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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
369/404

壬生潜入作戦 其之弐

「それ、いいかも。背格好せかっこうも似てるし」

この案には、沖田も飛びついた。

男装だんそうしたときのお前は、美童びどうでございって嫌味イヤミったらしい感じまで、あいつにそっくりだぜ?」

調子に乗る阿部を、琴はにらみつけた。

「減らず口を叩くのを止めないと、間者より先に私がのどっ切ってあげる」

阿部は眼をいて、口を真一文字まいちもんじに結んだ。

沖田はクスリと笑いながらも、阿部の案をした。

「でも、悪くない考えだ」

「いや。だいたい、私は浪士組が上京する時に隊列たいれつに加わっていたし、この格好かっこうで、屯所とんしょにも数回出入りしているから、何人かにめんが割れてる」

「お琴さんは一度も芹沢さんに名乗ってないから、楠小十郎くすのきこじゅうろうの名を使ったところで、別にとがめだてされませんよ。むしろ、歓迎かんげいされるんじゃないですか?」

「問題は芹沢じゃないの。だって、芹沢たちは、すでに楠小十郎くすのきこじゅうろうという名の間者かんじゃの存在をつかんでる」

「えっ、そうなんですか?」

どうやら山南や土方は、まだそのことを隊士たちに知らせていないらしい。

「だから、どっちにしろ、彼ら水戸派には、この計画を打ち明けるしかない」

「そっか。でも、じゃあ、なにが問題なんです?」

「ひょっとしたらだけど、浪士組には、すでに一人、間者かんじゃが紛れ込んでるかも」

「えっ?」


琴の記憶では、今年の三月、斉藤弥九郎らが、清河八郎暗殺をくわだてた時に、浪士組の内部で手引てびきした者がいるはずだった。


琴は、斉藤弥九郎が、刺客しかく仏生寺弥助にこう言ったのを聞いている。

「近々、浪士組に長州の間者かんじゃをもぐりこませる手はずになっている」


もしその男が、仏生寺から琴の正体しょうたいを聞かされていたら。

その男が、琴の顔を知っていたら。


琴は、そのときの経緯けいいを、つまんで話した。


「なんでその時、言ってくんなかったんですか!」

沖田は琴を責めた。

「悪かったわよ。けど、あの時と今とじゃ、全然状況が違う。あの頃、騒動の中心にいたのは常に清河で、ねらわれていたのも彼だったし、長州だって、まだ黒船クロフネに大砲を撃ち込んだりしてなかった」


沖田は、目を閉じて眉間みけんを中指でおさえながら、必死で状況を整理しようとした。

「…えーと、それって、誰だか見当はついているんですか?」

間者かんじゃのこと?いえ、全然。あの時はまだ、良之助たちも壬生村にいたから、間者かんじゃは江戸に戻った本隊の方にまぎれていたのかもしれないし、そうであれば、もう浪士組にはいないことになる」


沖田は決断した。

「じゃあ、これはけですね」

「なにが?」

今度は琴がたずねた。

「どっちにしても、阿部さんをくすのきダマにするのは、失敗の可能性が高すぎる。楠小十郎くすのきこじゅうろう役はお琴さんで決まりだ」

「…だよな。それがいい」

阿部は、なんとなく割り切れない気分のまま同意した。

「もちろん、阿部さんも協力してもらいますよ?お琴さんの身辺警護しんぺんけいごはあなたの仕事だ」

「ちょっと待って。私が影武者かげむしゃを買って出れば、またあなたたちと芹沢の派閥争はばつあらそいに巻き込まれることになる。私にも島原の仕事があるんだから」

琴が抗議こうぎした、そのとき。

「あー!こんなとこにいた!」

元気者の新入隊士、中村金吾が沖田にけ寄ってきた。

「沖田さん、見廻みまわりの時間ですよ!」


沖田は、中村に軽く手を振って見せてから、琴たちの方へ向き直った。

「ちょっと禁裏きんりを一周してきます。昼の考試こうし(入隊試験)までには戻りますから、一刻いっとき後、もう一度ここで」


琴は、立ち上がろうとする沖田のうでを引き戻した。

「あ、ちょっと!そういえば、あののことだけど…」

「なに?おいちさんのことならもう…」

沖田は、琴のお節介せっかいきらって手を振り払った。

「違う。いま、お医者にてもらってるあの子」

「ああ。おゆうちゃん?」

「どうなの?」

「おいちさんの話では、変わらずです。でも、誰も彼女の家を知らなくて、家族にも連絡のしようがないんですよ」

「なにか、わけありって感じね。素性すじょうが知れるまでは油断ゆだんしない方がいい」

「わきまえてますよ。じゃ、変装へんそう道具を仕入れてきますんで」

沖田は元気なく笑うと、そう言い残して行ってしまった。


阿部は、去り際の言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。

「…なに?変装へんそうって言ってた?」

琴は問いかけるような視線をさっとらして、肩をすくめてみせた。

「…変わった子だから」



沖田総司は、浪士組副長助勤ろうしぐみふくちょうじょきんとしてのおつとめに戻った。

受け持ちの巡察じゅんさつルートを見廻みまわるため、隊士たちを引き連れて、堀川沿ほりかわぞいを通り、二条城のわきを抜ける。

「おゆうちゃんに気を許すな…か」

琴に言われたことをボンヤリ考えていると、中立売通なかだちうりどおりに差し掛かったところで、隊士の林信太郎にうでを引っ張られた。

「沖田さん!中立売御門なかだちうりごもんはこっちですよ」

「ああ、ごめん」

我に返って、顔をあげたところで、ある看板かんばんが沖田の眼に飛び込んできた。


生糸売買きいとばいばい


「まてよ、おゆうちゃん確か、生糸問屋きいとどんや番頭ばんとうの娘とか言ってなかったっけ」

なにしろ、今のままでは、おゆうの引き取り先がない。

「え?さ、さあ?」

唐突とうとつに聞かれた林は、戸惑とまどいながら答えた。

「ちょっと、寄り道してっていいかな?」


沖田は、「大和屋」と暖簾のれんのかかった生糸商きいとしょうに入って行った。

失礼しつれい。壬生浪士組の沖田という者です」


いきなり悪名高あくみょうたかい浪士組が入って来て、店内に緊張きんちょうが走るのが伝わって来た。

奥から手代てだいおぼしき男が、飛んできて対応する。

「これはこれは、おつとめご苦労さんどす。あいにく主人と番頭ばんとうは、ただいま不在にしておりまして、ご足労頂そくろういただいたところ、大変申し訳ございませんが、またのお越しを…」

手代てだいは固くなってひたいからダラダラあせを流しながらも、なぜかその口上こうじょうは立ていたみずのごとく、妙に手慣てなれている。

沖田はピンときて、手代てだいが振るう長広舌ながこうぜつさえぎった。

「あ、あ、あ。そういうのじゃないんです」

「そういうの、と申されますと?」

「お金を借りに来たんじゃないってこと」

「あ!ああ…うちはまたてっきり…いや、左様さようでございますか…」

手代てだいは腰がくだけたように、床に手をついた。


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