バラガキ 其之参
「おう!おまんら、ちくと待ちや」
案の定、互いの距離が一間ほどに近づいた時、浪士は芹沢達の行く手に立ちはだかった。
「小汚い会津の犬めが。報いを受けさせちゃる」
近藤と土方は、顔を見合わせた。
「…一体どういうことだ?」
「姉小路少将の仇じゃ」
どうやら、その浪士は姉小路の暗殺を浪士組の仕業だと思っているらしい。
近藤は小さく頭を振った。
「やれやれ、もう噂になってるのか」
「おいおい、小僧、俺にそんな口を聞いたら、切り捨てちゃうぞ?」
芹沢鴨が一歩前に踏み出すと、
その胸板を押し戻して、土方が前に出た。
「ここは任してもらおう」
「姉小路少将と武市先生は、立場こそ違え、勤王攘夷の志を同じゅうされ、水魚の交わりを結んじょられた!」
武市先生とは土佐勤王党の党首武市瑞山(半平太)のことに違いなかった。
確かに、姉小路と武市は朝廷内の政治工作を通じ、かなり近しい関係にあったと言える。
故郷に かへる錦の 袖乃上に つつめや君が 深き恵を
武市が土佐に帰る時に、姉小路から贈られた歌である。
何やら気心の知れた関係が伺える。
浪士は憎しみをたぎらせ、刀に手を掛けた。
「やめなよ。抜けば、あんた死ぬことになるぜ?」
土方は不敵に笑った。
「土方さん!」
諫めようとする山南を、芹沢が押しとどめた。
「おいおい、野暮はよせよ。お手並み拝見といこうじゃねえか」
「おんしらの首じゃ、とても吊り合わんが、せめてもの手向けに捧げちゃる」
浪士が言い終わらないうちに、土方は、地面を蹴りあげた。
「うおっ!」
舞い上がった砂塵に目を潰され、
前かがみになった浪士の頸に、肘を落とす。
瞬きするほどの間だった。
土方は突っ伏して倒れた浪士を、足で仰向けに返した。
「…名を言いな」
「あ?」
「言葉は分かんだろ?名前を言えってんだよ」
土方は浪士の首を、下駄の歯で踏みつけた。
「わやにすな!わしゃ、隠す気なぞないきねや!豊永、豊永伊佐馬じゃ!覚えときや!」
「そうかい。じゃあ豊永伊佐馬、手っ取り早く話を済ませようぜ?俺たちも忙しいんでな。その話、誰から聴いた?」
「なんじゃち?」
「そのお公家さんを殺ったのが俺らだって、何処の誰から吹き込まれたんだよ」
「ほがな事は聞かんでも分かるろう。おんしらは幕府の犬じゃ!」
会津公用方広沢の言った通り、姉小路は変節の噂に対して、最後まで態度を明らかにしなかった。
そのせいで、開国派、攘夷派、いったい何方がどちらを攻撃したのか、両陣営は疑心暗鬼に駆られている。
土方は芹沢を振り返り、話にならないという風に肩をすくめた。
芹沢は腹の底を見透かされまいと笑って見せる。
「は、ケンカ慣れしてやがる」
「ちょっと、そこらの番所に寄って、縄を借りようぜ」
土方が豊永の刀を取り上げると、
近藤と山南がその両脇をガッチリ押さえた。
近藤が、見事不逞浪士を生け捕った土方の判断を揶揄い半分に褒めた。
「大人になったな、歳三」
「ぶっ飛ばすぞ、てめえ」
山南は、じゃれ合う二人に苦笑しながら話を戻した。
「そういえば、さっきの下駄の話ですが…」
先を行く芹沢が、振り返る。
彼は土方の豪胆さと、それを当然の様に受け止める二人に苛立ちを覚えていた。
「いちいち、イモザムライ共の足元なんぞ見ちゃいねえよ。ヒマだな、お前さんも」
腐す芹沢を後目に、土方の頭脳が忙しく回転を始めた。
「だとしたら、刀も薩摩の刀工の作かもしれん。どうせダメ元だ。調べてみる価値はあるな」
「ええ。もしそうなら、誠忠組とかいう寺田屋の残党に的を絞って、隊士たちに当たらせてみましょう」
四人は屯所に帰り着いた。
芹沢らがそれぞれ自室に引き上げてゆく中、土方は、門の前にいた隊士の中村金吾に、縄を打った豊永伊佐馬をドンと押し付けた。
「ほらよ。土産だ」
「え?こいつは?」
「流行りの草莽の志士ってやつさ。別に珍しくもねえがな。前川さん家の蔵にでもブチ込んどけ」
「ああ、はい」
豊永は恨みの籠った眼で二人を睨め付けている。
新入りの中では肝の据わった中村は、戸惑いながらも縄を受け取った。
「よろしく」
ひとこと言い置いて離れに戻ろうとした土方は、ふと何か思い出して立ち止まり、
通りの向かいにある前川邸へと浪士を引っ立てる中村を呼び止めた。
「あ、それからな金吾!庭に隊士たちを全員集めろ」




