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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
355/404

力士乱闘事件 其之壱

大坂。

堂島川の北、曽根崎そねざき新地


この夜、浪士組筆頭局長ろうしぐみひっとうきょくちょう芹沢鴨は、「住吉楼すみよしろう」に登楼とうろうして、乱痴気騒らんちきさわぎを始めた。


「よおし。ここも俺が出してやっから。手前てめえら、遠慮えんりょせず飲め!」

「うおー!やったあ!」

相変わらず気前よくみなの払いをけ負う筆頭局長(ひっとうきょくちょう)に、隊士たちは拍手喝采はくしゅかっさいを浴びせた。


「だ~から、その金はどっからいて出たんだっての」

チクリと皮肉(ひにく)を言う永倉新八の肩を抱き寄せ、局長芹沢鴨は、その頭をでまわした。

「なあ、永倉、大人になれ。いちいち気にすんなよ。世の中にゃ知らない方が幸せなことだって、あんだからよ」

水戸の芹沢一派、平山五郎と野口健司も、含み笑いをしながらうなずく。

「そうそう、そういうこと」

「芹沢さんは、かげの苦労を、ひけらかしたりしねえの」


芹沢一派は、橋の上での一件で気が立っているせいか、いつもよりさらに酒の進みが早い。


原田左之助と沖田総司も、にぎやかなのは嫌いではないから、雰囲気に乗せられて、乾杯(かんぱい)を交わす。

「今日は、小うるせえのが二人ともいねえから、羽目ハメを外すぜ!」

「居たって外してるでしょ」

「アハハ、ちげぇねえ!」


そんな中、副長、山南敬介はというと、酔い過ぎないようチビチビ酒に口をつけながら、斎藤一にもくぎを刺した。

「悪いが、君も(酒を)過ごさないようにしてくれ。どうにも嫌な予感がする」

「…承知した」

斎藤は、切れ長の目で山南をチラリと見て、短く答えた。


その、山南の肩に、芹沢がドサリとおおいかぶさってきた。

「おっと、酒が進んでないじゃんか、山南先生。まださっきの事、怒ってんのかよ?」

ふざけながら、山南のさかずきに酒をぐ。


山南はさかずきを、そのままぜんに置いて、姿勢を正した。

「私は、あなたがさっき何に腹を立てたのか、分かってるつもりです」

芹沢は、山南を横目に徳利とっくりの残りをラッパ飲みした。

「ほう、そうかい。俺がムカッぱらを立てるのに、理由わけがあるなんて知らなかったよ。ぜひ、教えてくれ」


与力よりきの内山は、ことさら声高こわだか攘夷じょうい喧伝けんでんしている。もし、ちまたうわさされているように、彼が列強れっきょうへの市場開放を口実こうじつにして、陰でコメ相場をあやつり、私腹しふくやしているのだとすれば、むしろ、彼は打ち払うべき外敵がいてきの側の人間だ。私も、そんな男が攘夷じょういを口にするなど、汚らわしいとさえ思う」

「ハハ、俺の癇癪かんしゃくに、もっともらしい理屈をつけてくれて感謝するがな。じゃあ、あんたは何をそんなにプンプンしてるんだ?」

「だが」

山南はそこで言葉を切って、芹沢の眼をまっすぐ見た。

「我々に彼のことをとやかく言う資格がありますか?市中警護(しちゅうけいご)を理由に、商家しょうかに金をせびっているようでは、彼となにが違うと言うんです?」

芹沢は、説教など沢山(たくさん)だと肩をすくめ、

「はっ!ご高説こうせつ痛み入るがね、…」

言いかけたところで、通りから聞こえるガヤガヤしたさわぎ声に気を取られ、口をつぐんだ。


さて、そんな緊迫(きんぱく)した会話が交わされているなど露知つゆしらず、

永倉新八は、先ほどの心配事など何処どこかへ置き忘れてしまったかのように、

さかずき並々(なみなみ)しゃくを受けながら、芸妓げいぎに鼻の下を伸ばしている。

「おっとっとっと!梅千代うめちよちゃんたら、おれのことこんなに酔わせて、どうしちゃう気なのかな?おれ、今晩、(おそ)われちゃったりしてえ?」

「いややわあ、永倉はん」

「イヒヒヒヒヒ、いやあ、それとも、おれの方から襲っちゃおうかしら?いい?うひょひょひょひょ」

と、ノッてきたところで、芹沢に尻をられた。


「イッテエなあ!なにすんだよ!」

振り返って怒鳴どなると、

「見ろよ。ふとっちょの団体客が来たぜ」

芹沢は、背中ごしに格子窓(こうしまど)を見ながら、外をアゴで指した。

「あ?」

永倉は、芹沢を押しのけて、窓の外をのぞいた。


30人近い力士が、それぞれ六角棒(ろっかくぼう)を持って、住吉楼(すみよしろう)の入口に詰めかけている。


永倉は、とたんに気分もえて、うらめしに芹沢をにらんだ。

「…ほ〜らみろ、言わんこっちゃねえ…」


こういう荒事あらごとにはやたら鼻のく原田左之助が、窓辺まどべい寄って来て、

「おほ、こりゃスゲエ。さっきのお礼参れいまいりってわけかい?」

と舌なめずりした。

「久々の大ゲンカだぜ。腕が鳴らあ!」

「おまえは、ついこないだ大坂に来た時も暴れてたろうがよ」

永倉が頭を小突こづくと、原田は男たちの手にした六角棒(ろっかくのう)を指差して、薄く笑った。

「だが、見ろよ。あんなもんを持ち出されちゃ、今度は遊びじゃすまねえぜ?」

そうなれば、刀を抜くしかなくなるだろう。

永倉は小さくため息をついて、沖田を振り返った。

「確かにな。総司、店の者に聞いて、裏口を見てこい」


「ええ~?逃げるんですかあ?」

沖田が不服そうにさかずきを飲み干した。

「バカやろ!店の前であんな棒っ切れを振り回されてみろ。奉行所(ぶぎょうしょ)出張でばってくらあ!」

「ちぇ、つまんないの」

ブツブツいいながら沖田が部屋を出て行くと、芹沢鴨が永倉の肩を拳でコツンと叩いた。

「永倉ぁ、まったく、てめえって奴ぁ。せっかく面白くなってきたんだ。よけいな口をはさむんじゃねえよ」

「う~るせえ!やりたきゃ斬り合いでも申し合いでも、あんた一人で好きにやれ!」

しかし、沖田がすぐ戻ってきて、悲報(ひほう)を告げた。

駄目ダメです。裏にもでっかいのが二人、踏ん張ってますよ」


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