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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
304/404

バラガキ 其之参

「おう!おまんら、ちくと待ちや」

あんじょう、互いの距離が一間いっけんほどに近づいた時、浪士は芹沢達の行く手に立ちはだかった。


小汚こぎたない会津のイヌめが。むくいを受けさせちゃる」

近藤と土方は、顔を見合わせた。

「…一体どういうことだ?」


「姉小路少将のかたきじゃ」


どうやら、その浪士は姉小路の暗殺を浪士組の仕業しわざだと思っているらしい。

近藤は小さくかぶりを振った。

「やれやれ、もううわさになってるのか」


「おいおい、小僧、俺にそんな口を聞いたら、切り捨てちゃうぞ?」

芹沢鴨が一歩前に踏み出すと、

その胸板むないたを押し戻して、土方が前に出た。

「ここは任してもらおう」


姉小路少将あねこうじしょうしょうと武市先生は、立場こそちがえ、勤王攘夷きんのうじょういこころざしを同じゅうされ、水魚すいぎょまじわりを結んじょられた!」

武市先生とは土佐勤王党の党首とうしゅ武市瑞山たけちずいざん半平太はんぺいた)のことに違いなかった。

確かに、姉小路と武市は朝廷内の政治工作を通じ、かなり近しい関係にあったと言える。


 故郷に かへるにしき袖乃上そでのうえに つつめや君が 深きめぐみ


武市が土佐に帰る時に、姉小路から贈られた歌である。

何やら気心きごころの知れた関係が伺える。


浪士は憎しみをたぎらせ、刀に手を掛けた。


「やめなよ。抜けば、あんた死ぬことになるぜ?」

土方は不敵ふてきに笑った。

「土方さん!」

いさめようとする山南を、芹沢が押しとどめた。

「おいおい、野暮ヤボはよせよ。お手並てな拝見はいけんといこうじゃねえか」


「おんしらの首じゃ、とても吊り合わんが、せめてもの手向たむけにささげちゃる」

浪士が言い終わらないうちに、土方は、地面をりあげた。

「うおっ!」

舞い上がった砂塵さじんに目をつぶされ、

前かがみになった浪士のくびに、ひじを落とす。

まばたきするほどの間だった。

土方はして倒れた浪士を、足で仰向あおむけに返した。

「…名を言いな」

「あ?」

「言葉は分かんだろ?名前を言えってんだよ」

土方は浪士の首を、下駄げたの歯でみつけた。

「わやにすな!わしゃ、かくす気なぞないきねや!豊永とよなが豊永伊佐馬とよながいさまじゃ!覚えときや!」

「そうかい。じゃあ豊永伊佐馬、手っ取り早く話を済ませようぜ?俺たちも忙しいんでな。その話、誰から聴いた?」

「なんじゃち?」

「そのお公家さんを殺ったのが俺らだって、何処どこの誰から吹き込まれたんだよ」

「ほがなことは聞かんでも分かるろう。おんしらは幕府のイヌじゃ!」

会津公用方あいづこうようがた広沢の言った通り、姉小路は変節へんせつうわさに対して、最後まで態度を明らかにしなかった。

そのせいで、開国派、攘夷派、いったい何方どちらがどちらを攻撃したのか、両陣営は疑心暗鬼ぎしんあんきられている。

土方は芹沢を振り返り、話にならないという風に肩をすくめた。

芹沢ははらの底を見透みすかされまいと笑って見せる。

「は、ケンカ慣れしてやがる」


「ちょっと、そこらの番所に寄って、なわを借りようぜ」

土方が豊永の刀を取り上げると、

近藤と山南がその両脇りょうわきをガッチリ押さえた。


近藤が、見事不逞浪士(ふていろうし)った土方の判断を揶揄からかい半分にめた。

「大人になったな、歳三」

「ぶっ飛ばすぞ、てめえ」

山南は、じゃれ合う二人に苦笑しながら話を戻した。

「そういえば、さっきの下駄げたの話ですが…」


先を行く芹沢が、振り返る。

彼は土方の豪胆ごうたんさと、それを当然の様に受け止める二人に苛立いらだちを覚えていた。

「いちいち、イモザムライ共の足元なんぞ見ちゃいねえよ。ヒマだな、お前さんも」

くさす芹沢を後目しりめに、土方の頭脳が忙しく回転を始めた。

「だとしたら、刀も薩摩の刀工とうこうの作かもしれん。どうせダメ元だ。調べてみる価値はあるな」

「ええ。もしそうなら、誠忠組せいちゅうぐみとかいう寺田屋の残党ざんとうまとしぼって、隊士たちに当たらせてみましょう」



四人は屯所とんしょに帰り着いた。

芹沢らがそれぞれ自室に引き上げてゆく中、土方は、門の前にいた隊士の中村金吾に、なわを打った豊永伊佐馬とよながいさまをドンと押し付けた。

「ほらよ。土産みやげだ」

「え?こいつは?」

流行はやりの草莽そうもうの志士ってやつさ。別に珍しくもねえがな。前川さんくらにでもブチ込んどけ」

「ああ、はい」

豊永はうらみの籠った眼で二人をめ付けている。

新入りの中ではきもわった中村は、戸惑とまどいながらもなわを受け取った。


「よろしく」

ひとこと言い置いてはなれに戻ろうとした土方は、ふと何か思い出して立ち止まり、

通りの向かいにある前川邸へと浪士を引っ立てる中村を呼び止めた。


「あ、それからな金吾!庭に隊士たちを全員集めろ」


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