青蓮院の人斬り 其之参
近藤たちは屯所に戻るとすぐ、離れに隊士たちを集めた。
「姉小路卿の一件だが、下手人が割れたそうだ」
ここ数日、探索に追われていた隊士たちはどよめいた。
その声は驚きよりも先を越された悔しさが勝っている。
土方が淡々とその後を引き取った。
「てなわけで、本陣より俺たちにも田中新兵衛捕縛の下知があった。急で申し訳ないが、出動だ」
永倉新八が、頬を擦る。
「田中といやあ、島田左近を斬って天誅の口火を切った男だよな?」
松原忠司が勢いよく立ち上がって袖を捲った。
「相手にとって不足あらへんやんけ!よっしゃ、いよいよ斬り込みじゃ。場所は?」
「東洞院通蛸薬師入ル、藤堂の上屋敷のチョイ向うだ」
藤堂平助は、隊士たちが申し合わせたように自分を振り返ったので嫌な顔をした。
「…なんだ?オレん家じゃねえよ。しかし殺された姉小路公知は、言わば我々の敵方だ。それを斬った田中新兵衛を捕縛するってぇのは…少々気が引けますね」
井上源三郎が眉を潜めた。
「こらこら、滅多なこと言うもんじゃない。何事にも建前ってもんがあるんだからさ」
永倉が鋭い眼光でニヤリと笑った。
「奴はこれまで散々公武合体派を斬ってきた。なにも遠慮するこたねえさ」
皆が立ち上がるなか、沖田総司だけが混乱した様子で頭を抱えている。
「なにそれ、ワケわかんないよ。じゃあ、猿が辻の一件は同士討ちってこと?」
と、そこへ夕餉の膳を抱えた女中の祐が、目を剥いて障子を開けた。
「えーっ!今から出かけんの?魚焼けたとこやで!」
その言葉に、原田左之助が鋭く反応した。
「じゃあ、とっととメシを済ませちまおうぜ」
山南敬介が(原田にと言うより、祐に)申し訳なさそうに頭を掻く。
「…すみません。今からすぐに来いと…」
すると、祐の後ろから八木家の奥方の雅も姿を現し、困った顔で膳を置いた。
「そうなん?…けど、今日は頂きもんの岩魚と、鯉の洗いどすえ?」
永倉は頭につけようとしていた鉢金を外した。
「…今日に限って、えらい頂いちゃってるじゃないですか」
「ご近所の南部はんが釣り道楽で、お裾分けどす。松原さんが来はってから、みなさんご近所の評判もよろしおすさかい」
松原は四つん這いになって、雅の置いた膳に鼻を突きつけ、匂いを吸い込んだ。
「なんやあ?つまりワシのおかげかい!お前ら、心して食えよ。言うとくけど、これは貸しやからなあ」
幹部が増えるにつれて訓練も日々厳しさを増しており、近ごろは隊士たちの楽しみといえば食事だけのようなところがある。
しかし土方が松原の鼻先からその膳をヒョイとさらった。
「だから、ダメだつってんだろ!」
「ほんなら焼き魚だけでも。な、副長?な?ええやろ?」
松原が憐れを催す声ですがるも、土方は取りあわない。
「ほらほらほら、さっさと用意しねえか!」
「なな、なんでやねん!殺生や!」「だってさ、ほら!据え膳食わぬは男の恥って言うじゃん!」
松原と原田の猛抗議を、土方は一蹴した。
「何で?聞きたいか?田中は放っときゃ逃げちまうが、死んでる魚は何処にも行かねえからだよ!」
永倉は、もう一度鉢金を付けながら、恨めしげに土方を見つめた。
「…そりゃま、もっともだが、あんたホント、メチャメチャ性格悪いな。前から知ってたけど」
「そうかい、ありがとよ」
土方は、恭しくお辞儀をしてみせた。
隊士たちより切り替えの早い祐は、
「ほんなら、その人、捕まったら打首なん?」
と好奇心いっぱいの目で沖田の顔を覗き込んだ。
「打ち…あのねえ、それ、年頃の娘が言う台詞じゃないぜ?」
「そやけど、気になるやんか」
すでに支度を済ませた斎藤一が二人をジロリと睨んだ。
「曲がりなりにも、国事参政を務める公卿を殺したんだ。そこら辺が妥当な線だろう?」
「ふうん……」
訳知り顔でうなずく祐に、何となく意地悪をしたくなった沖田が、鎖帷子を放り投げた。
「いいから!ヒマならコレ着るの、手伝えよ」
「うわ、重た!なにこれ!」
永倉が話を締めるように膝をパンと叩く。
「とにかく、こりゃ仕事だ。後のことまで、俺たちが気にするこたねえ」
土方は、事件について憶測を論じ合うのに忙しい隊士たちを無言で見渡すうち、近藤勇と目が合った。
「…なんだよ?」
「…いや別に。ただ、まだ何か言いたげじゃないか」
二人は、皆に聴こえないほどの小声で囁き合った。
「考えてたんだよ。こいつらに、もう少しの間、幸せな気分を味あわせてやるべきか」
近藤は、夕食のお預けを食らった隊士たちに視線を巡らせ、顔を顰めた。
「…あまり幸せそうには見えないが」
「この仕事が、外島機兵衛の随伴、いや、ただの護衛に過ぎないと知りゃあ、今の方がまだ幸せだったって気づくさ」
「それは…言わぬが花だろうな…」
二人は目配せを交わし、並んで部屋を出て行った。




