後始末の方法 其之弐
「昨日面白いものを見ましたよ。東町奉行を通りかかると、裏木戸から浪士組の幹部沖田と斎藤が出てきたんです。妙なところで見かけるものだと思っていたら、間もなく、奉行所は蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。門番に何事かと問えば、長州の傀儡綾小路公知を殺した薩摩藩士が自害したとか。しかし、出来すぎた話だと思いませんか」
平石はあてつけるように笑ってみせたが、平間は話の内容に気を取られて気づいていない。
「あの二人が口封じのために、田中新兵衛を殺した?」
「たぶんね。薩摩は例の寺田屋騒動からこっち、公武合体を標榜して会津に接近している。今の賊は左利きだったから斎藤の方でしょう。彼が襲って来た事実それ自体が、何より私の身の証になりませんか?」
新見は口の端を吊り上げて頷いたが、その眼は妖しい光を宿していた。
「なるほど…しかし一つ引っかかる。貴方はなぜそこに居合わせたんです?」
「それは…」
言い終える間もなく、
新見は抜き打ちに平石を斬り捨てた。
さすがに神道無念流免許皆伝の達人で、実践経験もある。
おそらく、平石は斬られたことに気づくと同時に絶命していた。
「どういうつもりだ!」
平間重助は目の前で起こった惨劇に唖然として、新見の両肩をつかんだ。
「聞いただろ?こいつが今の話を吹聴すれば、芹沢さんにも類が及ぶ。そうなれば宮中の演武場の計画も台無しだ」
新見は、点々と返り血を浴びた顔で振り返った。
「それは、口止めすれば済んだことじゃないのか?」
「かもしれん。だが、この死体がどの程度信用の置ける人物だったのか、いまだ確信は持てないからな。死人に口なし、この方法が一番手間も省けるじゃないか」
「し、しかし、吉成様には、どう説明するつもりだ」
「なに、心配には及ばん」
平間は、「どういう意味だ?」と目を細めた。
「会津にも長州にも敵は多い。どこの誰とも知れん浪人に、いきなり道端で斬りつけられるなど、昨今よくある話さ。ただ、これが結果的に奴ら(試衛館一派)のケツ拭きになってしまったのは面白くないがな」
「いいのか?馬関の件は?」
「こいつに付いていく計画が白紙になったのは残念だが、ま、気長に待つさ。どのみち半月もすれば下関に向かうことになるんだ。帰ってくる頃にはほとぼりも冷めているだろう」
そう言って、新見は口元に人差し指を立てた。
「だから平間さん、この件は、芹沢さんや吉成さんには内密に願う」
平間は渋い表情でしばらく考えたのち、意を結したように頷いた。
「まったく…しかし、やってしまったことは仕方があるまい。貴方は一刻も早くこの場から離れてくれ。長州藩士、立石何某は顔を隠した浪士に斬られた。番所には私からそう届け出ておく」
新見錦の動きと前後して下関で起きたことを説明するために、時間を少し先に進めて彼の足跡を追おうと思う。
新見が随行した正親町公董ら攘夷監察使一行は、萩で長州藩主、毛利敬親に謁見し、攘夷実行嘉賞の勅諚を手渡すと、海路を取るため三田尻に向かったが、新見は無断で隊から抜け出し、そのまま下関まで足を延ばした。
理由はもちろん、下関海戦の情報収集のためである。
新見が下関港の近くにある前田という小さな漁村を訪れたのは、すべてが終わった後だった。
櫛崎の城下町で戦闘のあった場所を尋ね、
海岸沿いに歩いて、浜辺から緩やかな勾配を上っていくと、
無残に破壊された砲台と焼け焦げた家々の柱を残し、
辺りはすべて灰と化していた。
硝煙と木の焦げた匂いが、まだうっすらと漂っている。
道端に転がっていた兜には、銃弾の貫通した跡があった。
持ち主の躯は、すでに葬られたのか、そこにはなかった。
新見は海岸線を振り返り、力なく呟いた。
「…そんな…あそこから撃った砲弾が、この村を焼いたというのか…?」
この惨状を見れば、日本と列強国、その圧倒的な軍事力の差は歴然としていた。
「こがあなもんは、せいがない(意味のない)戦じゃないかいね」
背後からしわがれた声がして、新見は初めて瓦礫の中にペタリと座り込んだ老人の姿に気づいた。
老人の傍には、焼け焦げた子供の遺体が横たわっている。
「…あんた、この村の漁師か」
新見は老人に訊ねた。
「ああ。一部始終を見ちょった。毛利の大砲じゃあ、とてもあそこまでたわん(届かない)けえ、お台場が崩えるんはあっという間じゃったいね。へたら、紅毛人どもが、浜に上がって来よった。このザマを見ない。奴らぁ、そこたらじゅう火をかけて回りよったんじゃ」




