表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
351/404

夕涼み 其之壱

文久三年六月三日。

夕の七つ(4:00pm)。


近藤勇と井上源三郎は、取り調べに協力するために、まだ奉行所に足止めされている。

二人を置き去りにしてきた芹沢は、船宿ふなやどに帰ると手をパンパンと打ってゴロゴロしていた隊士たちの注意を引いた。


「おう、みんな。これから遊山船ゆさんぶねで夕涼みと洒落しゃれこもうぜ」


永倉が半身はんみを起こして、顔をしかめる。

「はあ?どこにそんな金が…」

「俺が出すから、金のことは心配すんなよ」

「心配なのは、金の出処でどころなんだよ」

芹沢は永倉の頭をでながらニヤニヤ笑った。

無粋ぶすいなこと聞くなってば。酒が不味マズくなるぞ」



浪士組が京都↔︎大坂間の交通手段として利用している淀川は、大坂市中を通る支流に分岐ぶんきすると、大川と名前を変える。

八軒家の船着場ふなつきばは、厳密に言うとこの大川の南岸に位置する。


彼らのいる京屋忠兵衛の宿は、船着場の少し川上、天神橋のたもとにあって、

野口健司が、手回しよく主人の忠兵衛に言いつけ、旅籠はたごの裏手に町屋形船まちやかたぶねを着けさせていた。


「さあさ、皆さん、乗った乗った!」

桟橋さんばしに立った芹沢が、皆の背中を押して船へと誘導ゆうどうする。


「近藤さんと源さんはまだ仕事中なのに、なんだか気が引けるなあ」

言葉とは裏腹うらはらに、沖田総司は満面まんめんの笑顔で船に飛び乗った。




ちょうどその頃、

公事人くじにんまり(待合室)で、事情聴取じじょうちょうしゅの順番を待つ近藤勇は、同心たちのピリピリした雰囲気を察知して、憂鬱ゆううつな気分が伝染でんせんしていた。

「町は一見平和に見えるが、奉行所の連中はどいつもこいつも、殺気さっき立ってやがる」

同行した井上源三郎も頬杖ほおづえをついて同意する。

「あたしが心配なのは、宿に残してきたウチのやんちゃ坊主ボーズどもさ。このおかしな熱気に当てられてなきゃいいがなあ」

「あっちは山南さんがいる。心配あるまい」

「とは言っても、あとは乱暴者の局長を含めて、単純なのしかいないぞ?」

近藤は、その他のメンバーの顔を思い浮かべて人選を誤ったかと後悔こうかいを始めた。

「…心配になってきた。早く用を済ませて宿に戻りたいが…」



一方。

芹沢たちを乗せた屋形船は、すでに舳先へさきを中ノ島方面に向けて、岸を離れていた。


淀川(大川)もこの辺りまで来ると、かなり河口かこうに近いため、川幅かわはばも広く、流れもゆったりしている。

この数日は妙に蒸し暑かったが、川面かわものひんやりした冷気が心地いい。


大坂では、遊山船ゆさんぶね(町屋形船まちやかたぶね)を浮かべて夕涼みというのが定番の遊興ゆうきょうで、

八人も乗れば小さな舟は満員になったが、

広大な大川には、酒や食べ物を売る舟や、

三味線しゃみせんく芸者を乗せた舟などが、そこかしこに浮かんでおり、

声をかけて呼ぶと、鉤縄かぎなわをひっかけてぎよせ、

屋形船に並走してくれるという具合だった。

俗に言う「ウロウロ舟」である。


「こいつは最高だな」

原田左之助が景色を眺めながら酒をあおると、

「だろ?」

平山五郎も珍しく上機嫌じょうきげんで応じた。


舟が大川の真ん中にぎ出すと、上流には天満橋てんまばし、下流には天神橋てんじんばしと、それぞれ全長100(けん)(約180M)を超える大きな橋が、弓状に曲線を描くのを水上から見上げることができる。

大坂の人々は、この二つに、もう少し川下に架かる難波橋なにわばしを加えて、浪華なにわ三大橋と称した。


そろそろも落ちてきたが、長大な橋の上には、たくさんの人々が行きい、夕涼みの客を目当てに夜店なども出ていて、ポツポツと赤い提灯ちょうちんの明かりがともっていた。

この時代にはビルの照明や電飾看板もないので、橋越しに見える大坂の夜空には沢山の星が(またた)いている。


「うおー、見ろ、スゲエぞ!」

原田が手を打って喜んだ。

「灯りがキレイですねえ」

さすがの沖田も、その景観に見とれている。

確かに、なかなかの壮観そうかんである。


「もうじき夏祭りの季節でっさかい、天神祭りの日は、そりゃあもうにぎやかなもんでっせ」

船頭せんどうは沖田たちを振り返って、ちょっとした観光案内をしてくれた。

野口健司は、橋を行き交う人々を見上げながら、感慨かんがいひたった。

「もうそんな季節かあ…」

原田などは祭りと聞いただけで血が騒ぐタイプだ。

「そういや、江戸にいれば、もうじき神田明神かんだみょうじんのお祭りだもんな」

「おみつ姉さん、どうしてるかなあ」

沖田は祭り好きの姉をなつかしがった。


やがて舟が難波橋の下をくぐると、少し川幅が狭くなって、いわゆる中洲なかすである中之島を挟んで、河は北の堂島川と南の土佐堀川とに別れる。

船は北側にある堂島川へ入っていった。


原田は、すっかり酒が回っきて、

「よし、てめえら、いいもんを見せてやろう」

と、例によって諸肌もろはだを脱ぎ始めた。

「な?見える?これな、切腹の(あと)。なんでこうなったかって言うとー…」

「もういいってば!」

沖田が原田のアタマをわしづかみにして引き倒した。


「バカだねえ…」

永倉新八は、みながふざけあう様子をながめながら、船縁ふなべりから片手を川に突っ込んで、冷たい水の感触をたのしんでいたが、

ふと斎藤一に目をやって、顔をしかめた。

「な~んだよ?ちったぁ楽しそうな顔をしろよ、愛想アイソのねえ野郎だな」


「…腹が痛い。すまんが、岸につけてくれ」

斎藤は船縁ふなべりひじをついて、岸に目を向けたまま、ムッツリと応えた。

「ハライタ?な〜んだよ興醒きょうざめだなあ!」

ほろ酔いの永倉が、不平をれると、

船頭せんどうがその声に振り返った。

「どないしはったんです?」


「いや、ちょっと…おまえ、なんか変なもんでも食ったんじゃねえの?」

永倉は言葉をにごして、とりあえず斎藤の顔色をたしかめた。

沖田もふざけながら様子をうかがう。

「あ、アレだ、アレじゃないの?さっき一人だけ食ってた、高いアワビ」

斎藤は、渋い顔で岸の方に目配せして、

「…つけられている」

と小声で伝えた。

腹痛は船を岸につけさせる口実らしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ