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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
352/404

夕涼み 其之弐

「えー?またなの?なんで、そういうの気づいちゃうかなあ」

奉行所での一件を思い出した沖田は、お門違かどちがいのクレームをつけた。


永倉が斎藤の言った方向に素早く視線をやると、確かに岸辺を船と並行して歩く男がいる。

「あ?気のせいじゃねえのか?」

「間違いない。あの男だ。難波橋なにわばしの上から、ずっと砂浜すなはまづたいについて来てる」


銀杏髷いちょうまげ浴衣ゆかた姿の大男である。

斎藤が見間違えるとも思えなかった。


「あの風体ふうてい、力士に見えるけど…でっかい岡っ引(おかっぴ)きかなんか?」

沖田が首をかしげると、永倉は努めてそちらを見ないようにしながら、斎藤に歯をいてみせた。

「だ~から言ってんだよ!遊山船ゆさんぶねに、てめえみてえな仏頂面ぶっちょうづらが乗ってちゃ下っ引き(したっぴき)(岡っ引きの手下)だって怪しむさ」


その頃には、(原田左之助以外の)他の者も三人の様子がおかしいのに気づきはじめた。

芹沢が立ち上がり、ひたい鉄扇てっせんをかざして、岸に目をらす。

「あ?アレか?何者なにもんだ?」

永倉は、あわてて芹沢の帯をつかむと、席に引き戻した。

「芹沢さん!気づかれちまうだろ!座ってろ!」



船頭せんどうさん、悪いけど岸につけてくれる?」

仕方なく沖田が頼むと、

「ほんなら、鍋島浜なべしまはまにつけまひょ」

船頭せんどうは、大江橋の手前にある岸辺を指差した。


「鍋島浜」の名は、鍋島氏が治める佐賀藩の蔵屋敷くらやしきがあることに由来する。

この蔵屋敷くらやしきは、敷地内まで水路を引き込んだ「船入ふないり」と呼ばれる河岸かしまで備えた巨大なもので、

貨物船が蔵屋敷くらやしきへいの中まで入っていけるため、川浜には一般の船が横付けできた。


「なんだよ。せっかく、これからって時によう」

原田が腹を出したまま文句を言うと、

「おめえの切腹自慢せっぷくじまんには、みんな飽き飽きだとよ!」

永倉はその鳩尾みぞおちに軽くこぶしをくれて、酔っぱらいを黙らせた。


せっかくのクルージングを中断された芹沢鴨が妙に大人しいのは、(はな)からこの近くにある曽根崎新地で飲み直す計画があったからだ。

曽根崎新地の外郭がいかくを区切る曽根崎川は、船を係留けいりゅうする堂島川の支流で、鍋島の蔵屋敷くらやしきから歩いてすぐのところにあった。


船頭せんどうが船を岸辺に寄せると、尾行者の方もさすがに様子がおかしいと勘づいたようで、

浜辺から土手をのぼってこうとするのを、野口健司がゆびさした。

「あ、あの野郎、逃げやがった!」


「任せろ」

斎藤は脇差わきざしつかむと、船が岸に着く前に、おかに飛び降りていた。

早々にケリをつける気である。


大男は、川沿いの道を西へ、盛り場(さかりば)へと足を運ぶ客をかき分けてゆく。

早足で追いすがる斎藤に気づいたのか、人混みにまぎれてくつもりのようだ。

しかし、やがて堂島新地へと通じる難波小橋なにわこばしに差し掛かった時、男は小さな声で「あっ」とうなった。

岸辺伝きしべづたいに先回りした芹沢鴨が、目の前に立ちふさがっていたのだ。


「よう、俺たちになんか用かい?」

芹沢がニヤニヤしながらたずねると、

「は?…なんのこっちゃ分からん」

大男は白々しくとぼけてみせた。

「あんた、難波橋なにわばしからコソコソ付けまわってたお相撲すもうさんだろ?」

この時期、堀江新地では、ちょうど相撲興行すもうこうぎょうが行われていた。

「何をうとるのか、さっぱりワヤや。ええから、そこ退かんかい」

なおもしらばっくれる力士に、芹沢は例の剣呑けんのんな笑みを浮かべ、

「こういう悪戯オイタは感心しねえなあ」

ふところから大鉄扇だいてっせんを取り出すと、

いきなりその頭頂部とうちょうぶしたたかに打擲ちょうちゃくした。


ゴスッ。


鈍い、嫌な音がして、力士はうずくまり、橋の羽目板はめいたに両手をついた。

浪士組の隊士たちも、思わず顔をしかめる。

「おおっと、失礼。ちっとばかし、お仕置きの力加減ちからかげんを間違えちまったかな」


ひたいから大量の血を流しながら、男はふらふらと立ち上がった。

「うう…」

そのまま、来た道を引き返そうとする力士を、芹沢はゆっくりと追う。

「おいおい、お相撲さん、話はまだ終わってねえよ。残った、残った」

山南敬介が、その腕をつかんで引き止めた。

「もうそのくらいでいいでしょう」

芹沢は、振り返ると山南の顔をマジマジ見て、

「ちがうよ、あっちに盛り場(さかりば)があんだろ?方向が一緒なだけさ。どこか、横になれる店を探して、斎藤を休ませてやんなきゃなあ?」


男はよろめきながら、にぎやかな堂島新地の中を、なおも逃げてゆく。

血だらけのその顔を見て、繁華街はんかがいを行きかう人々は次々と振り返った。


さて、以前にも説明したが、

この堂島新地どうじましんち曽根崎川そねざきがわ蜆川しじみがわ)を挟んで隣接しているのが曽根崎新地そねざきしんちで、この二つの花街はなまちあわせて北新地という。


芹沢たちは、男を追って、その曽根崎川そねざきがわに架かる蜆橋しじみばしまでやってきた。

その、橋の中央まで来た時である。

さらにひと周りは大きな力士が、怪我ケガをした男をかばうように、芹沢の前に立ちはだかった。

後ろには数人の付き人をともなっている。

もちろん、彼らも相撲取りである。


芹沢と、その力士は橋の中央でにらみ合った。


平山五郎が、橋で通せんぼをしているその力士を怒鳴どなりつける。

「おい、邪魔ジャマをすんな!そこをどけ!」


「我らは会津中将あいづちゅうじょうあずかり、壬生浪士組だあ!」

野口健司が、大音声だいおんじょうで名乗りを上げたところへ、

永倉新八がすっ飛んで行ってゲンコツを落とした。

「この大バカ野郎!繁華街こんなとこでデカい声張り上げやがって!わざわざ人目を引いてどうすんだよ!」


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