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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
花見之章
37/404

白衣の佳人 其之壱

文久三年三月三日。

徳川家茂(いえもち)入洛にゅううらくをいよいよ明日にひかえて、町の雰囲気もなんとなく落ちつかない。

ともあれ、朝廷、幕府、長州、それぞれの思惑おもわく交錯こうさくする、みかどと将軍の接見せっけん間近まぢかである。

きたるべき攘夷じょういを巡り、国内の攻防こうぼうがいよいよクライマックスを迎えようとしていた、

そのころ。


近藤たち浪士組は、ヒマを持て余していた。


とは言え、それは彼らの立場が未だ定まらないからであって、この頃の京洛きょうらくでは、ほぼ途切れることなく、今日はどこそこで誰それが斬られたという風聞ふうぶんを耳にした。


そう、この町の夜は、あいも変わらず、禍々(まがまが)しい狂気に支配されていた。

殺されるのは、名もない役人のこともあれば、世に知れた名士のこともあったが、確実に言えるのは、彼らのムクロが一つ路傍ろぼうに転がるたび、京における勢力図が「尊攘そんじょう」の色へと塗りかえられているということだ。


とにかく、時代はめまぐるしく動いている。

なのに、今の近藤たちには、それを成すすべもなく見ているほかなかった。


その間、黙々と木太刀きだちを振るい、雌伏のときを過ごす井上源三郎のような者もいたが、

隊の大半は、騒がしい世情せじょうからとり残された孤立感に歯がゆい思いをつのらせている。

市中見廻しちゅうみまわり」と称した散策さんさくをくり返せど、後ろ盾をたない彼らは、つまるところ傍観者ぼうかんしゃにすぎない。



山南敬介はといえば、このところ河原町にある菊屋という書店に立ちよるのが日課にっかになっていた。

そこには、以前から探していた『攘夷論じょういろん』が置いてあったので、ふところ具合の寂しい彼は、店に通ってはパラパラとひろい読みをくり返していた。

まだ中沢琴のことをあきらめたわけではなかったが、いたずらに町を徘徊はいかいしてもこれ以上の成果は望めないと踏ん切りをつけて、ひとまず当面の問題に向き合うことに決めたのだ。

すなわち、清河八郎が接触しそうな過激派の周辺にあみを張り、機会を待つことにしたのである。

それが、この本屋に通う本当の目的だった。

菊屋は土佐藩御用達とさはんごようたしの店で、藩士たちの出入りも多く、彼らの顔を覚えるのには都合がいい。

攘夷派の動静どうせいを探ることは、浪士組の今後にかかわる重大事であったし、琴の行方ゆくえを追う糸口を見つけるにも、それが近道に思えたのである。


そしてこの日、彼はついに、客たちの会話から聞き覚えのある名前を耳にはさんだ。

吉村寅太郎よしむらとらたろう

土佐藩における攘夷激派じょういげきはのなかでも代表的な人物だ。

山南は本をめくりながら、立ち話をする客との距離をさりげなく縮めていった。

二人の男は書架しょかにならぶ表紙を指で追いながら、うわさ話にきょうじている。

「まっこと、ほんまかえ?」

「ほれ、おとつい坂本さんを見送りに伏見へ行ったとき、船宿ふなじゅくから出てきゆうとこを見かけたんじゃ」

「ほなけど、あんひとは寺田屋の件で牢屋ろうやに入っちょったじゃいか」

「とっくに出てきちゅうがよ」

「いったい、京でなんしゆうが」

「わからん。藩邸はんていへも顔みせんき、まぁたやっちめもないことに関わっちょるにかあらん」

吉村がひそかに入京したのであれば、清河と接触する可能性はきわめて高い。

二人はともに攘夷激派の大立おおたものである。

しかし山南の諜報ちょうほう活動もそこまでであった。

「おサムライさん、買わんのやったら立ち読みはお断りどっせ」

と、菊屋の主人から横やりが入ったからである。


山南も、日に日に店の者の視線がけわしくなっているのを危ぶんでいたので、とうとう、ナケナシの金をはたいて本を買うはめになった。



「う~ん…手持ちが尽きたな」

『攘夷論』の表紙をながめながらトボトボと八木家の門まで帰ってくると、道の反対側から沖田総司と藤堂平助が歩いてくるのに出会った。

さすがに十日も街なかをうろついていれば、御所ごしょ近辺の観光名所もあらかた見尽くしてしまったらしく、彼らもこの日は早めに帰ってきたようだ。


三人がのどうるおす水を求めて母屋おもやの裏手へまわってくると、縁側に腰かけた芹沢鴨が、その大きな背中をまるめて、なにか無心に手を動かしている。

八木家に投宿とうじゅくしてからというもの、芹沢一派は夜遅くに酔っ払って帰ってくるのが通例つうれいになっていたので、三人は少しギョッとした。


山南はなにか気味の悪いものでも見るようにその前を通り過ぎたが、

こういうめずらしい事件を放っておけないタチの沖田は、ツカツカと近づいていった。

「何やってるんですか?」

芹沢はよほど集中していたのか、その声ではじめて気づいたように顔をあげ、沖田をにらんだ。

「ヒマだから千代紙ちよがみを折ってんだよ」

たしかにその手元をみると、どこで手に入れてきたのか、色とりどりの千代紙ちよがみが置いてある。


怖いもの知らずの藤堂平助も、芹沢と千代紙ちよがみの取り合わせには剣呑けんのんなようすで、

「うわ~…マジかよ」

と声をひそめてコソコソと退散していった。


しかし沖田の方は、さほど不自然さも感じない様子で、ぬけぬけと質問をかさねた。

「なんで」

「うるせえな。ここんの娘にやるんだよ」

「あ、わかった!これ、ひな人形でしょ?そっか、今日はひな祭りか」

沖田は出来上がった折り紙を芹沢の手からヒョイと取り上げると、心底しんそこ感心した顔で、しげしげと眺めた。

「ふうん。器用なもんですねえ。教えてくださいよ」

「んなもなあ、見ておぼえろ」

芹沢は、千代紙ちよがみの山からつぎの一枚をめくりながら、無愛想ぶあいそうに応えた。

いつ、どこで覚えたのやら、見事な手際てぎわでひな人形ができあがってゆく。

「いくつ折るんです?」

沖田は真剣なまなざしでその手元を観察かんさつしている。

「ここは、ちっちぇえが四人もいるからなあ」

「…ああ」

沖田は八木家の娘たちを頭の中で数えた。

「そういやあ、あいつ、見かけねえな」

芹沢は手を動かしながら、世間話でもするように続けた。

「え?」

「ほら、大津でうちの平山をひっくり返したキザ野郎ヤローがいたろ?」

「ああ」

中沢琴のことだ。

「京に着いてから見てねえ」

「そうでしたっけ?」

「…ほらよ、出来たぜ?」

芹沢はさぐるような目をしながら、完成した折り紙を振ってみせた。

「すごい!」

沖田はおおげさに感嘆かんたんの声をあげて、その疑念ぎねんケムに巻いた。

「ふん」

芹沢は、鼻を鳴らすと、残りの千代紙ちよがみを沖田に押し付けた。

「やるよ」


芹沢が行ってしまったあとも、沖田はそれをかして見たりしながら、なにか考えごとでもするように縁側えんがわに腰かけている。

そこへ、八木家の次男為三郎(ためざぶろう)が通りかかった。

「沖田はん、お寺行かへん?」

沖田はすでに、この家の子供たちとすっかり打ち解けていた。

いや、八木家ばかりではない。

鬼ごっこ・かくれんぼ・ずいずいずっころばし・だるまさんが転んだ・首引き・輪ころがし・親取ろ子取ろ。

あらゆる遊びに精通せいつうする沖田は、すでに壬生村の子供たちのあいだでは羨望せんぼうまとだ。


まるで友達でも誘うような口ぶりの為三郎に、沖田も気安きやすく応じた。

「なんで?」

「釣りや、釣り」

為三郎は手にした竹ざおを振ってみせた。

「あの、裏の寺にある池で?なんか釣れんの?」

「あっこ、こいがおるんやで?」

「そんなもん、捕ってどうすんのさ」

「決まってるやん。食べるんや」

「く、食うの?ゲエ…」

「ほんなら、もうええわ!みんなさき行ってるんや!」

「ああ、まてよ。行く行く!」

このあと予定もない沖田は、あわてて立ち上がった。


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