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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
361/404

大坂を牛耳る男 其之参

近藤が船宿ふなやどに帰ると、芹沢たちは性懲しょうこりもなく飲みに出かけていた。

近藤は、仕方なく試衛館一派を集め、奉行所でのやり取りを伝えた。

「本当はこんな手管(てくだ)を使いたくなかったが、あの男が相手となれば仕方あるまい」

永倉新八が、珍しく神妙しんみょうな顔で近藤に頭を下げた。

「近藤さん、かたじけねえ」

自分のために屈辱くつじょくに耐えた近藤に負い目を感じているらしい。

近藤は、苦笑した。

「小野川部屋とは、奉行所の仲介ちゅうかい手打てうちってとこが、落とし所なんだろうが、調停ちょうていは、ちょっと時間がかかりそうだしな。彼らには、まず誠意をもって謝らねばならん」

近藤としては、内山との軋轢(あつれき)と今回のケンカは別物(べつもの)で、奉行所の裁定がどうあれ、小野川部屋には仁義じんぎを通したい。


しかし、山南が言いづらそうに口を挟んだ。

「私が言えた義理ではありませんが、理由はどうあれ、我々から先に頭を下げるわけにはいきません」

この時代の身分制度では、いくら近藤側にびる心算(こころづもり)があったとしても、まずは武士の体面たいめんを保つという不文律(ふぶんりつ)があった。

ましてや、無礼討ぶれいうちを申し立てた浪士組の側としては、先に頭を下げてしまっては会津藩の顔にもどろを塗ることになる。


近藤は、考えた末、苦しまぎれの屁理屈へりくつ屈をひねり出した。

「いや…これはお前たちをあずかる試衛館の道場主としての訪問だ。行くぞ」

項垂うなだれていた原田が顔をあげる。

「これから?」

「当たり前だ。お前たち、二、三発はぶん殴られる覚悟をしとけ」



ところが、ちょうど全員が立ち上がったところへ、船宿の女中が取次ぎにやってきて、その小野川秀五郎が、訪ねて来たと告げた。


「みろよ。向こうには仲直りするつもりはないみてえだぜ。さっそく仕返しに来やがった」

近藤は、いきり立つ原田の頭をペチンと叩いて、

「お前はここで待っとけ」

と、ひとり階下へ降りてゆく。


玄関に出ると、数人の力士を引き連れた初老の男が土間どま平伏ひれふしていた。


「芹沢様、私、部屋をあずかる小野川秀五郎と申します。この度の不始末ふしまつについて、おびに参りました」


小野川は、近藤たちの立場を察して、先に頭を下げに来たのだった。

勿論もちろん、力士たちはまだ納得がいかないといった顔つきである。


近藤は小野川のふところの深さに感銘かんめいを受けた。

「お顔を上げてください、小野川さん。芹沢は留守るすにしております。私が代わりにお話をうかがいしましょう」

「すると、貴方あなたがもう一人の局長、近藤勇様ですな?」

「ええ。あの、とにかくお立ちになって。まあ、どうぞ」

近藤は力士たちを部屋に案内した。


そして、山南たちを後ろに並ばせると、共に手をついてあやまった。

「こちらこそ、隊士たちの過ぎた行いを申し訳なく思っております。その後、関取のお具合は如何いかがでしょうか」

恐縮きょうしゅくして平伏ひれふしていた小野川は、顔をあげて少しだけ微笑ほほえんだ。

「幸い、熊川くまのがわの傷は大したことがないようで、また土俵どひょうに立てそうです」

「それは、不幸中の幸いでした。しかし、そちらは何人かお亡くなりになられた方もいらっしゃるとお聞きしております。これは、何があったにせよ、許されることではない。こちらとしては、何某なにがしかの…」

小野川は近藤の口上をさえぎった。

「もうよしましょう。こちらにも非はあります。双方そうほう、素直に頭を下げたところで、手打てうちとしていただけませんか」

小野川部屋の力士たちも、近藤の謙虚けんきょな態度に感化されて、心なしか態度をやわらげている。

「それは願ってもないが…」

小野川部屋には死人が出ている、言いかけて、近藤は言葉を飲み込んだ。

しかし、小野川秀五郎にも、今回の事件の発端ほったんには思う所があるらしい。

「こいつらにも言い分はあるでしょうが、そもそも、あんな腐れ与力(クサレよりき)尻尾しっぽを振るなど、ハジを知れとドヤしつけてやったんです」


なるほど、いかに町奉行の下で興行こうぎょうを打っているとはいえ、内山をこころよく思っていないのは、大坂相撲の親方も同じというわけだ。

内山は、米が高騰こうとうする原因を、都合よく欧米との自由貿易に転嫁てんかして世間を言いくるめ、そのかげで市場を操作して私腹しふくを肥やしている。

熱烈な攘夷論者じょういろんしゃの小野川としては、売国奴ばいこくどに等しい存在なのだった。

もちろん、それはうわさの域を出ないが、少なくとも小野川は、固くそう信じていた。



いくらかわだかまりも解けたところで、小野川が一つの提案を持ちかけた。

「では、こうしませんか?一つお願いを聞いていただきたい」

「何でしょう?」

近藤が、前のめりにたずねる。

「実は我が大坂相撲と京相撲は、過去に興行権をめぐいさかいがあって、長らく途絶とだえております。近藤様にその仲を取持とりもっていただきたい。それでうらみっこなしといたしましょう」

近藤はニッコリと笑ってうなずいた。

「なるほど、わかりました」



こうして浪士組は二度目の下坂げはんを終えた。


こののち、近藤は谷町にある小野川部屋を訪ねて、秀五郎とさらに意気投合いきとうごう新町遊郭しんまちゆうかくで手打ちのうたげを設けるまでに至る。

この一件は、近藤と芹沢の違いを際立きわだたせた。


しかし、会津藩に浪士組の存在をアピールするという初期の目的については、決して上々の首尾しゅびとは言いがたかった。


今回の騒動が、浪士組の強さを広く知らしめ、結果的に在京ざいきょう攘夷過激派じょういかげきはに対して、ある種の牽制けんせいになった一方で、公事方与力くじがたよりき内山彦次郎に遺恨いこんを残す形で終わってしまったからである。



一方。

老中ろうじゅう小笠原長行おがさわらながみちは、将軍の指示でこの後ひと月余りも淀にとどめ置かれ、その後、むなしく江戸に帰還きかんすることとなった。


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