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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
305/404

KISS Pt.1

今や、四十人近くなった隊士たちが、八木家の庭にずらりと並んでいる。


「…そんなわけで、俺たちにも会津藩公用局(あいづはんこうようきょく)から下手人(げしゅにん)探索(たんさく)せよとの下知(げち)があった」

浪士組副長、土方歳三が、隊士たちを見渡し、右近衛権少将(うこのえごんしょうしょう)姉小路公知(あねこうじきんとも)卿殺害の件について黒谷本陣(くろたにほんじん)の意向を伝えた。

「近藤局長、芹沢局長、山南副長、そして俺と隊を四つに割って、明日から各方面を見廻みまわる…。組割りを伝えるからよく聞け…」


土方が隊士たちを割り振るのを眺めながら、近藤が山南の脇腹をつついた。

トシの奴、ずいぶん手回しがいいが、刀の産地は知れたんでしょうか?」

「実は副長助勤(ふくちょうじょきん)の尾形が物知りで、彼が言うには、忠重ただしげはやはり薩摩の刀工(とうこう)だそうです」

「では、薩摩の周辺を探るということか…」

「ええ。薩摩の京屋敷は、錦小路東洞院(にしきこうじひがしのとういん)伏見下板橋通(ふしみしもいたばしどおり)、それから相国寺(しょうこくじ)門前の二本松屋敷があります。我々は手分けしてその近辺を虱潰しらみつぶしに当たって、芹沢さんは…まあ、遊軍ゆうぐんという形で好きに動いてもらうつもりです」

さすがに芹沢の扱い方も心得(こころえ)たもので、山南、土方のマネジメントには即興にも関わらず無駄(むだ)がなかった。


「…最後に、河合耆三郎と馬詰柳太郎、お前たちは俺の隊だ。次に敵とツラを突き合わせた時は躊躇(ちゅうちょ)せず斬れ。例え逃げて命を(ひろ)ったとしても、その時は俺がお前たちを斬ると思え。何処にいようと、必ず見つけ出してな」

土方はそう告げて会合を締めた。

「それでは、解散とする」


つい先日失態(しったい)を犯して土方から最後通牒(さいごつうちょう)を突きつけられた河合耆三郎と馬詰柳太郎は、立ち直る間もなく出動命令が下され、しかもそれが土方同行だと知って、すっかり萎縮いしゅくしていた。


「ああ、もうダメダ…」

気の弱い河合はヘナヘナと地べたに座り込み、柳太郎の方は、この世の終わりのような顔をして(ひざ)をついている。

「河合さんは、大失態を犯した訳じゃないんですから大丈夫ですよ。けどわたしは…」


副長助勤の原田左之助が二人に(かつ)を入れた。

「お前ら、何時いつまでそんなとこにヘタり込んでるんだ!やっとそれらしいお役目が回って来たんだぜ?気合い入れろ!」


「けど、原田先生。これ以上会津中将(あいづちゅうじょう)の顔にどろを塗るようなことがあれば、わたしは死んで()びねばなりません。しかし情けない話、その覚悟すら、まだ出来ていない有り様です…」

「首を斬られるのに覚悟は必要ない」

原田は気楽に笑ってみせた。

「けど、そうなれば、父や、世話になった人たちにも迷惑が…」

柳太郎は、まだ泣き言をやめない。

同じく副長助勤の永倉新八が、その襟首えりくびをつかんで、無理やり引きり立たせた。

「バーロー!浪士ってな、主君を持たず、何者にもしばられねえから浪士っつーんだ!いいか?覚えとけ。俺たちは、ただのお預かりの身だ。少なくとも仕官するまで、この命だけは俺ら自身のもんなんだよ!」

この時代に自由という概念(がいねん)はまだないが、永倉の言わんとしていることは、ほぼそれに近いと言っていいだろう。

「そうか…え?そうなんですか?」

二人がなにやら今一つ納得のいきかねる返事をしたところで、沖田総司がおずおずと永倉に歩み寄って来た。

「永倉さん、あの、言いにくいんですが、さっきからずっと頭に猫が載ってて、なあんか、その、説得力を損ねてるんですが」

永倉は()まりが悪そうに顔をしかめた。

「…ここんとこ庭に野良犬がウロついてんだろ?ずっと避難場所にされててよ」


そのあいだ、河合は自分なりに永倉の言葉を反芻(はんすう)しいていた。

「…わたしたち浪士も、野良犬みたいなモノだと?つまり、そういうことでしょうか?」

(ちが)うな。俺たちは、壬生狼、オオカミだろうが?」

「お、狼ですか…」

永倉の顔の後ろでクロの尻尾がピョコピョコ動いている。

有難ありがた渾名あだなとは言えねえが、だったら、ほこりだけは手放すなってんだよ。野良犬と狼の違いなんて、それだけだ。この上、飼い慣らされちまえば、あとはもう、な〜んも残んねえぞ?」

「は、はあ…」

二人は気のない返事をした。

沖田は何とか永倉の威厳を取り(つくろ)ってやろうと気を回して、猫に両手を広げた。

「クロ、永倉さんが何か良いこと言ってるっぽいから、こっちおいで」



彼らのやり取りを少し離れたところで眺めていた土方は、ため息をついた。

「永倉のヤツ、余計な入れ知恵を…ちっ」

舌打ちして、部屋に戻ろうとしたところへ、中村金吾が追いかけて来た

「副長、じゃ、さっき連れてきた土佐者も姉小路卿の一件に関わっている疑いがあるんですか?」

「いや、姉小路の件を俺たちの仕業(しわざ)だと思い込んでた。少なくとも奴は、俺たちの(さが)してる相手じゃねえ」


土方がそう思ったのも無理はなかった。

しかし、この豊永伊佐馬も、実行犯田中新兵衛らに暗殺の指示を出した土佐勤王党(とさきんのうとう)の一員だったのだ。

ではなぜ、豊永自身は姉小路が裏切ったという情報を知らなかったのか。

こうしたじれが生じたのには、複雑な事情があった。

豊永は、これまで土佐勤王党の幹部格(かんぶかく)である平井収二郎の下で周旋しゅうせん活動を行っていた。

しかし、土佐の前藩主山内容堂が断行した”土佐勤王党の(ごく)”で、その平井が国許くにもとに呼び戻されてしまったのである。

土方たちには知るすべもないが、土佐勤王党は急速に瓦解がかいを始めており、この豊永も、京における組織の指示系統から突然切り離され、永倉の言う「野良犬」のような立場におちいっていたのだった。


「お(きゅう)()える程度で十分だ。ちょっとばかり痛い目に合わせたら、おっぽり出して構わん」

土方は言い捨てて、沓脱石くつぬぎいしから離れの濡れ縁(ぬれえん)に足をかけた。

ちょうどその時、四畳間から縁側に出てきた浜松診療所の石井秩いしいいちとばったり顔を合せて、二人は黙礼もくれいを交わした。


「痛い目とは?」

中村金吾が追いすがってたずねる。

「利き手の指の二、三本も折っとけ」

中村はまるで自分が同じ目に合わされたように顔をしかめた。


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