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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
358/404

力士乱闘事件 其之肆

人の波をき分けて、野次馬ヤジウマの前列に出た小寅は、その惨状さんじょうを見て、怒りを(あらわ)にした。

「また、あいつら…!」

そして、中村半次郎が止める間もなく騒ぎの渦中かちゅうに飛び込み、怒鳴どなりつけた。


めえ!!」


しかし、その声も飛び交う怒声にき消されて、みなには届かない。


「こ、こら!だまりなさい!関わっちゃダメだとあれほど……」

中村はあわてて小寅を羽交はがめにして引き戻し、口をふさいだが、さわぎの中に知った顔を見つけて、一瞬、言葉を失った。


「…あれは……山南敬介?」

小寅は中村のてのひらを口から引きがして振り返った。

「知り合いなん?」

「いや…別に親しいわけじゃありませんが、ええ、顔見知りです。あれは、京の浪士組というやつですよ。なぜこんなところにいるのか知らないが、ずいぶん元気が有り余ってるようだ」

「そうみたいやね」

「あの男、京には美しい愛人が待っているというのに、ずいぶん命を粗末(そまつ)にするものだ。もう少し利口りこうだと思っていたが…」

立ち尽くす山南を見て、中村は残念そうに首を振って(なげ)き、

「さあ、我々もこんな所に長居ながいは無用だ。いきましょう」

小寅の手を引いた。

「ちょっと待って!」

小寅はその手を振りほどくと、騒動のさなかに飛び込んでいった。

「あ、小寅さん!」

中村が手を伸ばした時には、小寅はすでに芹沢の前に仁王立におうだちしていた。


「あんたら!ええ加減にしいや!もうやめえ言うとるやろ!!」


芹沢は、おどろいて口をポカンと開けたまま固まった。


小寅の一喝(いっかつ)が効いたわけでもないだろうが、すっかり戦意せんい喪失(そうしつ)した力士たちに、浪士組の面々も(ほこ)を収める頃合ころあいと見たらしい。

騒動はそのまま尻すぼみに終わった。


「やれやれ、またあんたかい」

芹沢は冷めた眼で小寅をひと(にら)みしてから、累々(るいるい)と横たわる小野川部屋の弟子たちを見渡した。


「…なあんだよ、こんなんで水入みずいりかい?」


沖田は構えをいて、小寅に見入っている。

「あの場面で割って入るなんて、すごいひとだな」

平間も空いた口が(ふさ)がらないまま、(うなず)いた。

「まったく、若いのに大した女傑(じょけつ)だ」


まだ動ける力士が、倒れた仲間を助け起こしている。


しかし、中村半次郎が進み出て、動かない力士の横に(ひざ)をついた。

彼は、しばらく傷を検分けんぶんしてから顔を上げ、力士の一人に助言した。

「この方はもう助からない。可哀想かわいそうだが、奉行所のお調べがあるまで、このままにしておきなさい」


よく見ると、刀傷かたなきずがある遺体いたいが、他にも数体あった。


山南敬介は、その時初めて中村の存在に気づき、

中村の方も立ち上がると山南に向き合った。

二人はしばらく無言のまま、互いに見つめあった。

言い知れぬ恥辱(ちじょく)が込み上げてきて、先に目を逸らしたのは山南の方だった。


「覚えとけよ。必ず後悔することになるからな!」

力士たちは捨て台詞(ぜりふ)を残すと、

互いに肩を貸しあって、重い足を引きずりながら立ち去っていった。


山南は険しい表情で、浪士組の同志たちを振り返った。


「すっきりしたかい?」

山南に声を掛けられた沖田総司は、肩で息をしながら振り返った。

「え?ええ、まあ」

「私も一人斬ったよ。これで私も立派な人斬りの仲間入りだ」

自分が責められているのを感じた沖田は、心外な顔をした。

「別に助けてくれなくてもよかったんだ。あいつが後ろにいるのは分かってたし、充分間にあった」

「ああ、そうだな」

素っ気ない返事に、沖田は急に後ろめたくなったのか、

「だって…しょうがないじゃないですか」

と、(うつむ)いた。


永倉新八がおずおずと二人の間に割って入った。

「山南さん。気持ちは分かるが、今さら言ってもしょうがあるまい」

「私は、あの男の背中を斬ったんだ!無防備むぼうびな背中をな!クソ!」

山南は大声で怒鳴どなり、二人に背を向けた。


やがて、少し冷静さを取り戻した山南は、もう一度沖田に歩み寄った。

「…すまない、沖田くん。私はぜんぶ君のせいにして、自分を納得させようとしてただけだ…」

「いえ、そんな…」

沖田も、ようやく自分のやったことに責任を感じ始めたのか、力なくかぶりを振る。


原田左之助が、力づけるように沖田の肩をドンと叩いた。

「なにメソメソしてんだよ。やられたらやり返す。死にたくなきゃ、当たり前のこった」

山南は、原田に指を突きつけ、怒気どきを含んだ声で言った。

「いいか。彼らはサムライじゃない。こっちが先に手を出さなきゃ、あんなことはしなかっただろう。軽々しく当たり前だなんて言うな」


それから、山南は全員を見渡し、さとすように言って聞かせた。

「なあ、聞いてくれ。

古い話になるが、私が生まれた年、故郷くにの仙台は、大飢饉(だいききん)で、子供を捨てる百姓ひゃくしょうが後を絶たないほどだった。

それでも、私がこうして生きていられるのは、彼らが死ぬ思いで納めた年貢ねんぐのおかげなんだ。

芹沢さんも私も、そして君たちもそうだが、古い武士道ぶしどうという(おり)に捕らわれているという意味では、多分たぶん同類どうるいだろう。

しかし、我々が金科玉条(きんかぎょくじょう)とする武士道は、そんな百姓たちの塗炭(とたん)の苦しみの上に、かろうじて成り立ってるに過ぎない。

そして、その砂上さじょう楼閣(ろうかく)も…このまま国が外に開かれれば、足元からくずれ去るだろう。

そうなった時、百姓ひゃくしょうや町人たちの命を、ないがしろにしてきたサムライの行きつく先は、破滅はめつしかないと知るべきだ」


原田は自分のやったことが「弱い者いじめ」だったのではないかと思い始め、急にしょげ返った。

「わかったよ…悪かったよ。すまねえ」


しかし、そんな山南の危惧きぐも、生粋きっすいの武士、平山五郎には通じなかった。

大袈裟おおげさだねえ、山南副長。こりゃただの盛り場(さかりば)のケンカさ。それ以上でもそれ以下でもねえよ」

そして、

「よーし、残念だが、今日のところはお開きだ。奉行所が来て面倒めんどうなことになる前にトンズラしようぜ」

筆頭局長、芹沢鴨は、笑顔でそう言い放った。


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