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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
花見之章
34/404

花見 其之弐

「そんな勝手は許さん」

清河は尊大そんだいにその意見を一蹴いっしゅうした。

もちろん、芹沢が引くはずもない。

「いずれにせよ、大樹公がまだ入京もされないうちに引き返すなど、存外ぞんがいのことだ」

「私も、芹沢さんと同じ考えだ」

声を上げた近藤に、芹沢はニヤリと目配せした。


「まったく、お二方とも若いのに頭の固いことだな。だが、兵は拙速せっそくたっとぶとう。モタモタしていれば、イギリスばらに、先手せんてを打たれますよ?」

しかしそれでも、近藤勇という人間は、道義どうぎにもとる行いを良しとしなかった。

け引きはもう沢山だ。ではそれを、大樹公に奏上そうじょうすればよろしかろう。まずは、ご公儀こうぎへの筋を通すべきとぞんずる。何事なにごともそれからだ」

芹沢鴨の腹心ふくしん、新見錦がそれを補うように、意見をのべた。

「清河先生。たかだか我々二百人を欠いたところで、幕軍ばくぐん威勢いせいかげりが差すこともありますまい。なんと言ってもこちらには大器たいきの呼び声も高い一橋慶喜公が控えておられる。大樹公と帝の謁見えっけんれば、その一橋公ひとつばしこうが直ちに江戸へとって返し、この難局なんきょくに当たられましょう。徳川幕府の屋台骨やたいぼねが、在留ざいりゅうのイギリス軍ごときにらぐことなどあろうはずがない」

対する清河は、背後の幕臣たちへ当てつけるように鼻を鳴らした。

「いったい、あなた方はどうすれば現実を見ようとするんだ?横浜港に浮かぶあの黒い蒸気じょうき船は、ただの鉄の(かたまり)じゃない。我が国の独立をおか脅威きょういそのものなんだ。いつまでも古臭い権威にしがみついてるようじゃ、この国はあっという間に飲み込まれてしまうぜ?一橋公がなんとかしてくれるなどと本気で考えてるなら、おめでたい話さ。まったく、理解に苦しむね」

清河の挑発ちょうはつ的な台詞セリフに新見は顔色を変えている。

しかし近藤勇は、清河を哀れむように微笑むと、軽くため息をついた。

「ああ、あんたには分かるまいよ。忠節ちゅうせつや義理なんて古(くさ)道理ものの値打ちはな。だが、それを捨ててしまって、この国の何をまもるというんだ?」

清河八郎の切れ長の目に、暗い炎がゆらめいた。

「面白い…。そのケンカ、買ったぜ」

彼は近藤の視線を真っ向から受け止めたまま、差料さしりょう(自分の刀)を引き寄せた。


近藤らは最前列に座っており、二人は互いの間合まあいに入っている。

本堂の中に緊張きんちょうが走った。


近藤の両脇に控えていた山南敬介と土方歳三も腰を浮かせる。

近藤は清河とにらみ合ったまま、微動びどうだにしない。

しかし、その身体からは、すさまじい殺気が放たれていた。


「お二方ふたかた鵜殿うどのさまの前だ。それくらいにしておきたまえ」

清河と気脈(きみゃく)を通じる山岡鉄太郎が割って入った。

腕自慢うでじまんぞろう浪士組の中でも、この二人の間に立つ度胸どきょうのある人間はそう多くない。

幕府きっての剣豪けんごうである山岡にしかできない裁定さいていだった。


「フン、話は終わったようなので失礼する」

近藤は鼻で笑うと、幹部たちの前を横切り、出口に向かった。

試衛館しえいかんの面々が、それに従い次々と席をる。


「待ちたまえ。天意をないがしろにする気か!」

清河がもう一度その後ろ姿に怒声どせいを浴びせた。

近藤は背中越しに振り向くと、

茶番ちゃばんだな」

ひとこと言い捨て、退出した。


続いて芹沢鴨が、のっそり腰をあげた。

「…だとさ?」

彼は鉄扇で首のうしろを掻きながら、口のはしを上げてみせた。



新徳寺の門を出ると、土方歳三が責めるような眼で山南敬介をにらんだ。

さとい山南は、その意味をさっしてくやしそうにつぶやく。

「ああ。一杯食わされたよ」

「そうかよ?あんた、薄々かんづいてたんじゃねえのか?」

「いや。彼の本性ほんしょうが過激な攘夷論者じょういろんしゃであることは知っていたが、ここまで強引な手を使うとは…」

項垂うなだれる山南の肩に、井上源三郎が優しく手を置いた。

「まあまあ、もういいじゃないか。今さら誰を責めても仕方がない」

土方が納得しかねるという風に噛みついた。

「あ?何がいいんだ?」

井上は、先を歩く近藤の背中を目で追いながら、ニコリと笑う。

「とにかく、近藤さんは残ると決めたんだ」

土方は、渋々認めるしかなかった。

「…まあ、そうだが」


そのとき、沖田総司が、試衛館メンバーの頭数が足りないことに気づいて、本堂を振り返った。

「あれ?でも義兄にいさんや馬場さんたちは、まだ中に残っているようですよ」

「ま、それもよしだ」

相変わらず人のいい井上のほおを、土方がつねった。

「おい、なんでもいいワケじゃねえよな?」



この日、京に残ることを選んだのは、

試衛館の8人、

近藤勇、山南敬介、土方歳三、沖田総司、永倉新八、原田左之助、井上源三郎、藤堂平助。

そして水戸藩の出身者が5人、

芹沢鴨、新見錦、平間重助、平山五郎、野口健司。

さらに後日、ここに8名が加わり、総勢で21名。

これが、幕末にその名をとどろかせる新選組の実質的な旗揚げ(スタート)となる。



さて、浪士や幹部たちが退出すると、「虎尾こびの会」のメンバーが居残いのこって、今後の方策ほうさくについて論じ合った。

なにせ、彼らにとってはここからが本番である。


やがてその会議も果てると、静まり返った新徳寺の本堂には、清河八郎と山岡鉄太郎の二人きりになった。


山岡は、差し向かいに座る友人に少しくだけた調子で訊ねた。

「あれで良かったのか?」

清河は足を投げ出し、伸びをした。

「ああ。私たちが横浜で口火くちびを切らねば、幕府はまた口上こうじょうでノラリクラリと結論を先延さきのばすに違いないからな」

常にり目正しい山岡は、正座したまま腕を組み、ガランとした本堂を見渡した。

「しかし、あの近藤勇は惜しいな」

「まったく!あいつはバカだよ。ああ、バカなのは知ってたが、あそこまでバカだとはな。百姓ひゃくしょうなんてなあ、先祖代々さんざっぱらサムライどもの都合で利用されてきたんだ。それが、ようやく奴らの命脈めいみゃくも尽きようって時に、ご親切にも手を差し伸べようなんて気が知れないね」

山岡は、イラつく清河を見て苦笑した。

「確かに、あれは器用に立ち回れるような男じゃないな。しかしそうまでクサすなら、なぜ彼を浪士組に誘ったんだ?」

「ヤツは私の理解さえ及ばないほど頭が悪かったって話だ。それだけのことさ」

「ああいう実直じっちょくというか、バカ正直な人間と、敵として向き合わねばならんのは気が進まんよ。君だって本当はそう思ってるんだろ?」

「フン、だとしたらどうだと言うんだ。敵に回った以上、つぶすまでさ。私はどんな手段を使ってもこの国をまもる、そう決めたんだからな」


清河の言葉が、本堂にうつろに響く。

外では、静かに春雨はるさめが降り出していた。


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