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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
321/404

Dirty Work Pt.4

斎藤が副長の二人を見渡す。

「屋敷の見取り図を見せてくれ」

「ああ。用意してある」

山南は借り受けた奉行所の絵図面を手早く広げた。

陽光の差し込む廊下を背にした山南は、眼だけが光って見える。

「時間がないから手短に説明する。余計な場所に足を踏み入れれば奉行所の連中と鉢合はちあわせすることになるから、よく頭に入れてくれ」

最初に釘をさすと、絵図面を指でなぞりながら、侵入ルートの説明を始めた。

「まず、この裏門から入り、ここ、用人ようにん部屋の並ぶこの廊下を抜ける。米搗こめつき部屋と女中部屋の間、ここを右に。細い廊下を通れば、奥門に出る」

云わば、奉行所のバックヤードである。

沖田は身を乗り出してうなずいた。

「ふむふむ」

「それからこの台所を抜け、勝手用人の詰所つめしょの前を通り過ぎる。ここから先は奉行所の中枢ちゅうすうだ。侍の詰所つめしょを横切る必要があるが、この時間なら人はいないだろう。隣の鉄砲部屋を通れば、調べのに通じる回廊に出られる。が、問題はここだ。この回廊は白洲しらすや広間にも通じていて、最も役人たちと顔を合わせる危険が大きい。左手の三つ目が調べの間なので、わずかな距離だが、くれぐれも最後まで気を抜くな…」

「承知した」

斎藤は絵図面を凝視しながら短く応えた。

「以上だ」

山南は言い終えると、何か補足することはないかと土方を振り返る。

土方は沖田と斎藤の総髪をしげしげ眺めていた。

「その頭は今さらどうしようもねえが、もうちっとキレイに結い上げろ。お前らの小汚こぎたねえナリじゃ、いかにも浪士でございって感じで目を引きすぎる。俺と近藤さんの羽織を貸してやるから着ていけ。使用人や女中には、出入りの公事人くじにん(訴訟関係者)くらいには見えんだろ」

沖田は斎藤にチラリと目配せして笑った。

「小汚いって、失礼しちゃうよねえ?」


山南敬介は絵図面を折りたたみながら、険しい顔で言い訳をした。

「気乗りしないだろうが、誰でもいいという訳にいかなくてね」


と、その時。


「土方さん!」

永倉新八が、怒鳴りながら部屋に乗り込んできた。

永倉は、土方と差し向かいに座る沖田を見て一瞬躊躇(ちゅうちょ)したものの、

再び土方に向き直ると

「どういうつもりだ!」

と詰め寄った。

「あんたら、総司までこんな仕事に巻き込む気か!」

沖田はまだ若く、斎藤のように斬り合いに慣れているわけでもない。

真剣の立ち合いにおいて、彼が後れを取るとは思わなかったが、永倉の気がかりは、むしろその後の訪れる心の闇との葛藤だった。

沖田の、澄んだ水のような心は、果たしてそれに耐えられるだろうか。


「相手はあの人斬り新兵衛だ。お前が断るなら、こいつに頼むしかあるまい?」

土方は冷めたい笑みを浮かべて答えた。


永倉は言葉に詰まったが、やがて絞り出すような声でつぶやいた。

「……わ~かったよう、降参だ。おれが行く」

「なに?」

土方はまゆをひそめ、問い返した。

「このおれが、人斬り新兵衛をるつったんだよ!」


沖田が二人の間に割って入った。

「まってください!永倉さんは、理由わけがあってこの仕事を断ったんでしょう?」

「うるせ!おまえはこの件に手を出すな」

しかし、沖田は激しい拒絶の意思を示した。

「もう子供扱いはたくさんだ!今さら、お役目をゆずる気はありませんよ。それにわたしは…」

すでに手を汚している…。

そう言いかけて、思い止まり、

挑みかかるように永倉の眼を見つめた。

「…わたしだって、いつまでも二番手に甘んじるつもりはないんだ」


永倉はその挑戦的な視線を正面から受け止めた。

が、すぐにいつもの表情に戻って、沖田の頭をでた。

「買いかぶんなよぉ…おれは、いつだってお前に先鋒せんぽうを譲ってばかりなんだぜ?」


事実、のちの部隊編成においても、沖田は常に一番隊を率いている。


しかし…。

「それはわたしが試衛館の生え抜きだからでしょ。これでも身のほどわきまえてますよ」

沖田は荒々しくその手を跳ねのけた。

「おやおや、意外と気にしちゃってたのね」

話をはぐらかす永倉の肩越しに、沖田は座敷の斎藤をのぞき込んだ。


「行こう、斎藤さん」


斎藤は無言で立ち上がり、沖田に続いた。

そして、成すすべもなく立ち尽くす永倉の脇を通りすぎるとき、

「…ありがとう」

小さな声で、そう伝えた。



永倉はしばらくの間、沖田と斎藤が去っていった廊下をみつめていた。

そして、二人の姿が見えなくなると同時に、廊下の羽目板はめいたに毒づいた。

「クソっ!」


「…これも、すべてあんたの計算通りか?」

永倉は怒りに燃えた目で土方を振り返った。

「総司だって、いつまでも道場剣法という訳にはいくまい。だろ?お前と原田、斎藤、ここに総司が加われば、もはや近藤さんはこの京で、いや、この国で最強の部隊を率いることになるんだ。俺たちにかなう敵なんざいねえ」

その言葉に複雑な感情が入り混じっているのを、永倉も感じ取った。

「…本当にそれでいいのか?あんたも。山南さんも。それから、近藤さんも」

永倉は珍しく神妙な面持ちで、斎藤一とまったく同じ問いを投げた。

「…聞くまでもなかろう」

土方歳三は吐き捨てるように答え、

山南敬介は目を閉じたまま、ただ無言で頷いてみせた。


永倉は土方の決意を確かめるように、その眼の奥をじっと覗き込んだ

「…いいだろう。万が一、あの二人が仕損じるようなことがあれば、おれがケリをつけてやる」


「それを聞いて安心したよ」


「だが、前に言ったよな?あんたを斬るかどうかは、これからのあんた次第だと。あれは冗談じゃないぜ。忘れるな」


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