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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
368/404

壬生潜入作戦 其之壱

中沢琴が島原遊郭しまばらゆうかく輪違屋わちがいやに戻れたのは、日付ひづけが変わってからだった。


「お江戸に比べたら、この島原は、遊女ゆうじょの出入りに寛容かんようどすけど、ことわりもなしにお座敷ざしきあなを開けるて、どないなつもりどすか。最初に断ったはずどすえ?片手間かたてまで続けられるような仕事やおへんうてなあ」

帰るなり、輪違屋善助わちがいやぜんすけから、こっぴどくおしかりを受け、進退しんたいせまられる羽目はめになった。

「申し訳ございません」

「シッカリしたあんたのことや。能々(よくよく)事情わけがあったことは察しますけど、それとうちの信用は別問題どすえ?」

「どのようなめも、負うつもりです」

もともと気風きっぷのいい琴は、いさぎよを認めた。

「ほほう。東女あずまおんなだけあって、なかなか往生際おうじょうぎわがよろしいな。

そやけど、普通なら足抜あしぬけを疑われてもおかしゅうない時間どす。

足抜あしぬけとなれば話は別や。

少し前まで大門だいもんわきに『足止あしど地蔵じぞう』ゆうのがおしてなあ。そこにまいれば、逃げた女郎じょろうも必ず捕まると言われたもんどす。ほんで、連れ戻された女郎じょろうは、どないなる思う?」

足抜あしぬけ」とは脱走のことで、遊郭ゆうかくという閉じた世界では、死にもあたいするご法度はっとだった。

琴は、頭を下げたまま、一言もはっしない。

むちで打たれたり、井戸へさかさ吊りにされたり、それはつら拷問ごうもんを受けますのや。命を落としたもんかて仰山ぎょうさんおる」


島原には、洛中らくちゅう洛外らくがい周辺地域の遊里ゆうり全般を取り仕切る特権を与えられた「茶屋惣年寄ちゃやそうとしより」という町役人が存在し、この花街はなまちは、ある意味で治外法権ちがいほうけん的な、独自のルールで運営されていた。

つまり、輪違屋わちがいやの言ったようなことも、ただのおどしではない。


しかし、

「どのようなめも負うと申し上げました」

琴はきっぱりと言い切った。

輪違屋わちがいやはため息をついて、

「…まったく、難儀なんぎやなあ。あんたは年季ねんきが明けとるようなもんやさかい、そこまでする気はおへん。けど、しばらくは、お座敷に上がるのもひかえてもらいます」

「…え?」

琴は、あまりに肩透かたすかしの処分しょぶんに、思わずの抜けた返事をした。

「なんや知らんけど、早よ、用事ようじを済ませて来なはれうてますのや」

それは、琴が何事なにごと厄介やっかいな事態に巻き込まれているのをさっしての恩情おんじょうだった。

「あ、ありがとうございます」

「その代わり、夜はちゃんと此処ここへ帰って来ますのやで?」



翌日の朝、琴は早速さっそく行動を開始した。


厳密げんみつにいえば、厄介事やっかいごとに巻き込まれているのは琴ではなく近藤たちだったが、長州の間者かんじゃが複数人隊内にまぎれ込んでいるとなれば、いつ山南や近藤の寝首ねくびかれるか分からない。


この日も琴は浪士の格好かっこうをして、壬生寺の裏にある水茶屋みずちゃや「やまと屋」に、沖田総司と、阿部慎蔵、あらため阿部十郎を呼び出した。


店先の緋毛氈ひもうせんいた縁台えんだい腰掛こしかけると、琴はまず気掛きがかりを確認した。

「例の死体は?」

「夜のうちに、屯所とんしょに運ばせましたよ」

沖田はまるで家具の話でもするように、団子だんごをかじりながら答えた。


「昨日も言ったけど、彼を浪士組に入れてほしいの」

琴は、沖田から阿部の方に視線を流して、昨日よりは幾分いくぶん真面目まじめに掛け合った。

「う~ん…最近、希望者が多くて、ちょっとした試験があるんですよ」

以前、阿部の腕前うでまえを見たことがある沖田は、顔をゆがめて返事をしぶった。

「だからさ、そこんとこの匙加減サジかげんをよろしく頼むぜ」

阿部があつかましく頼むと、

「あんた幹部なんでしょ?なんとかしなさいよ」

琴も命令口調めいれいくちょうで答えを迫った。


えらそうだなあ!」

沖田がいやな顔をして、一口ひとくち茶をすする。


琴は、身を乗り出した。

「聞いて。つまりね、この阿部さんを楠小十郎くすのきこじゅうろうに仕立てて、浪士組に入って来た間者かんじゃを中から探らせるの」

「えっ?」

今度は、阿部がイヤな顔をすると、琴は冷ややかな目で阿部をにらんだ。

「当たり前でしょ?交換条件よ」


「けど、他の間者かんじゃは、本当にくすのきの顔を知らないんでしょうね?」

沖田が、心配そうにたずねる。

「さあ?」


「そんな無責任なぐさがあるかよ!」

突っかかる阿部の顔を、琴は無言で押しのけた。

「それはどっちでもいいの。要は、間者かんじゃが誰か、分かればいいんだから」

「というと?」

くすのきの顔を知らなきゃ、間者かんじゃは阿部さんに接触してくるはず。そして、もしくすのきと面識があれば、偽物にせものを放っておくわけないもの」

「なるほど。阿部さんをおそってきたやつが、間者かんじゃってわけだ」

沖田は琴の作戦に感心したが、納得いかないのは阿部である。

「敵が何人隊内にひそんでいるか分かんないのに、俺をエサにする気かよ!」

沖田は、再び考え込んだ。

確かに、そうなると阿部では心許こころもとない気もする。

「ですよねえ。やっぱり、無理がありますよ…」


阿部が名案めいあんを思い付いたように手をポンと打ち、

「そうだ!お前が楠小十郎くすのきこじゅうろうに成りすませよ」

と、琴を指差ゆびさした。


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