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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
338/404

花街の諜報戦 其之肆

桂が来ないのなら、こんな宴会えんかいなど苦痛なだけだ。


琴は、この様子を山南が見たら焼き餅(ヤキモチ)を焼いてくれるだろうかなどと、他愛たわいもないことを考えながら、ただ時が過ぎるのを待った。

正直、この二人なら造作ぞうさもなく組み伏せることもできたが、さすがにこの場では桜木太夫の顔を立てねばならない。


「二人ともよさないか。大人気おとなげない」

山縣小輔やまがたこすけが、二人をいさめた。

(のち)に我が国の第三代内閣総理大臣ないかくそうりだいじんに納まるこの人物は、権力欲、金銭欲ともに旺盛おうせいだったが、女性に関してだけは淡白たんぱくだったと伝わっている。


しかし、琴をはさんだ杉山と松井の鍔迫つばぜり合いはとどまる気配がない。

「お前に女を口説くような甲斐性かいしょうがあるのか!」

「あんたこそ、桂さんの後ろを金魚のフンのようにくっついて廻って、おこぼれにあずかっとるだけやないか!それで一人前の男と言えるか!」



意外なことに琴を救ったのは、例の「女形(おやま)」だった。

いきなり立ち上がると、ズカズカと三人に歩み寄り、杉山と松井が呆気あっけに取られているのを余所よそに、琴の手首をつかんだ。

「俺はこの女が気に入った、今日からお前は俺の女だ」

「え?」

琴は目を丸くして、女形おやまに手を引かれるまま立ち上がった。

「なんだと!」

はからずも、杉山と松井がそろって声を荒げた。

女形おやま間近まぢかに引き寄せた琴の眼を見つめたまま、

「聞こえなかったか?勝手にこの女を口説くどくことは許さん」

その端麗たんれい容姿ようしに似つかわしくない、きびしい口調で二人に命じた。


「楠、きさま、痛い目に会いたくなければ引っ込んでろ!」

杉山が刀に手を伸ばす。

「おもしろい。俺はこれまでに二人斬った。三人目は毛唐けとうどもと決めていたが、一つ二つ順番がズレるかもしれんな」

女形おやま」の名は楠小十郎、地元じもと京の浪士で、破約攘夷(はやくじょうい)という強硬論きょうこうろんに同調して長州と手を組んでいた。


難儀なんぎどすなあ。明里ゆうたら、アラクタから引くて数多あまたどすがな。うち、凛気りんきしてまうわ」

桜木が冗談めかしてその場を収めようとしたが、喧嘩けんかはますますヒートアップするばかりである。

「新参者が生意気な口をたたくな!」

「桂さんに気に入られているからって、いい気になるなよ!」


楠は挑みかかるように二人へ詰め寄り、

「…いいか?俺に命令するな。攘夷じょういこころざしを同じくすると信じて同志に加わったが、俺はお前たちの部下じゃない」

そうすごみ、鋭い眼光で二人を黙らせた。


女のような顔をしているが、おそらくは相当の手練てだれなのだろう。

みなから一目置いちもくおかれている様子がうかがえる。

しかし、

「新入り、そんなハッタリで我々がひるむとでも思ったか」

関係ないはずの山縣やまがたはしをおいて、楠をめあげた。

彼は根っからの武人ぶじんで、武士の対面をけがされることを何より嫌った。


こうなると、もはや収拾しゅうしゅうがつきそうにない。


そのとき、

山縣やまがたくん、こんなところ無粋ぶすいはよさないか」

身なりのいい若い侍が座敷に入ってきて、山縣やまがたの肩を軽く叩き、すっと上座かみざについた。

「桂先生」

山縣やまがたは、直立不動の姿勢を取った。


それは、琴が紀伊国屋きのくにやで見かけた、もう一人の男に間違いなかった。


「遅れてすまない」

なにか、この場にそぐわないほど、柔らかく心地のいい声だ。


琴は、男をあらためてしげしげと眺めた。

桂小五郎。

まだ若く、書生然しょせいぜんとした端正たんせいな顔立ちといい、上品な物腰ものごしといい、

とても長州の過激な志士たちを、取りまとめている風には見えない。

しかし、

「桂という人物は、その物静かなたたずまいからは想像もつかない剣豪けんごうだ」

そんなことを言っていたのは、近藤勇だったか、山南敬介だったか。


天然理心流試衛館てんねんりしんりゅうしえいかんは、桂が塾頭じゅくとうを務めていた練兵館道場れんぺいかんどうじょうから、江戸城の外堀そとぼりへだててわずか四半刻しはんときに満たない距離にあって、まだ山南敬介らが江戸にいた頃は互いに交流があった

試衛館に他流試合たりゅうじあいの申し出があった時などは、近藤が錬兵館に助っ人を頼んだことさえあるくらいだ。

それが、今や京で敵味方てきみかたに分かれて争っているのだから、運命というものの不思議を感じずにはいられない。


「寺島、どうにも、風当たりが強くていかんな」

桂がボソリとささやいた。

「これは、気のつかんことで。堪忍かんにんどす」

耳ざとい女中が窓を閉めようとするのを、桂は手で制した。

「いや、いいんだ」

どうやら、あん馬関海峡封鎖(ばかんかいきょうふうさ)後の長州の政治的立場をなげいたらしい。


「話の腰を折ってしまったかな。仕切りなおそう」

その一言ひとことで、みな大人おとなしく腰を下ろす。

桂は、あっという間に騒動そうどうを収めてしまった。


しかし、楠はそのまま琴の手を引っ張って、自分の席まで連れて行ってしまった。

「明里とやら、おまえはここに座れ」

末席まっせきに座らされた男がいきなり天神をはべらせるなど、礼儀れいぎを欠いた態度だ。

これには、杉山、松井ばかりでなく、志士たち全員が楠をにらみつけたが、桂の手前、口に出して非難する者はいない。


「ありがとうございます」

ひょっとして、助けてくれたのだろうか?

そう思った琴は、一応礼を述べたが、楠は押し黙ったまま返事もしない。


桂のさかずきが満たされたところで、

長州藩士たちは、金毘羅船船こんぴらふねふねというお座敷遊びを始めた。

反射神経を競うゲームで、負ければさかずきを飲み干さなければならない。


♪金毘羅船々(こんぴらふねふね)

追風おいてに帆かけて

シュラシュシュシュ

まわれば 四国は

讃州さんしゅう

那珂の郡(なかのごおり)

象頭山ぞうずさん

金毘羅大権現こんぴら だいごんげん

一度まわれば


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