虎切 其之壱
京、壬生村。
壬生寺。
朝の四つ(9:00AM)
浪士組副長助勤、沖田総司は、境内の狂言堂の傍で近所の子供達と遊んでいた。
余所者である浪士組と、この村に住む人々の距離を少しでも縮めようと、こうした地域交流に腐心している、わけではない。
彼の場合、ただ、遊んでいるのだった。
「捕まえたぁっ!」
その証拠に、鬼ごっこの鬼役を務める沖田は、相手が誰であろうと情け容赦なかった。
往生際の悪い石井雪が、まだ逃げようとするところを、後ろ襟を掴んで、ヒョイと持ち上げる。
「きゃあ!やめてぇやあ!」
「”やめてやあ”だって!ハハハ、なんか子供の京言葉って可愛いなあ」
沖田は愉快そうに笑ったが、見逃す気はサラサラないようだった。
「沖田はん、大人げないわあ」
雪が頬を膨らませると、
「そや!」
「ほんまや!」
八木為三郎以下、すでに捕まった数人の子供たちが同調した。
「あのねえ。そんなマセた台詞をどこで覚えるんだ?だいたいさあ、こういうのは、本気でやらないと面白くないんだよ」
沖田は腕組みをして、子供たちを見下ろす。
「せやけど、本気で走ったら、ウチら敵うわけあれへんやん!」
「そうや!手心っちゅうか、匙加減がわかってへんねん!」
「相手は子供やねんから、大人になりよし」
子供たちから一斉に責め立てられると、沖田はフイと門の方に視線を逸らせた。
「あー、井上さん!」
たしかに、北門の前を稽古着の井上源三郎が横切っていく。
「ごまかさんといて!」
沖田は子供たちの抗議を無視して、井上に声を掛けた。
「また稽古ですか?」
井上は足を止め、沖田たちの方を振り向くと、やれやれといった風に頭を振った。
「はあ…そうと知ってるんなら、黙っていても、やって来りゃ良さそうなもんだ」
ボソリと言うと、嫌な顔をして、そのまま屯所の方に歩いて行った。
「すぐ行きまあす!」
沖田は、まったく悪びれずに手を振って叫んだ。
子供たちは、冷たい目で沖田の顔を覗き込んだ。
「これから稽古なん?」
「怒られてるやん」
沖田は心外そうに反論した。
「…アテにされてると言え。こう見えても、近藤道場の塾頭だからね。わたしがいなきゃ、稽古もままならないってワケさ。まあ、いつまでも、きみ等みたいな子供にかまってる暇はないんだよ。よっしゃ、じゃあチャッチャと勇之助を見つけて、稽古に顔を出すとするか」
為三郎は、信じられないと目を丸くした。
「え?…まだやるん?子供と違うんやさかい、仕事と遊びの区別くらい、ちゃんとつけな」
まるで子供に諭すような口調である。
「なに、その言い方…興覚めだなあ。そっちが子供らしくないんだろ」
ムキになって言い返していると、
「あいかわらず、暇そうね」
と声を掛けられた。
振り返ってみると、中沢琴と阿部慎蔵が並んで立っている。
井上とは反対の南門から入って来たらしい。
今日の琴は、浪人風の男装だった。
「お琴さん!と、…えーと…」
沖田は、初めて京にやって来た日以来、阿部とも数回顔を合わせている。
「…そうだ!阿部さん。最後に見かけたときは、たしか、曽根崎川で溺れかけてましたけど、まだ、二人はツルんでるんですか?」
阿部は、きまりが悪そうに頭を掻いた。
「えっ!アレ見られてたのか?いや、参ったな…でもまあ、じゃあ、話が早いな。そうなの、ツルんでんの、俺たち」
琴は露骨に嫌な顔をして、それを打ち消した。
「人聞きの悪い事言わないでちょうだい。今日は、この人の付き添いできた、だけ」
「付き添いってなんの?」
沖田が怪訝な顔で尋ねると、琴は阿部の肩に手を置いた。
「入隊したいんだってさ」
沖田は、しばらく苦笑いする阿部を見つめてから、井上の通り過ぎた北門を指した。
「なら、屯所はあっちですよ」
ところが、その時。
八木家の末弟、勇之助が駆けてきて、そのちょうど反対にある鐘楼を指差した。
「沖田はん。あそこでお祐ちゃんがケンカしたはる」
沖田はキョトンとして、勇之助と視線を合わせるようにしゃがんだ。
「勇坊、あんな遠くまで逃げてたの?お祐ちゃんが誰と喧嘩してるって?」
「知らんお兄ちゃん」
沖田と琴は眼を見合わせた。
とりあえず、勇之助に言われるままついて行くと、確かに鐘楼の陰から、男女の言い争う声がする。
何を言ってるかまでは聴き取れないが、一方は、祐の声に違いなかった。
「キャア!」
突然、祐の悲鳴が聴こえた。




