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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
345/404

再び、大坂へ 其之弐

さてその少し後。

大坂、日本橋近く、

くだんの長町にある木賃宿きちんやどの一室では。


壬生浪士組に捕縛ほばく命令が下った指名手配犯、高沢民部たかざわみんぶ柴田玄番しばたげんばが、阿部慎蔵と土蔵破どぞうやぶりの準備に追われていた。


「おう、しんさん、あんたもコレ持っとけ」

柴田玄番が、阿部に革製かわせいのノミ巻きを投げてよこした。

昨日の朝は怒鳴どなり合いのケンカをしていたというのに、ずいぶんれしい態度だ。

ノミ巻きを開いてみると、カギ付きの荒縄あらなわや、金梃子かなてこなど、泥棒どろぼうの七つ道具がコンパクトにまとめられている。

「なんだよこれ…おまえら、こんなもんまで用意してんのか?」

阿部は、あきれて二人の大男をながめた。

り切れた木綿もめんの着物に、無精髭ぶしょうひげ、伸び放題の月代さかやきに、先の開いた銀杏髷いちょうまげ

見事に同じ格好で、最初はこの二人組の見分けがつかなかったが、どうやら、少し年嵩としかさ男前おとこまえの方が高沢民部たかざわみんぶ

肩幅かたはばが張って、うでっぷしが強そうな方が柴田玄番しばたげんばというらしい。


「アホ、天下の外様大名とざまだいみょう、薩摩の蔵屋敷くらやしきに押し入るんやで?これくらい当たり前じゃ!」

弟分の柴田が、盗賊稼業とうぞくかぎょう先輩風せんぱいかぜを吹かせて怒鳴どなった。

「しー!声が大きい!しかし、薩摩って言や、先代の殿とのさんの舶来趣味はくらいしゅみたたって、身上しんしょつぶしたって聞くが」

とても裏稼業を生業なりわいにしているとは思えない不用心さに、疑心暗鬼ぎしんあんきの阿部がなおも突っ込むと、

「たしかに、それも本当ほんまの話や。ところが。島津の領国りょうごくはお上の法も及ばん伏魔殿ふくまでんやちゅうてな。うわさでは藩ぐるみ偽金にせがねにも手を染めて、今じゃ相当な金を貯めこんどるらしい。なんせ、この大坂だけで土佐堀とさぼり江戸堀えどぼり立売堀いたちぼりと、三つも蔵屋敷くらやしきが建っとるくらいやさかいな」

柳行李やなぎごうりにカンテラをめ込みながら、偉そうに講釈こうしゃくを垂れたのが兄貴分あにきぶんの高沢である。

「どこでそんなうわさを…」

「聞くな。じゃの道はヘビちゅうやっちゃ」

「ゴチャゴチャうてんと、行くで」

二人はさっさと話を切り上げて、部屋を出てゆく。

「じゃ、最後にひとつだけ。この風呂敷ふろしきは?これ、何に使うの?」

阿部は追いすがりながらたずねたが、二人はもうなにも答えなかった。



「あれ、あの木賃宿きちんやどから出てきた連中。怪しないですか?」

佐々木蔵之助が振り返り、すれ違った三人組の浪士を指さした。

堺筋沿いに長町までやってきた近藤勇一行は、ちょうど日本橋の上で木賃宿きちんやどを出てきた阿部たちに行き当たったのだ。


確かに、彼らはあからさまに怪しかったが、仕事を探して都会に流れてきた浪人の吹溜ふきだまりのような町である。


「こんなとこ歩いてる奴は大概たいがい怪しいだろ?」

近藤は大当たりを引いたことに気づかず、やり過ごそうとすると、井上源三郎が引き止めた。

「いやいや、ああいった連中はたいてい肩をそびやかして歩いてるもんだが、妙にコソコソしてる。これから一仕事やらかそうって感じだよ。それに、あの荷物」

「荷物がなんだよ?」

「だってさ、あんな柳行李やなぎごうり旅行鞄りょこうかばんのようなもの)背負しょってるくせに、軽装すぎやしないか。かさ振分ふりわけ脚絆きゃはんもナシなんてさ」

普段はノホホンとしている井上が、なかなか洞察力どうさつりょくの鋭いところをのぞかせる。

それもそうだと納得した近藤は、きびすを返した。

「たしかに。声を掛けてみるか」

「近藤先生、それもいいかもしれませんが、後をつけてみませんか?」

佐々木が提案すると、井上も同意した。

「それがいい。まだ、何もやってないんだから、しらばっくれられたら、引っ張ってく口実がない」

近藤は二人に押し切られて、

「ご随意ずいいに」と肩をすくめた。



近藤たちは、これから盛り場(さかりば)に繰り出すヒマな浪人たちと言った体裁ていさいで、気取けどられないよう、ゆっくり間合まあいを詰めてゆく。

三人は何やら熱心に話し込んでいる様子だ。

前をいく大男二人が、しきりに振り返って、後ろを歩く中肉中背ちゅうにくちゅうぜの男に身振みぶ手振てぶりを交えてつばを飛ばしている。

「…どうやって塀の向こうに……こじ開ける算段さんだん…」

「…豪商(ごうしょう)名代(みょうだい)を……たらし込んだ…」

男たちの会話の端々(はしばし)から不穏ふおんな計画をうかがわせる言葉がれ聞こえた。


「なんか、ヤバそうな話をしてますねえ」

蔵之介が井上に耳打ちした。

「こりゃあ、どっちにしてもろくな連中じゃなさそうだねえ」

たしかに、二人とも町の嫌われ者といった人相にんそうだが、

後ろの一人だけは顔を見ることができなかった。



さて、彼らの間でどういう会話が交わされたのか、阿部慎蔵の側に視点を移す。

だいたい予想はつくと思うが、要するに彼らは、どうやって蔵屋敷くらやしきの中にもぐり込むかを話し合っていた。

いや、計画はすでに出来上がっていて、その段取だんどりを阿部に説明していたといった方が正確かもしれない。

「…あんな人通りの多い場所で、まだ陽も落ちてないうちから壁を乗り越えるってか?は!正気をうたがうね」

阿部は鉤縄(かぎなわ)を思い出しながらき捨てた。

「土佐堀にある薩摩の蔵屋敷くらやしきは、別名浜屋敷はまやしきうて、薩摩屋仁兵衛さつまやにへえちゅう豪商おとこが名代をやっとるんやが、俺がそこの女中じょちゅうをたらし込んだ」

「あんたのモテ自慢じまんなんざ興味ねえぞ」

「見てみい、これ」

高沢が自慢じまんげに、鍵紐かぎひもに指を通してクルクルと回して見せた。

合鍵(あいかぎ)か?ひょっとして蔵の?」

「裏門と、蔵、両方ある。女に本物ほんもんを持ち出させて、型をとったんや」

その女中とやらが、こんな男のどこに()かれたのか阿部には見当もつかなかったが、実際、合鍵(あいかぎ)は男の手にあるのだから、本当の話なのだろう。

いつの時代も、男の危険な雰囲気に引き付けられる女性は少なくない。


「つまりな、“門”を開かせるにも、ココが必要ちゅうこっちゃ」

高沢は、こめかみを人差し指でコツコツとたたきながら、下品な笑みを浮かべて見せた。

「女なんちゅうモンは、男の(つら)懐具合(ふところぐあい)しか気にしとらんわい。二枚目(にまいめ)が、ちょっと(ワル)っぽい言葉を使えばイチコロじゃ」

柴田が鼻で笑って、まるで阿部の考えを代弁だいべんする様に反論をすると、高沢は首を横に振った。


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