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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
350/404

源三郎の災難 其之肆

井上は、(あわ)てて鯉口(こいくち)を切りながら、もう一方の手で二人を制した。

「ちょ!ま、まちなさい。話せばわかる」

「うるせえ!」

賊は、ほぼ同時に叫んだ。


キーンと甲高(かんだか)い金属音が響く。


井上は、出会い(がしら)に一人目の刀を叩き折ると、

そのまま、踊りかかるぞくひたいを、刀のみねで打った。


高沢は、弟分が一撃で仕留められたのを見て、

一瞬躊躇(いっしゅんちゅうちょ)したものの、

井上のどうを目掛けて、横薙(よこな)ぎに刀を振り抜く。


井上は鍔元(つばもと)でそれを受け止め、

相手の勢いを利用して受け流すと、

返す刀で肩口を(したた)かに打ちつけた。


気がつけば、ぞく二人は井上の足元に転がっていた。

ひとりはひたいから大量の血を流し、

もう一人は鎖骨(さこつ)を折って、(うな)っている。


井上は、倒れた男たちに手を合わせた。

「いやあ、すまんねえ。けど、二人して向かって来られちゃあ、手加減てかげんもあれが精いっぱいだよ」


蔵之介は、井上源三郎の余りの強さに目を丸くして立ち尽くした。


近藤がニヤニヤ笑いながら近づいてきて、()いつくばる男たちを見下ろした。

「源さんは、ハッタリが足りないから()められるんだよ」

井上は(イヤ)な顔をして近藤を(にら)んだ。

貧相ひんそうな見た目で悪かったねえ。蔵之介、ナワ!なわを持ってきとくれ」

「は、はい!」

蔵之介は我に帰って、ぞくに駆け寄ると、二人をしばり上げた。


「わが天然理心(てんねんりしんりゅう)の免許を皆伝(かいでん)した井上源三郎に勝負を挑むなんて、身のほど知らずな奴らだな」

近藤が冷やかすと、

「よしてくれ。あたしゃ、この真剣ってやつがどうにも苦手でねえ」

井上は眉間(みけん)(しわ)を寄せて刀身とうしんを見つめながら、(さや)に納めた。

「にしちゃあ稽古熱心けいこねっしんだ。ま、八王子千人同心(はちおうじせんにんどうしん)の家に生まれついた者としちゃ、徳川のご恩にむくいるためってとこかい?」

「よしてくれ。下手(へた)の横好きってやつさ。別に人を斬るために剣を習ってるわけじゃないよ」

井上はヒラヒラと手を払ってから、木賃宿きちんやどの二階を見上げた。

「あと一人は?」

近藤が小さく首を振る。

上階うえにもいなかった」


近藤たちはその足で盗賊とうぞくを奉行所に引き立てることにした。

「しかしまあ、蔵屋敷くらやしきに忍び込むなんざ、無茶むちゃをやりやがったなあ」

近藤があきれた調子で高沢と柴田の顔をのぞき込むと、

井上も柴田が腰に巻き付けていた絹織物きぬおりものを手に取って、首をうなった。

「こんなもの、どこでさばく気だい?お前さんから買い取ってくれるやつがいるとも思えんが」

「お前らなんぞにしゃべる義理あるかい!さっさと奉行所でも何処どこでも連れて行かんかい!ボケ!」

開き直る柴田の頭を近藤が拳骨ゲンコツなぐりつけた。

「イテッ!」

「失礼。手がすべった」

「このガキャア!」

近藤は、柴田の襟首えりくびをつかんで振り回した。

「ああ?餓鬼ガキって言ったか?てめえ、立場ってもんをわきまえろよ。コソドロ分際ぶんざいで、口の利き方ってもんがあんだろうが!」

「近藤さん、近藤さん、地が出てるよ」

井上があわててたしなめる。

「おっと、重ね重ね失礼した…。な、どうだ?そろそろ名前を白状しろ」

二人が「天下浪士」を名乗ったことで、高沢民部と柴田玄蕃であることはほぼ分かっている。


近藤勇と井上源三郎は、不逞浪士ふていろうし二名になわを打って、一旦船宿(ふなやど)に戻ると、

局長の芹沢鴨と、副長助勤の平山五郎をともない、西町奉行所を訪ねた。


「高沢民部と柴田玄蕃の二名を押し借りと盗みのかどで引っ立てました」

玄関で取次ぎを申し入れると、公事方与力くじがたよりき、内山彦次郎が直々に応対に出た。

もう還暦かんれきもとうに過ぎた年頃の老人である。


「これはこれは、祝着しゅうちゃくにござる」

内山はニコニコと笑いながら、挨拶あいさつを済ませると、扇子せんすの先で咎人とがにんを押しやる仕草をして、

「この者たちを牢屋へ」

中間ちゅうげんに命じて、囚人置き場に連れて行かせた。


近藤たちは広間に通され、内山に座るようにうながされた。

「どうぞ、ひざくずしてくだされ。朝早くから一仕事終えられて、さぞや御疲おつかれでしょう」

いかにもエリート官僚かんりょう風の物腰ものごしだが、なにか、ヌメリとした不快な印象を受ける。


近藤は、明石家万吉の言葉を思い返した。

「西町奉行の内山ゆう与力よりきがあんたらに目えつけとるちゅう話やで。不逞浪士ふていろうし退治もええが、足元掬あしもとすくわれんようにしいや」


内山は、近藤から捕り物の経緯いきさつを一通り聴く間も、終始しゅうじ張り付いたような笑顔を絶やさず、

「誠にご苦労様です。確かに、不逞浪士ふていろうし二名の身柄を預かり申した。あとは、責任をもってこちらで取り調べ致しましょう」

慇懃いんぎんに礼を述べた。


「よろしくお願い申し上げます」

これが、大坂を牛耳ぎゅうじっている男か。

近藤は、伏しながら上目遣うわめづかいで内山をしげしげ眺めてみたが、歳のわりにしわの少ないその相貌かおは、いかにも狡猾こうかつそうで、裏では何を考えているか分からないという感じだった。


「ときに、壬生浪士組の皆さんは、不逞浪士ふていろうし捕縛ほばくのためにわざわざ大坂まで下ってまいられたのか」

「ヒマなんでね。物見遊山ものみゆさんを兼ねて」

芹沢が不遜ふそんに応えると、内山は歯の抜けた口で愉快ゆかいそうに笑った。

「オフォフォ、我々も、小笠原おがさわら様の一件で手を取られておるので、助かり申した」

本心ではあるまい。

多分、この男は、手柄てがらを横取りされたことに腹を立てているのだ。

近藤は、内山の眼の奥にひそ憎悪ぞうおに気づくと、胸が悪くなり、一刻も早くこの空々(そらぞら)しい世間話から逃れたいと思った。

「お役に立てて何よりです」

「今日のところは、うちの同心が捕り物の顛末てんまつに関する簡単な調書ちょうしょをとらせて頂く。日をあらためて、御白州おしらすの場でくわしいお話をお聞きするため、公事人くじにんとして御呼びたて申し上げるかもしれん。大坂はどちらにお泊りかな」

「八軒家の京屋に宿をとっております」

「なるほど、なるほど」



内山は、近藤らを残して部屋を出ると、廊下に控えていた筆頭同心ひっとうどうしんを呼びつけ、なにやら小声で耳打ちした。


「…承知いたしました」

同心どうしんは応え、姿を消した。


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