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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
370/404

壬生潜入作戦 其之参

さては、平山五郎(あた)りに相当(おど)されたな、と沖田はさっしたが、それについてはれなかった。

「実は人をさがしておりまして。おゆうさんという、17、8の娘さんなんですが」

「はあ。けど、うちの奉公人ほうこうにんにそのような名前の者は…」

「あ、いや、そうじゃなくて。おたな番頭ばんとうさんの御息女ごそくじょに、そんな名前の娘さんはいないですかね?」

「さ、さあ?あの、少々お待ちいただけますか?」

手代てだいはそう言って、奥へ引っ込んでいった。

どうやら、“留守るすにしている”はずの番頭ばんとうに聞きに行ったらしい。


手代てだいが戻ってくるのを待つあいだ、沖田は店の中を見渡していたが、丁稚でっちやその他の奉公人ほうこうにんもみな表情が硬い。

沖田は、その中の一人、若い下女げじょに声を掛けた。

「ねえちょっと。ここに真綿まわたは売ってないの?」

「はあ、手前てまえどもは生糸問屋きいとどんやどっさかい、みんな糸になってますなあ」

娘は不思議そうに答えた。

「そりゃそうか。じゃさ、そこの座布団ざぶとんは売り物?」

沖田は帳場ちょうばの片隅に積み上げられた座布団ざぶとんを指した。

隊士たちも、この奇妙なやり取りにキョトンとしている。

「これは、ついせんに、お客様用にうたもんどす」

「一枚、売ってくれないかな?」

「それは…うちに聞かれましても」

娘が困惑こんわくしていると、手代てだいが戻って来て言った。

「どうぞどうぞ。差し上げますさかい、持って帰っとくれやす」

「えっ?いいの?」

「ええ、もちろん。ところで、先ほどのお祐さんういとはんの件どすけど、そういう名前の子供は、はらへんみたいどす」

沖田は肩を落とした。

「そっか、邪魔じゃましたね」

「いえいえ、近ごろは何かと物騒ぶっそうどっさかい、浪士組のみなさまには、今後とも、よしなにお付き合いくださいますよう」

手代てだいは、これでもかと営業用のスマイルを浮かべて、沖田たちを玄関げんかんまで送り出した。



沖田は、大和屋の対応に、妙な違和感いわかんおぼえていた。

「なあんか、白々(しらじら)しいんだよな、身構えてるってかさ。そう思わなかった?」

禁裏きんりに向かう道を歩きながら、林信太郎を振り返る。

「…言いにくいですが、浪士組には、色々良くないうわさもありますからね。りと間違えられたのでは?」

林が申し訳なさそうにこたえた。

「なら、間違いじゃない。多分、何回か芹沢さんにおどされてる」

「だったら、尚更なおさらですよ。しかも、かと思えば、いきなり座布団ざぶとんを売れとか珍妙ちんみょうなことを言い出すし、そりゃ、怪しまれますよ」

「なんか、そういうのじゃないんだよなあ…」

沖田は、手にした座布団ざぶとんを見つめながら、どこかうわそらつぶやいた。

「そんなもん、どうするんです?」

中村金吾が、ずっと気になっていたことをたずねた。

「え?ああ、これ?屯所とんしょまで持って」

沖田は、座布団ざぶとんを中村に押し付けた。

「や、じゃなくて、これの使い道…」

「それはね、ヒ・ミ・ツ」

沖田は、土方歳三が「ムカつく」と評した、例の笑みを浮かべた。



半刻はんときのち。

沖田総司は、水茶屋「やまと屋」で、中沢琴たちと再び落ち合うと、

先ほどの座布団ざぶとんいて、真綿まわたを取り出した。

「お琴さん、口、開けて」

「え?」

「いいから!ほら、あーん!」

沖田は、無理ムリやり琴の口に親指おやゆびを突っ込むと、その隙間すきまから真綿まわたをネジ込みはじめた。

「な、いや、う…うう!」

「ちょっ…こ、こう…こうか?あ、お琴さん、動かないでってば、こら!阿部さん、ほら!手伝って!」

「あ?あ、ああ」

嫌がる琴を、後ろから阿部慎蔵に羽交い絞(はがいじ)めさせて、口の中をのぞき込む姿は、傍目はためには、かなり破廉恥ハレンチな行為に見えた。


琴の輪郭りんかくは、ほおに含ませた真綿まわたでずいぶん変わってしまった。

「…い、一体これは、なんの真似マネ?」

琴が、腹にえかねた様子でたずねると、沖田は少し引いた位置から琴の顔を見て、首をひねった。

「これでもまだ、全然、本物より可愛かわいいなあ」

くすのきは、女のように綺麗きれい顔立かおだちをした男だったが、さすがに本物の女性には及ばない。


「どこがちがうんだろ?」

腕組みをする沖田に、阿部も悪ノリして意見を出した。

「本物は、もうちょい下膨しもぶくれだったな」

「じゃ、あと少し足してみる?」

「よしきた。あと、眉毛まゆげも描き足そう」

「私は、まだ影武者かげむしゃを引き受けるとは…ちょっ…!」

またもや、無理やり口を開けられそうになって、琴は、とうとうおさえつけている阿部を、本気で投げ飛ばした。

「いい加減かげんにしなさい!」


「いててて…お前、得意とくいは剣術だけじゃねえのかよ」

阿部が尻餅しりもちをついたまま、腰をさすると、琴は、

「ええ。なんなら、薙刀なぎなたも味わってみる?」

すごんだ後で、今度は沖田にキッと向き直った。


しかし、その顔を見た沖田は、

「プ、プハハハハハハ!い、いいんじゃないですか!ねえ阿部さん?アハ、アハハハ!」

こらえ切れずに大笑いして、琴に鬼の形相ぎょうそうにらみつけられた。


「お、落ち着いて。気休きやすめかも知れないけど、少しでも素顔すがおかくさなきゃ。ね?」

もっともらしい言いわけつくろったが、まだニヤついている。

しゃべりにくい!本当に、こんな変装まで必要?」

用心ようじんのためですってば。なるべくだまってて。さ、いざ、考試こうし出陣しゅつじん!」


阿部は後を追いながら、琴にかたを寄せた。

「あんなに、陽気ようきな奴だったっけか?」

琴は、なぜか沈痛ちんつう面持おももちで沖田の後姿うしろすがたを見つめている。

「彼はまだ、実戦経験にとぼしいから、人をあやめたという現実に、どう向き合っていいのか、上手うまり合いがつかないんだと思う。ようするに、以蔵なんかと違って、まともなのよ…」

「そういうおまえは、どうなんだよ」

阿部は、そんな琴の横顔よこがおに問いかけた。

「私は…そうね、そうありたいと願ってる」

その瞳の奥には、常に悲しみがひそんでいたことに、阿部はそのとき初めて気がついた。


「いや、何があったにせよ、お前はまともだよ。今のは忘れてくれ」


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