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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
312/404

青蓮院の人斬り 其之参

近藤たちは屯所とんしょに戻るとすぐ、離れに隊士たちを集めた。

「姉小路卿の一件だが、下手人げしゅにんが割れたそうだ」

ここ数日、探索たんさくに追われていた隊士たちはどよめいた。

その声は驚きよりも先を越された悔しさがまさっている。

土方が淡々(たんたん)とその後を引き取った。

「てなわけで、本陣ほんじんより俺たちにも田中新兵衛捕縛(ほばく)下知げちがあった。急で申し訳ないが、出動だ」

永倉新八が、ほおさする。

「田中といやあ、島田左近を斬って天誅てんちゅう口火くちびを切った男だよな?」

松原忠司が勢いよく立ち上がってそでまくった。

「相手にとって不足あらへんやんけ!よっしゃ、いよいよ斬り込みじゃ。場所は?」

東洞院通蛸薬師入ひがしのとういんどおりたこやくしはいル、藤堂の上屋敷かみやしきのチョイ向うだ」


藤堂平助は、隊士たちが申し合わせたように自分を振り返ったのでイヤな顔をした。

「…なんだ?オレんじゃねえよ。しかし殺された姉小路公知は、言わば我々の敵方てきがただ。それを斬った田中新兵衛を捕縛ほばくするってぇのは…少々気が引けますね」

井上源三郎がまゆひそめた。

「こらこら、滅多めったなこと言うもんじゃない。何事にも建前たてまえってもんがあるんだからさ」

永倉が鋭い眼光がんこうでニヤリと笑った。

「奴はこれまで散々(さんざん)公武合体派こうぶがったいはを斬ってきた。なにも遠慮えんりょするこたねえさ」

皆が立ち上がるなか、沖田総司だけが混乱した様子で頭を抱えている。

「なにそれ、ワケわかんないよ。じゃあ、猿が辻の一件は同士討どうしうちってこと?」


と、そこへ夕餉ゆうげぜんを抱えた女中のゆうが、目をいて障子しょうじを開けた。

「えーっ!今から出かけんの?さかな焼けたとこやで!」

その言葉に、原田左之助が鋭く反応した。

「じゃあ、とっととメシを済ませちまおうぜ」

山南敬介が(原田にと言うより、祐に)申し訳なさそうに頭をく。

「…すみません。今からすぐに来いと…」

すると、ゆうの後ろから八木家の奥方のまさも姿を現し、困った顔でぜんを置いた。

「そうなん?…けど、今日は頂きもんの岩魚イワナと、こいの洗いどすえ?」

永倉は頭につけようとしていた鉢金はちがねを外した。

「…今日に限って、えらい頂いちゃってるじゃないですか」

「ご近所の南部はんが釣り道楽どうらくで、お裾分すそわけけどす。松原さんが来はってから、みなさんご近所の評判もよろしおすさかい」

松原は四つんいになって、雅の置いたぜんに鼻を突きつけ、匂いを吸い込んだ。

「なんやあ?つまりワシのおかげかい!お前ら、心して食えよ。うとくけど、これは貸しやからなあ」

幹部が増えるにつれて訓練も日々厳しさを増しており、近ごろは隊士たちの楽しみといえば食事だけのようなところがある。

しかし土方が松原の鼻先からそのぜんをヒョイとさらった。

「だから、ダメだつってんだろ!」

「ほんなら焼き魚だけでも。な、副長?な?ええやろ?」

松原があわれをもよおす声ですがるも、土方は取りあわない。

「ほらほらほら、さっさと用意しねえか!」

「なな、なんでやねん!殺生せっしょうや!」「だってさ、ほら!ぜん食わぬは男のハジって言うじゃん!」

松原と原田の猛抗議もうこうぎを、土方は一蹴いっしゅうした。

「何で?聞きたいか?田中は放っときゃ逃げちまうが、死んでる魚は何処どこにも行かねえからだよ!」

永倉は、もう一度鉢金(はちがね)を付けながら、恨めしげに土方を見つめた。

「…そりゃま、もっともだが、あんたホント、メチャメチャ性格悪いな。前から知ってたけど」

「そうかい、ありがとよ」

土方は、(うやうや)しくお辞儀じぎをしてみせた。


隊士たちより切り替えの早いゆうは、

「ほんなら、その人、捕まったら打首うちくびなん?」

と好奇心いっぱいの目で沖田の顔をのぞき込んだ。

「打ち…あのねえ、それ、年頃の娘が言う台詞せりふじゃないぜ?」

「そやけど、気になるやんか」

すでに支度したくを済ませた斎藤一が二人をジロリとにらんだ。

「曲がりなりにも、国事参政こくじさんせいを務める公卿くぎょうを殺したんだ。そこら辺が妥当だとうな線だろう?」

「ふうん……」

訳知わけしり顔でうなずくゆうに、何となく意地悪をしたくなった沖田が、鎖帷子くさりかたびらを放り投げた。

「いいから!ヒマならコレ着るの、手伝えよ」

「うわ、おもた!なにこれ!」


永倉が話をめるようにひざをパンと叩く。

「とにかく、こりゃ仕事おつとめだ。後のことまで、俺たちが気にするこたねえ」


土方は、事件について憶測おくそくを論じ合うのに忙しい隊士たちを無言で見渡すうち、近藤勇と目が合った。

「…なんだよ?」

「…いや別に。ただ、まだ何か言いたげじゃないか」

二人は、皆に聴こえないほどの小声でささやき合った。

「考えてたんだよ。こいつらに、もう少しの間、幸せな気分を味あわせてやるべきか」

近藤は、夕食のおあずけを食らった隊士たちに視線をめぐらせ、顔を(しか)めた。

「…あまり幸せそうには見えないが」

「この仕事が、外島機兵衛としまきへい随伴ずいはん、いや、ただの護衛ごえいに過ぎないと知りゃあ、今の方がまだ幸せだったって気づくさ」

「それは…言わぬが花だろうな…」

二人は目配めくばせを交わし、並んで部屋を出て行った。


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