表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
332/404

南堀江の兄弟 其之壱

文久三年六月一日。

米軍艦べいぐんかんワイオミングが、下関を急襲きゅうしゅうした、その同じ日の夜。


大坂、南堀江。

六つ半(7:00pm)。


阿部慎蔵は、槍術そうじゅつの師、谷万太郎のボロ道場を訪ねた。

石塚岩雄との交渉で無茶な返済計画を押し付けられた手前、この道場の資金繰りについて、わずかでも返済の目処めどがついているのか「一応」「念のため」「無駄だとは思うが」確認する必要があったからである。


「こんちは~!」


玄関から声を掛け、しばらく待ったが返事がない。

勝手に上がり込むと、相変わらず閑散かんさんとした薄暗うすぐらい道場の奥、畳敷たたみじきの一画いっかくに、三つの人影が見えた。

三人は輪になって座っていて、阿部はその顔を確かめようと、藪睨やぶにらみで、ソロソロ近づいて行った。


「なんだ、今日は兄弟きりかよ。とうとう最後の弟子にも愛想あいそつかされたか」

阿部は、気が抜けたように肩を落とした。

そこに居たのは、道場主の谷万太郎と、その兄三十郎、そして弟の千三郎だった。


「アホ、もう夜やけ、みんな帰りよったんじゃ」

万太郎が、あいかわらずノホホンとした調子で、阿部の皮肉を受け流した。


「おい、兄上の弟子。口のき方に気をつけろ」

不遜ふそんに言い放ったのは、生意気なまいきそうな小太りの少年で、末弟の千三郎だった。

まだ元服げんぷくして間もない15歳である。


「このマセガキが、俺はてめえの弟子じゃねえぞ。てめえこそ、口のき方に気をつけやがれ!」

阿部はしかりつけたが、千三郎はとりまして、

短気たんきな奴だ。いいからここに来て座れ」

かたわらのたたみをポンポンとたたいた。

「ちぇ、ガキ相手にカッカしてもしょうがねえ。なんだ?道場をたたむ相談か?」


阿部が胡坐あぐらをかき、にくまれぐちたたくと、千三郎は、まるで年下の子供に言って聞かせるように目を閉じて腕を組んだ。

小笠原長行おがさわら ながみち様が、物々(モノモノ)しい軍勢をともなって上方かみがたに上陸したのだ」

「なんだ、めずらしくもねえ。今日は町中、そのうわさで持ち切りだぜ」


この日の夕方、江戸幕府の老中ろうじゅう小笠原長行おがさわら ながみちの指揮する蒸気船幡龍(ばんりゅう)が、朝陽ちょうよう鯉魚門らいもん二隻にせきを引き連れ天保山てんぽうざんに着岸し、船倉せんそうから大量の武装した兵士をき出すと、みなとは一時騒然(そうぜん)となった。

軍勢はそのまま淀川沿いに、大坂城をかすめ、枚方ひらかた方面へ向かったから、市中しちゅうの大勢の人々が行列を目撃することになり、夜には大坂中で知らぬ者はなかった。


「いよいよ世情せじょうさわがしくなってきたからな。これから三十郎兄さまが、おまえのようなアホにも分かるように世の趨勢すうせいいてくださる」

長兄ちょうけい三十郎が、阿部に向かって、無言のままエラそうにうなずいて見せた。


この兄にして、この弟ありである。

門下生もんかせいだった頃から、この兄弟の態度は、いちいち阿部の神経を逆なでした。


「阿部、つつしんで拝聴はいちょうしたまえ。お前にどこまで理解できるかは分からんが」

相変わらず見下みくだした態度の千三郎に、阿部もとうとうごうを煮やして、

「あーハラたつ!」

と、握りしめたこぶしふしを、グリグリこめかみに押し付けた。

「イタイイタイイタイイタイ!分かった分かった分かった!分かったから!謝るから!」

「しばらく見ねえうちに随分ずいぶんヒネこびた育ち方しやがって。大人に対する礼儀れいぎってもんをしつけてやる。感謝しろよ」

鼻息も荒く、手を離すと、千三郎はこめかみのあたりをさすりながら、うらみがましく阿部をにらみつけた。

「やれやれ……冗談の通じないヤツだ」


「さて」

まったく反省の色が見えない千三郎を他所よそに、長兄の三十郎が、例のごとく知ったかぶって時世じせいを語り始めた。

「弟の言う通り、時はまさに乱世らんせ。先日、下関で長州軍がアメリカ、イギリス、フランスを相手に大砲をぶっおあなし、戦端せんたんを開いたばかりだというのに、一方では、くだんの老中殿が、生麦なまむぎ(事件)の非を認める形で、イギリスに弁済金べんさいきんを支払う始末しまつだ」

「このままでは、我が国は二枚舌外交にまいじたがいこうそしりをまぬがれませんな」

千三郎が、調子よく(あい)の手を入れる。

「そのとーり。ご公儀こうぎと、朝廷にひもづく攘夷派じょういは雄藩ゆうはん、今となってはおたがい引くに引けない立場に追い込まれ、老中殿の出方でかたによっては、一触即発いっしょくそくはつの事態におちいりかねん」

おそらく、新町のくるわ辺りで仕入れてきた知識だろうか。


しかし、事実(くだん)老中ろうじゅう小笠原長行おがさわら ながみちは、開国策かいこくさくこそ「富国利民ふこくりみんの道」というのが一貫いっかんした持論じろんで、今回、みかどへの謝罪しゃざいという表向きの用件とは別に、開国派に寝返った(と疑われる)姉小路公知あねこうじきんともとの密議みつぎ画策かくさくしていたといううわさも、まことしやかにささやかれている。

これについては姉小路あねこうじ謀殺ぼうさつにより、真偽しんぎさだかならぬまま立ち消えとなったものの、

「武力にうったえて、将軍家茂(いえもち)公を江戸に連れ帰るつもりではないか」

などという物騒ぶっそう憶測おくそく依然いぜん飛び交っており、このまま彼の軍勢ぐんぜいが京にのぼれば、ただで済むはずがなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ