再び、大坂へ 其之弐
さてその少し後。
大坂、日本橋近く、
件の長町にある木賃宿の一室では。
壬生浪士組に捕縛命令が下った指名手配犯、高沢民部と柴田玄番が、阿部慎蔵と土蔵破りの準備に追われていた。
「おう、慎さん、あんたもコレ持っとけ」
柴田玄番が、阿部に革製のノミ巻きを投げてよこした。
昨日の朝は怒鳴り合いのケンカをしていたというのに、ずいぶん馴れ馴れしい態度だ。
ノミ巻きを開いてみると、鉤付きの荒縄や、金梃子など、泥棒の七つ道具がコンパクトにまとめられている。
「なんだよこれ…おまえら、こんなもんまで用意してんのか?」
阿部は、あきれて二人の大男を眺めた。
擦り切れた木綿の着物に、無精髭、伸び放題の月代に、先の開いた銀杏髷、
見事に同じ格好で、最初はこの二人組の見分けがつかなかったが、どうやら、少し年嵩で男前の方が高沢民部、
肩幅が張って、腕っぷしが強そうな方が柴田玄番というらしい。
「アホ、天下の外様大名、薩摩の蔵屋敷に押し入るんやで?これくらい当たり前じゃ!」
弟分の柴田が、盗賊稼業の先輩風を吹かせて怒鳴った。
「しー!声が大きい!しかし、薩摩って言や、先代の殿さんの舶来趣味が祟って、身上を潰したって聞くが」
とても裏稼業を生業にしているとは思えない不用心さに、疑心暗鬼の阿部がなおも突っ込むと、
「たしかに、それも本当の話や。ところが。島津の領国はお上の法も及ばん伏魔殿やちゅうてな。噂では藩ぐるみ偽金にも手を染めて、今じゃ相当な金を貯めこんどるらしい。なんせ、この大坂だけで土佐堀、江戸堀、立売堀と、三つも蔵屋敷が建っとるくらいやさかいな」
柳行李にカンテラを詰め込みながら、偉そうに講釈を垂れたのが兄貴分の高沢である。
「どこでそんな噂を…」
「聞くな。蛇の道はヘビちゅうやっちゃ」
「ゴチャゴチャ言うてんと、行くで」
二人はさっさと話を切り上げて、部屋を出てゆく。
「じゃ、最後にひとつだけ。この風呂敷は?これ、何に使うの?」
阿部は追いすがりながらたずねたが、二人はもうなにも答えなかった。
「あれ、あの木賃宿から出てきた連中。怪しないですか?」
佐々木蔵之助が振り返り、すれ違った三人組の浪士を指さした。
堺筋沿いに長町までやってきた近藤勇一行は、ちょうど日本橋の上で木賃宿を出てきた阿部たちに行き当たったのだ。
確かに、彼らはあからさまに怪しかったが、仕事を探して都会に流れてきた浪人の吹溜りのような町である。
「こんなとこ歩いてる奴は大概怪しいだろ?」
近藤は大当たりを引いたことに気づかず、やり過ごそうとすると、井上源三郎が引き止めた。
「いやいや、ああいった連中はたいてい肩をそびやかして歩いてるもんだが、妙にコソコソしてる。これから一仕事やらかそうって感じだよ。それに、あの荷物」
「荷物がなんだよ?」
「だってさ、あんな柳行李(旅行鞄のようなもの)背負ってるくせに、軽装すぎやしないか。笠も振分も脚絆もナシなんてさ」
普段はノホホンとしている井上が、なかなか洞察力の鋭いところを覗かせる。
それもそうだと納得した近藤は、踵を返した。
「たしかに。声を掛けてみるか」
「近藤先生、それもいいかもしれませんが、後をつけてみませんか?」
佐々木が提案すると、井上も同意した。
「それがいい。まだ、何もやってないんだから、しらばっくれられたら、引っ張ってく口実がない」
近藤は二人に押し切られて、
「ご随意に」と肩をすくめた。
近藤たちは、これから盛り場に繰り出すヒマな浪人たちと言った体裁で、気取られないよう、ゆっくり間合いを詰めてゆく。
三人は何やら熱心に話し込んでいる様子だ。
前をいく大男二人が、しきりに振り返って、後ろを歩く中肉中背の男に身振り手振りを交えて唾を飛ばしている。
「…どうやって塀の向こうに……こじ開ける算段…」
「…豪商が名代を……たらし込んだ…」
男たちの会話の端々から不穏な計画をうかがわせる言葉が漏れ聞こえた。
「なんか、ヤバそうな話をしてますねえ」
蔵之介が井上に耳打ちした。
「こりゃあ、どっちにしても碌な連中じゃなさそうだねえ」
たしかに、二人とも町の嫌われ者といった人相だが、
後ろの一人だけは顔を見ることができなかった。
さて、彼らの間でどういう会話が交わされたのか、阿部慎蔵の側に視点を移す。
だいたい予想はつくと思うが、要するに彼らは、どうやって蔵屋敷の中に潜り込むかを話し合っていた。
いや、計画はすでに出来上がっていて、その段取りを阿部に説明していたといった方が正確かもしれない。
「…あんな人通りの多い場所で、まだ陽も落ちてないうちから壁を乗り越えるってか?は!正気を疑うね」
阿部は鉤縄を思い出しながら吐き捨てた。
「土佐堀にある薩摩の蔵屋敷は、別名浜屋敷言うて、薩摩屋仁兵衛ちゅう豪商が名代をやっとるんやが、俺がそこの女中をたらし込んだ」
「あんたのモテ自慢なんざ興味ねえぞ」
「見てみい、これ」
高沢が自慢げに、鍵紐に指を通してクルクルと回して見せた。
「合鍵か?ひょっとして蔵の?」
「裏門と、蔵、両方ある。女に本物を持ち出させて、型をとったんや」
その女中とやらが、こんな男のどこに惹かれたのか阿部には見当もつかなかったが、実際、合鍵は男の手にあるのだから、本当の話なのだろう。
いつの時代も、男の危険な雰囲気に引き付けられる女性は少なくない。
「つまりな、“門”を開かせるにも、ココが必要ちゅうこっちゃ」
高沢は、こめかみを人差し指でコツコツと叩きながら、下品な笑みを浮かべて見せた。
「女なんちゅうモンは、男の面と懐具合しか気にしとらんわい。二枚目が、ちょっと悪っぽい言葉を使えばイチコロじゃ」
柴田が鼻で笑って、まるで阿部の考えを代弁する様に反論をすると、高沢は首を横に振った。




