Dirty Work Pt.1
「おつかれさんどす」
八木家の主、八木源之丞は、疲れた顔をして屯所に帰ってきた近藤勇たちに声を掛けた。
なにせ、夜半の捕り物から帰ってきて、すぐ公用方からの呼び出しである。
昨日からほとんど寝ていないはずだ。
しかし近藤は、何事か考えに耽っていて、源之丞にも気づかず前を素通りしていった。
お供の山南敬介と土方歳三が、詫びるように会釈を返し、近藤の後に続いて門をくぐる。
近藤は、まっすぐ離れに向かうと、出迎えた島田魁に早速指示を出した。
「島田さん、永倉と斎藤を俺の部屋に呼んでくれ。目立たないようにな。それから貴方にも同席してほしい」
その固い表情を見て、島田はすぐに、よほど危険で、しかも内密な用件だろうと察した。
「ええ。分かりました」
なぜなら、名前の挙がった二人は隊内屈指の剣客であり、近藤にとっては道場時代からの身内である。
島田が前川邸にある近藤の個室に、副長助勤の永倉新八、斎藤一を連れてくると、
そこにはすでに副長の山南敬介と土方歳三が待っていた。
「こんな時に、呼びつけてすまないな」
近藤は、まず三人に詫びを入れた。
明け方までの隊務を終えた後とあって、今日はこの部屋にいる皆が一様に疲れた顔をしている。
「ど~おいたしまして」
永倉が皮肉交じりにおどけて見せる。
皆が腰を落ち着けると同時に、山南が早速話を切り出した。
「まず島田さん。田中新兵衛について分かったことを皆に話してくれませんか」
この中では新参と言える島田は、かしこまって報告を始めた。
「は。申し訳ありませんが、たいして有用な情報はありません。というのも、田中というのは藩士になってからまだ日も浅い下級武士で、元は薬屋の倅です」
「薬屋か。歳、他人事じゃねえな?」
近藤が土方の方をチラリと見て揶揄った。
「ぬかせ」
嫌な顔をする土方を見て、島田は思わず噴き出してしまった。
こういう時の二人は、まるで仲の良い悪ガキだ。
土方に睨まれた島田は、少しきまりが悪そうに取り繕った。
「いや、失礼。藩士と言っても、彼は陪臣身分で、どうやら汚れ仕事を専門に任されていたらしいです」
まったく洒落にもならない。
新兵衛の境遇をわが身に重ねた近藤は、自嘲気味に笑った。
「ふ、ご多聞に漏れず、分相応のお役目を与えられたというわけか」
「ええ。ですから、お話しできるような彼の来歴は、ほぼ全て上京してからのものです」
しかし、
越後の志士、本間誠一郎。
九条家の青侍、島田左近。
京都奉行所の四与力。
渡辺金三郎、上田助之丞、大河原重蔵、森孫六。
千種家家臣、賀川肇。
そして、公卿、姉小路公知。
少なくとも、新兵衛が関わったとされる「天誅」の被害者たちの名前を並べて見れば、
それは驚くべき数に上った。
「わずか二年足らずの間に、斬りも斬ったりと言うべきかな」
斎藤がボソリと感想を漏らし、
「人斬り新兵衛とは、よく言ったものだ」
山南も、それに同意した。
島田は背筋を伸ばして、さらに付け加えた。
「それからもう一つ。信憑性のありそうな噂としては、彼奴が土佐の武市半平太と懇意だったという話もあります」
土方と山南は眼を見合わせた。
それでは今、蔵に閉じ込めている土佐浪士、豊永伊佐馬の話と矛盾するではないか。
「あの土佐者は姉小路と武市が親密だったと言ってたぞ。だとしたら、なぜ新兵衛が姉小路を襲う?」
「さあ…武市はある時期、京を留守にしていた。その間に、なにかの行き違いがあったのかもしれない」
二人の疑問に、近藤は、もっともシンプルな答えを提示した。
「あるいはただ、姉小路卿の翻意が、武市半平太の知るところとなった。それだけの事かも知れん」
「…そんなことがあり得るだろうか?会津の上層部ですらハッキリしたことは分からないというのに…」
険しい表情で反駁する山南を、土方も自説で後押しした。
「それに、いくら武市でも、裏切りを確かめもせずに親しい人間を殺すかね?」
幹部三人は、考えに行き詰って黙り込んだ。
永倉はしばらく三人の顔を眺めてから、先を促した。
「…さっさと本題に入んなよ。ま、あんた方の陰気なツラを見てりゃあ、どういった類の相談か、だいたいの察しはつくがな」
「そいつは話が早い。ま、今さら取り繕っても仕方ねえしな。単刀直入に話すぜ?」
土方は切り替えて、公用方広沢富次郎との密議の一部始終を語った。
聞き終えた永倉は、片目をつぶって鼻毛を抜き、彼なりの不服を表明した。
「奴ら、とうとう恥も外聞もなく、浪士組に始末を頼んできやがったか。だが、こういう荒事は、むしろ芹沢さんの得意分野じゃねえのか?」
土方は小バカにしたように、鼻を鳴らした。
「ここんとこ、芹沢さんはお上の評判がすこぶる悪くてな。近藤さんにお鉢が回ってきた」
「そいつは目出度えが…気乗りしねえな。田中は嵌められたんだよ。敵からだけじゃねえ、味方からもな」
眼を閉じて話を聞いていた斎藤が片眼を開けた。
「田中河内介の時と同じやり方だ」
土方が胡坐の上に頬杖をつく。
「何処のどいつだ?その田中ナントカつー奴は」
「一年ほど前、島津の都合で口封じに殺された、そういう名の青侍がいた。例の寺田屋騒動のあとだ。だがこんなのは、ただの一例に過ぎん。都合の悪い真実は闇から闇へ。それが世の習いだろう?」
近藤は、それを聞いて、何ともやりきれない気分にさせられた。
「なるほどな。だから、自刃させるのは、せめてもの情けという訳か…」
「クックック…アハハ、ア~ハハハハ!イヒヒヒヒ!」
永倉が突然狂ったように笑いはじめ、皆をギョッとさせた。
「大した理屈だなあ、おい。下っ端はいくらでも換えが効くから用済みは消せってことかい?あ~おっかねえ。政治屋なんて連中の考える事ぁ、俺たちよか、よほど物騒だぜ。宮中や二条城に巣食ってる奴らは、あらかた物の怪か妖怪変化の類いに違いねえ」
「…かもな」
近藤が渋い顔で応える
「気を付けな近藤さん。都の毒気に当てられたせいか、あんたも近頃は眼つきが怪しくなってきたぜ?」
軽口を叩く永倉の目は笑っていない。
「ちっ、よせよ」
近藤は思わず視線をそらした。




