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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
362/404

七星剣 其之壱

京、島原遊郭しまばらゆうかく

輪違屋わちがいや


明里天神こと、中沢琴が鏡台きょうだいの前でべにを引いていると、禿かむろが走って来てその背中に飛びついた。

「こら、ふざけてると、またしかられるよ」

琴が振り返って少女をにらむ。

「天神!勝手口にお知り合いの方が来たはります」

「知り合い?私の?」

禿かむろはコクリと頷いた。

「誰?」

「お名前を言わはらへんのどす。相棒あいぼうてゆうたら分かるて」

目弾めはじきのべに薬指くすりゆびで伸ばしながら、琴は少し考えて、眉間みけんしわを寄せた。

「…なんか、いやな予感がする」


勝手口に出てみると、案の定、

阿部慎蔵が立っていた。

案の定、というのは少し違うかも知れない。

何故なぜなら、この時の阿部は、刀こそ二本差しに戻っていたが、みだらけのボロをまとい、髪はザンバラ、無精ぶしょうひげは生え放題で、おまけに草鞋わらじ鼻緒はなおも片方千切ちぎれていた。

あまりにボロボロに変わり果てていて、予想していた琴でも、最初それが阿部慎蔵だと分からないくらいだった。


「…なにその格好カッコ?」

琴は冷ややかにたすねた。

「てかさ、あんた、お琴だよな?」

阿部の方も、芸妓げいぎ姿の琴が本人だと確信を持てないようで、聴き返した。

「これは、仕事用の化粧けしょうなの」

「あ、ああ。そりゃそうだ。いや、その、まあ、こうなった経緯いきさつを話せば長いんだけどさ」

「そ。じゃあ、話さなくていい」

阿部は「そういうと思った」と言わんばかりに口をへの字に曲げた。

要するに阿部は、ただ一人浪士組の追跡ついせきから逃れ、這う這うの体(ほうほうのてい)で京に逃げ伸びて来たのだ。


「いやあ、ここを探し当てるのに苦労したぜ」

「ていうか、どうしてここが分かったの?」

「ま、結局、小鉄に聞いたんだけどよ」

小鉄というのは、京で売り出し中の侠客きょうかく、「会津の小鉄」のことである。

彼は、会津藩の諜報ちょうほう活動にも関わっていて、様々な裏の情報にも通じていた。

忌々(いまいま)しい。あの男、常に私の行動を把握はあくしてないと気が済まないらしい」

琴は親指のつめんで毒づいた。


台所のすみでヒソヒソ話をする二人に、通りかかった女中が怪訝けげんな視線を投げる。


「とにかく、そんなとこに突っ立ってられちゃ目立つから入って!」

人目を気にした琴が、腕をつかんで台所に引き込もうとすると、

「お前、そんな厚化粧あつげしょうより、元の方が綺麗きれいだぜ?」

阿部は手を引かれながら、その顔をしげしげ眺めた。

「あら、ありがと。なに?口説くどいてんの?」

「アホ!そんなんじゃねえよ」

「じゃあ、なんで心にもないお世辞せじを言うのか、教えてもらえるかしら」

「いや、今のはお世辞せじじゃないよ?じゃないけど…実は、こないださ、大坂で下手ヘタ打っちまって、追われてんだよ。しばらくかくまってもらえませんかね?」

琴はつかんでいた手を乱暴にぱなした。

「あのね、ここは置屋おきやなの。無理に決まってるでしょ!」


「だよな。いや、お前の立場も分るんだけどさ…事情が事情でよ…」

結局、琴は四半刻しはんときもかけて、一通りその事情とやらを聞かされる羽目はめになった。

「な?どんだけ切羽詰せっぱつまってるか、分かるだろ?俺だって、やり残した事が一杯あるし、まだ死ねねえんだよ」

「じゃあ、死んじゃった時のために、そのやり残したことも聞いといたげる」

阿部は指を折りながら、理由を並べ立てた。

「そりゃおめえ、ほら、アレだよ、お国のために働くんだよ。攘夷じょういとか勤王きんのうとか、みんな言ってんだろ?アレ」

そこには幾分かの本心も混じっていたが、照れ隠しのため、わざと空々しい態度をとってしまう。

琴は、もういいと手のひらを突き出した。

「で?文無もんなしで、どうやって此処ここまで帰って来たの?」

きれながらたずねると、阿部は、見込みがありそうだと身を乗り出した。

「それがさ、道頓堀どうとんぼり五つ櫓(いつつやぐら)まで逃げてきたところで、陰間茶屋かげまぢゃやから出てきた親切なおかまが金を貸してくれてさ」

「…色々と、人が出来ないような経験をしてるわねえ」

琴は、顔をしかめながら皮肉ひにくたっぷりに感心して見せた。



さて、ここで一旦、回想シーンをはさんで、新たに加わる新選組の主要隊士を紹介しなければならない。

いたずらに登場人物だけが増えていって恐縮きょうしゅくだが、新選組という題材の性質上、仕方ないと割り切ってもらいたい。(あるいは、そんなことはないと思うが、筆者の構成力にも問題がないとは言い切れない)



一日前。

大坂、道頓堀どうとんぼり劇場街、

通称、五つ櫓(いつつやぐら)


道頓堀沿いの阪町界隈さかまちかいわいには、弁天座、朝日座、角座、中座、浪花座という、幕府が公認した五つの大劇場が集中しており、この日も、表通りには芝居目当しばいめあての客でごった返していた。


芝居小屋の正面玄関の屋根に組まれたやぐらには、それぞれの座紋ざもんめ抜いた幕が張られており、

これが「五つ櫓(いつつやぐら)」という名前の由来になっている。

軒下のきしたには『まねき』と呼ばれる、出演者の名前を墨書すみがきした看板がズラリと並び、通りのあちこちに色鮮いろあざやかなのぼりが立てられて、この一帯は、まさに大坂のブロードウェイといった華やかな雰囲気にいろどられていた。


しかし、一本路地に入れば、そこにはまた、この街の別の顔が隠れていて、

若衆わかしゅう茶屋、または陰間かげま茶屋などと呼ばれる、男娼だんしょう専門の売春宿がのきを連ねている。


さて、もう時刻は昼近くになるというのに、その陰間茶屋かげまちゃやの一軒から坊主頭ぼうずあたまの男が出てきて、気だるげに伸びをした。


「はー、大阪まで来たけど、やっぱし最近の若い子は大人おとなしくてつまんないわー。もうちょっと刺激的な蔭間かげまはいないもんかしら」


何処どこかしら中性的な雰囲気の男で、

名を武田観柳斎-タケダカンリュウサイ―といった。

後の新選組五番組長、甲州流軍学こうしゅうりゅうぐんがくおさめ、近藤勇の軍師として活躍する男である。


武田は、ふと路地ろじ物陰ものかげに動くものを見た気がして、伸びあがったまま静止した。

「ん?」

目をらしながらゆっくり近づいていくと、芝居小屋の楽屋口がくやぐちわきにうずくまる人影がある。


「ちょっと!ちょっとあんた!」


武田が声を掛けたのは、観劇かんげきの客が捨てた幕ノ内弁当(まくのうちべんとう)(芝居の幕間で食べるためこう呼ばれた)の残りをあさっていた阿部慎蔵だった。


逃亡者阿部は、裏路地うらろじから裏路地うらろじへと大坂の町を南下してきたところである。

ビクついて、いきなり刀を抜いた。

「ち、近づくな!」

武田の方はまったく動じる気配もない。

「やあねえ。何もって食ったりしないから、そんなもん仕舞しまいなさいよ…」

「な、な、なんだ?てめえ。こっち来んなつってんだろ!」

しかし武田は、ふるえる剣先を凝視ぎょうししながらツカツカと歩み寄り、とうとう刀身とうしんをつまんで、阿部の顔をのぞき込んだ。

「ね?あんた、コレ…ちょっと見せてくれる?」


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