、庭に尻餅しりもちをつき、そのまま後ずさった。


「う、う、うわー!!か、かなめ?」

福田要ふくだかなめ殿でしょ!あたしゃ、あんた達みたいな道場のタダメシぐらいとワケが違うのよ!」

そこに立っていたのは、武田観柳斎たけだかんりゅうさいだった。


近藤たちがまだ江戸にいた頃。

この武田も、原田らと同じく、市ヶ谷甲良屋敷(いちがやこうらやしき)天然理心流試衛館道場てんねんりしんりゅうしえいかんどうじょうに出入りしていた若者の一人で、当時は福田広とか福田要などと名乗っていた。

自称軍学者じしょうぐんがくしゃのこの男は、剣の腕もそれなりに立ったが、もとは医者のタマゴで、他の弟子や食客しょっかくたちとは多少毛色(けいろ)ことななっていた。

道場へは、剣術の稽古けいこというより、同世代の若者と時勢じせいを語るために顔を出していたようなところがあり、

周囲に無骨者ぶこつものしかいなかった近藤勇も、彼の来訪らいほうを喜んでいた。


「な、な、なんで、お前がここにいるんだ??」

原田左之助は、見ての通り単純を絵に描いたような男だったので、べんの立つ武田とは相性あいしょうが悪いというか、だい苦手にがてだった。

愚問ぐもんね。愛する勇さんを助けに来たのよ!でも、さっきからこの家の中を隅々(すみずみ)までさがしてんのに、見当みあたらないんだけど」

「近藤さんは、この向かいの前川さんに…」

「なんで、それを早く言わないのさ!」

「いま会ったのに、無茶ムチャ言うなよ!」

「ほら!さっさと案内あんないしなさい」

「ど、どこに!?」

原田が縁側えんがわいあがると、武田は鎧戸よろいどに立て掛けてあった竹箒たけぼうきを手にして怒鳴どなった。

「勇さんとこよ!」

「な、な、なんで?」

「なんで?いま、なんでって言った?あー、アッタマきた。どうして、いちいちそうさっしが悪いのかしら…」

武田は、要領ようりょうを得ない返事にイラついて、竹箒たけぼうきで原田の頭を小突こづいた。

「てめ、いってーな、この野郎!」

しかし、武田は反撃のいとまを与えなかった。

「あんたたちが!どーしよーもなく!バカだからに!決まってるでしょ!」

一句、一句、竹箒たけぼうきでビシビシたたきながら、原田を追い立てる。

「痛い痛い!」

「一緒なんでしょ?どうせ、腰巾着こしぎんちゃくの山南と土方も。あいつらに任してたら勇の命がいくつあっても足んないから、この、あたしが、浪士組の参謀さんぼうになってやるつってんのよ!」

「は、はあ?」

「さっさと呼んでらっしゃい!福田要ふくだかなめ、改め、甲州流軍学者こうしゅうりゅうぐんがくしゃ武田観栁斎たけだかんりゅうさい先生が来たってね」

原田はすっかり戦意をがれている。

「ご、ごめん、なに?武田、なに流斎?」

「いいから、行きな!」


原田左之助は、裸足はだしのまま前川邸にけて行った。


※御用金:財政難を補うための臨時の上納金

※沖口出入役銀:港で海運物資に掛ける通行税

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