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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
328/404

後始末の方法 其之弐

「昨日面白いものを見ましたよ。東町奉行を通りかかると、裏木戸(うらきど)から浪士組の幹部沖田と斎藤が出てきたんです。妙なところで見かけるものだと思っていたら、間もなく、奉行所は(はち)の巣をつついたような大騒ぎだ。門番に何事かと問えば、長州の傀儡かいらい綾小路公知あねこうじきんともを殺した薩摩藩士が自害じがいしたとか。しかし、出来すぎた話だと思いませんか」

平石はあてつけるように笑ってみせたが、平間は話の内容に気を取られて気づいていない。

「あの二人が口封くちふうじのために、田中新兵衛を殺した?」


「たぶんね。薩摩は例の寺田屋騒動からこっち、公武合体を標榜(ひょうぼう)して会津に接近している。今の(ぞく)は左利きだったから斎藤の方でしょう。彼がおそって来た事実それ自体が、何より私の身の(あかし)になりませんか?」


新見は口のはしを吊り上げて(うなず)いたが、その眼はあやしい光を宿していた。

「なるほど…しかし一つ引っかかる。貴方(あなた)はなぜそこに居合わせたんです?」

「それは…」

言い終える間もなく、

新見は抜き打ちに平石を斬り捨てた。


さすがに神道無念流免許皆伝(しんとうむねんりゅうめんきょかいでん)の達人で、実践経験もある。

おそらく、平石は斬られたことに気づくと同時に絶命していた。


「どういうつもりだ!」

平間重助は目の前で起こった惨劇さんげき唖然(あぜん)として、新見の両肩をつかんだ。


「聞いただろ?こいつが今の話を吹聴(ふいちょう)すれば、芹沢さんにもるいが及ぶ。そうなれば宮中の演武場(えんぶじょう)の計画も台無しだ」

新見は、点々と返り血を浴びた顔で振り返った。

「それは、口止めすれば済んだことじゃないのか?」

「かもしれん。だが、この死体がどの程度信用の置ける人物だったのか、いまだ確信は持てないからな。死人に口なし、この方法が一番手間もはぶけるじゃないか」

「し、しかし、吉成様には、どう説明するつもりだ」

「なに、心配には及ばん」

平間は、「どういう意味だ?」と目を細めた。

「会津にも長州にも敵は多い。どこの誰とも知れん浪人に、いきなり道端みちばたで斬りつけられるなど、昨今さっこんよくある話さ。ただ、これが結果的に奴ら(試衛館一派)のケツ拭きになってしまったのは面白くないがな」

「いいのか?馬関の件は?」

「こいつに付いていく計画が白紙になったのは残念だが、ま、気長に待つさ。どのみち半月もすれば下関に向かうことになるんだ。帰ってくる頃にはほとぼりも冷めているだろう」

そう言って、新見は口元に人差し指を立てた。

「だから平間さん、この件は、芹沢さんや吉成さんには内密ないみつに願う」

平間は渋い表情でしばらく考えたのち、意を結したようにうなずいた。

「まったく…しかし、やってしまったことは仕方があるまい。貴方あなたは一刻も早くこの場から離れてくれ。長州藩士、立石何某(たていしなにがし)は顔を隠した浪士に斬られた。番所には私からそう届け出ておく」



新見錦の動きと前後して下関で起きたことを説明するために、時間を少し先に進めて彼の足跡そくせきを追おうと思う。



新見が随行ずいこうした正親町公董おおぎまち きんただ攘夷監察使じょういかんさつし一行は、萩で長州藩主、毛利敬親もうりたかちか謁見えっけんし、攘夷実行嘉賞じょういじっこうかしょう勅諚ちょくじょうを手渡すと、海路を取るため三田尻に向かったが、新見は無断で隊から抜け出し、そのまま下関まで足を延ばした。

理由はもちろん、下関海戦の情報収集のためである。



新見が下関港の近くにある前田という小さな漁村を訪れたのは、すべてが終わった後だった。


櫛崎くしざきの城下町で戦闘のあった場所を尋ね、

海岸沿いに歩いて、浜辺からゆるやかな勾配こうばいを上っていくと、

無残に破壊された砲台と焼けこげげた家々の柱を残し、

辺りはすべて灰と化していた。

硝煙しょうえんと木の焦げた匂いが、まだうっすらと漂っている。

道端みちばたに転がっていたかぶとには、銃弾の貫通した跡があった。

持ち主のむくろは、すでに葬られたのか、そこにはなかった。


新見は海岸線を振り返り、力なくつぶやいた。

「…そんな…あそこから撃った砲弾たまが、この村を焼いたというのか…?」


この惨状さんじょうを見れば、日本と列強国、その圧倒的な軍事力の差は歴然としていた。


「こがあなもんは、せいがない(意味のない)いくさじゃないかいね」

背後からしわがれた声がして、新見は初めて瓦礫がれきの中にペタリと座り込んだ老人の姿に気づいた。

老人のそばには、焼けげた子供の遺体が横たわっている。

「…あんた、この村の漁師か」

新見は老人にたずねた。

「ああ。一部始終を見ちょった。毛利の大砲じゃあ、とてもあそこまでたわん(届かない)けえ、お台場がえるんはあっという間じゃったいね。へたら、紅毛人こうもうじんどもが、浜に上がって来よった。このザマを見ない。奴らぁ、そこたらじゅう火をかけて回りよったんじゃ」


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