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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
354/404

夕涼み 其之肆

芹沢は、その様子を愉快ゆかいそうにながめていたが、やがてフンと鼻を鳴らし、

「んじゃ、あとは頼んだぜ?お嬢ちゃん」

そのままかんせずと、立ち去ろうとした。


小寅は芹沢をキッとにらみつけ、大声で呼び止めた。

「あんた、ちょっと待ち!このまま知らん顔していく気ぃか?」

「あ?」

ピクリとまゆを動かして、芹沢が振り返る。

「どういうつもりや知らんけど、ここは花街はなまちやで!花街はなまちには花街はなまち流儀りゅうぎちゅうもんがあるんや!」

「そいつぁ知らなかったな、後学こうがくのために教えてくれよ」

挑発ちょうはつする芹沢に、小寅はツカツカと歩み寄り、腰の脇差わきざしを引っこいた。

癇癪カンシャク起こして、こんなもん振り回したらあかんうこっちゃ!ここはみんなが楽しみに来る場所や!ドアホ!」

隊士たちは、芹沢が次にどう出るのかと固唾かたずを飲んだ。

しかし、

「…そいつあ、すまなかった。あやまるよ」

芹沢は気の抜けたように微笑ほほえんで、素直に頭を下げた。


そこへ、

「借りてきました!」

先ほどの野次馬ヤジウマ戸板といたかかえて戻ってきた。

「ほな、それにお相撲すもうさんせて!」

戸板といた即席そくせき担架たんかである。

とは言え、怪我人ケガにん巨体きょたいの力士だ。

到底とうてい、二人だけで運べるものではない。


「手伝おう」

責任を感じた山南敬介が手を貸そうとしたが、熊川くまのがわは痛みをこらえながら、その手を振り払った。


意地いじりやなあ…」

小寅はあきれて熊川くまのがわを見下ろし、野次馬ヤジウマから、さらに体格のいい若者を二人見繕(みつくろ)って、脇差わきざしこじりで指した。

「ほんなら、そこのあんたとあんた、一緒に運んだげ!」


「あの、でもどこに…」

小寅は、そのまま脇差わきざしの先を、堂島川の方に向けた。

「北浜に、緒方洪庵おがたこうあん先生ゆう、えらいお医者さんがはるさかい、そこへ連れてったげ」

「ええ!?そやけど、わしら、京橋の方から来たんや。この辺は不案内ぶあんないで…」

若者の一人が、口ごもりながら言い訳を始めた。

淀屋橋よどやばしを渡った先で、そこら辺の人に聞いたらええ。『適塾てきじゅくうたらすぐ分かるわ!」

「そやけど…」

「グダグダうてんと、ホラ、急ぎ!」

若者たちは、まだ堂島新地ここで遊びたい様子だったが、小寅は口応くちごたえを許さず、き立てた。

すると、野次馬ヤジウマの中にいた、どこかの楼主ろうしゅおぼしき老人が口をはさんだ。

「そやけど、小寅ちゃん。緒方先生(せんせ)は、奥医師おくいし推挙すいきょされはって、今はお江戸のはずやで?」


ちなみに、緒方洪庵おがたこうあんとは、天然痘てんねんとうのワクチン普及に寄与きよした名医で、この日からわずか七日後に、体調をくずし、江戸の地で客死かくししている。


「ほんなら、福沢はんでも手塚はんでも、誰ぞお弟子さんがおるやろ!若い連中は、よお新地へ遊びに来るさかい、紀伊国屋きのくにやの小寅に頼まれたゆうたら何とかしてくれはるわ!」

小寅は一気にまくしたてると、老人とのやり取りを、棒立ぼうだちで聞いていたかつぎ手たちを振り返って、ドヤしつけた。

「なに突っ立ってんの!急げ、うてるやんか!!!!」


小寅はどちらかというと小柄で可愛らしいタイプだが、その剣幕けんまくには、だいのおとな四人も恐れをして小走りに駆けだした。


「もう遅いさかい、夜分やぶんすんませんゆうて、ちゃんとあやまるんやで!」

小寅は遠ざかってゆく救急の担架たんかに手を振った



「たいした仕切りっぷりだな」

芹沢が茶化ちゃかすと、

「フン!こんなもんが、武士のタマシイなんか?ほれ、返したるわ」

小寅は、乱暴に脇差わきざしを突っ返した。

芹沢はサヤの中ほどをつかみ、刀を拝領はいりょうするような仕草でふざけて見せた。

「気に入ったぜ、お嬢ちゃん。まあ…美人、と言えなくもねえな。どっかの芸者か?」

たしかに彼女には、その奇妙なあだ名に似合わず、コケティッシュな色香いろかがあった。

「お嬢ちゃん?ハ!あんたなんかに気に入っていらんわ!どっかで見た顔や思たら、あんたら、前にも紀伊国屋きのくにやさわぎ起こしたやろ?」

「どうだかな。なんせ、黒船クロフネ以来、俺の周辺は驚天動地きょうてんどうちの連続でね。騒ぎなんざいちいち覚えちゃいないが、なんかあったんなら、だいたい俺のせいだな」

不敵ふてきに言い放つ男を、小寅は怒りに燃えた目で見返し、

これが中沢琴の言っていた壬生浪士組だろうと確信していた。

「俺は壬生浪士組みぶろうしぐみ筆頭局長ひっとうきょくちょう、芹沢鴨だ。また会えるといいな」

はからずも、芹沢が名乗ると、

「うちは今日、このまちを出ていくんや。二度と会う事もないわ」

小寅はそう言って突っぱねた。


「そいつは残念」


しかし、運命の皮肉とでも言おうか、芹沢鴨と豚姫、二人の因果いんがはここでは終わらなかった。




さて、そんな事情を知らない付き人たちは、小野川部屋に逃げ帰って、事の顛末てんまつを洗いざらい打ち明けた。

それを聞いた仲間の力士は、ぞろぞろと連れ立って西町奉行所にしまちぶぎょうしょけ込み、与力よりき内山彦次郎に浪士組の非道ひどううったえた。


しばし、そこで待て」

内山は力士たちを内玄関うちげんかん土間どまに立たせたまま、そう言いおいて奥に引っ込んでしまった。

しばらくすると数人の同心どうしんが戻ってきて、力士たちを白洲しらすの脇にある物置ものおきまで先導せんどうすると、中に招き入れた。


「好きなだけ持って行くがいい」

同心が指し示した壁には、六角棒ろっかくぼうがズラリと立て掛けてあった。

鍛鉄たんてつの芯を入れたかし材の先端せんたんに、さらに鉄板を巻いた六尺(1.5M)はある金砕棒かなさいぼうで、力士でもなければ振り回せない重さだが、それだけに当たれば間違いなく死んでしまう。

「これは?」

力士の一人がたずねると、

「この得物えもの攘夷じょういのためにつかわす。市中しちゅうの平安を守るためなら、それをどう使おうがお前たちの勝手だ」

筆頭同心ひっとうどうしんが、内山彦次郎の意向を伝えた。


「分かりました!」


その言葉を、お上から報復ほうふくの公認を得たと解釈かいしゃくした力士たちは、浪士組のいる曽根崎新地へと引き返していった。

その数、30名。


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