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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
359/404

大坂を牛耳る男 其之壱

大坂、松屋町、西町奉行所。


近藤勇と井上源三郎は、ようやく広間へと通された。

「お待たせして申し訳ない」

公事方与力(くじがたよりき)、内山彦次郎が姿を現し、二人に軽く頭を下げる。

どうやら直々に取り調べをするつもりのようだ。


ところが、その取り調べが始まって間もなく、

「お取込み中、失礼いたします」

とひとりの同心が入ってきて、内山になにごとか耳打ちした。


「ほうほう…ふむふむ…ほうほう」

聞き終えると内山は、同心を下がらせ、いかにも落胆(らくたん)した顔で近藤に向き直った。

「近藤殿、少々困ったことになり申した。曽根崎の方で酒に酔った不逞浪士ふていろうしどもが何やら騒ぎを起こしたらしい」

「そういうことであれば、我々浪士組もお役にたてるかと存じますが」

近藤が申し出ると、内山はところどころ歯の抜けた口にニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。

「良いか、近藤殿。この大坂は、京とは違う。ましてや江戸とも、だ。

天領(てんりょう)とはいえ、此処(ここ)は良くも悪くも商人の町でな。

この町を支配しているのは、大樹公(たいじゅこう)であって大樹公ではない。ましてや、薩摩・長州でもなければ、天子様ですらない。お分かりかな?」

「…さて、何かケムに巻かれているようにしか思えませんが」

近藤はそう言って、内山がまた口を開くのを待った。


「…金じゃよ。このまちを支配してるのは金じゃ」

「話が見えませんな」

「例えば、役人に金をにぎらせて、抜け荷を積んだ船を港につけている藩があるなどといううわさもある。それが事実だとすればまこと由々(ゆゆ)しき問題ではあるが…金さえあれば、そうした無法が(まか)り通るのが、この大阪という街なのじゃ」


「つまり、何が(おっしゃ)りたいのでしょう?」

「フォフォフォ、つまり。大坂の治安は、おぬしらごときの手には負えぬ。ここでは坂東武者(ばんどうむしゃ)の出番などないということじゃ」

内山は、もはや浪士組への嫌悪感(けんおかん)かくそうともせず、

ふたりは、しばらくの間、無言のまま視線を交錯(こうさく)させた。


「しかし、我々はこの度、会津公からの命令で下坂げはんしております」

近藤が異をとなえると、内山はかたるに落ちたなとほくそ笑んだ。

「なるほど…時に、先ほどの話であるが、さわぎを主導した男は、芹沢鴨といって、私の記憶違きおくちがいでなければ、昼間ここに来た貴隊きたい首領(しゅりょう)が、そのような名ではなかったかね?」


「え」

思わず小さな声を漏らしたのは、井上源三郎だった。


近藤は、答えにきゅうした。

芹沢鴨などという名前の男が他にあるわけもなく、あの芹沢なら十分あり得ることだからだ。


内山は張り付いたような笑顔のまま、子供をさとすような口調で言った。

「今朝も申し上げたが、小笠原様の入港以来、町は不穏(ふおん)な空気に包まれておってな。 我々は、この気に乗じて事を起こそうとする手合てあいの取り締まりで手一杯なのじゃ。これ以上厄介(やっかい)ごとを持ち込まれては困りますぞ」

そして、理解できたか、という風に二人へ首を突き出す。


近藤は下を向いたまま、苦々しい表情で答えた。

「しかし、芹沢にも、何かやむを得ない事情があったのかもしれません。一度戻って、本人から話を…」

勿論もちろん勿論もちろん是非ぜひそうして頂きたい。いずれにせよ、奉行所としては、本人たちからこと顛末てんまつを聞かせてもらわねばならないですからな」


「では、すぐにも」

近藤がかしこまると、内山はさも迷惑めいわくそうに顔をしかめて見せた。

「やれやれ、貴公きこうは、話をよく聞いておられなかったようだ。この非常事態下ひじょうじたいかにあって、私の時間は、大変貴重だと申しておるのです。取り調べは部下がやるから、明日の朝一番に、芹沢以下、騒ぎを起こした浪人どもを、みな出頭しゅっとうさせなさい。よろしいか?」

「はっ」

近藤と井上は、屈辱(くつじょく)をこらえ、平身低頭(へいしんていとう)で答えた。



そんなわけで、不逞浪士捕縛(ふていろうしほばく)の調書もほどほどに辞去じきょを告げると、

内山は扇子せんすの先で二人を追い払うような仕草しぐさをして、

「ご苦労」

そうひとこと告げ、ピシャリと(ふすま)めて出て行った。


井上と近藤は、したまま目を見合わせ、けわしい表情でささやき合った。

「取り付くしまもないという感じだったな」

「―にしても、あいつら…」

そして、二人がようやく(おもて)を上げたとき、

ふすまの向こうから、内山彦次郎の声がれ聴こえた。


「ふん、見たことか。野良犬(ノラいぬ)共が」

それは明らかに、二人に聞こえるよう意図して発した言葉だった。



ようやく奉行所を解放され、帰途きとについた近藤勇らは、八軒家の船宿ふなやど京屋忠兵衛方きょうやちゅうべえかたで、山南敬介らと合流した。


奉行所ぶぎょうしょで力士たちとの乱闘騒らんとうさわぎの件を聞いたが、あれはお前達のことか?」

近藤が座る間もなく山南たちを問いただすと、 山南が手をついて謝った。

「すみません。私の至らぬせいです」


永倉、原田、沖田も、それにならって頭を下げる。

「まったく!」

近藤は、背にした壁をなぐりつけた。


山南から一通りの説明を受けた近藤は、大きなため息をついた。

「つまり、これは仕掛けられたわなで、お前たちはその挑発ちょうはつに乗ってしまったと?」

「初めから、ここまで事を大きくする意図いとがあったとは思いませんが、彼らが何らかの悪意をもって我々に近づいてきたのは間違いないでしょう」

内山彦次郎への不信感は、つのるばかりである。

「とすると、明日の取り調べもすんなり終わるとは思えんな」

「問題はそこです。当然、主犯格の芹沢さんは、お調べを逃れられないでしょうが、そこでいつものごとく短気を起こされては…」

山南が語尾をにごすと、近藤はしばらく目を閉じて黙考もっこうした。


「いや。明日は俺一人で行こう。あの慇懃無礼(いんぎんぶれい)な男と芹沢さんがまともにぶつかったら、何が起こるか分かったもんじゃない」


沖田総司は先ほどまでの殊勝しゅしょうな態度をコロリと変えて、

「そんなにやなヤツなの?」

と身もふたもなくたずねた。

顔をしかめる近藤に代わって、地元出身の佐々木蔵之介が説明を買って出る。

「あれでも若い頃は、大塩平八郎の乱で手柄を挙げたりしたそうですがね。我々庶民しょみんからすれば、どうにも胡散臭うさんくさい役人ですよ」


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