バラガキ 其之弐
半刻余りのち。
会津の本陣、金戒光明寺の宿坊の一つに通された芹沢、近藤らは、公用人の外島機兵衛と公用方広沢富次郎に出迎えられた。
浪士組の相手は、専らこの広沢や秋月悌次郎の役目だったので、上司の外島が出て来ただけでも、事の重大さが窺い知れる。
「お役目ご苦労だな。実は昨日の夜、朔平門の外で姉小路公知卿が斬られた」
外島は、いきなり本題を切り出した。
あまりの事に、芹沢も一瞬言葉を失い、近藤と目を見合わせた。
山南が身を乗り出した。
「斬られたというのは、つまり…」
広沢がうなずく。
「ああ。夜半に身罷られた」
「誰がやったか、分かっているのですか」
外島は目を閉じて首を横に振った。
「生き残った雑掌(貴族に仕える雑役)の証言によれば刺客は三名、しかし、いずれも身元は不明だ。まだ捕まっていない」
芹沢は不謹慎にもニヤニヤと笑みを漏らした。
「なるほど、だからお呼びがかかったってわけかい」
外島、広沢にしても、姉小路に好印象を抱いていたとはとても言えなかったが、あくまで貴人の死を悼む体裁は保たねばならない。
外島は固い表情で、改めて芹沢らに任務を伝えた。
「浪士組諸氏には、我々会津藩兵、町奉行と連携して下手人の探索に当たってもらいたい」
「は、承知いたしました」
芹沢以下、浪士組の面々は頭を垂れる。
「知っての通り、姉小路卿は、宮中において、三条実美卿と並び、攘夷を標榜する公家の筆頭格と見なされていた」
芹沢は、面白そうにうなずいた。
「学習院を任され、偽勅を乱発していたなんて風聞もありますから、下手人を捕らえねば、あちら方面から突き上げを食いそうですな」
「芹沢!口を慎まんか」
広沢が堪りかねて嗜めたが、実際のところ、学習院は今や長州藩によるロビー活動の場と化しており、彼らに利益誘導を図るため朝廷の意思決定に影響を及ぼしていた黒幕が、三条であり、姉小路その人であった。
本当に犯人を捕らえたいのであれば、「事実」こそが重要であり、ここで綺麗ごとに終始しても意味がないという点は、山南敬介も同じ考えだった。
「しかし、広沢様も例の噂は御存じのはず。姉小路卿の開国派への転向が真実か否か、正直なところを教えていただきたい。それによって我々の追う相手はまるで違ってきます」
「噂は承知している。だが知る限り、姉小路卿は生前ついに胸の内を明かされることはなかった。つまり、拙者や貴殿と同じく、誰にも本当のことは分からんということだ」
「要するに」
土方がようやく口を開いた。
「水戸、薩摩、長州、土佐、会津、旗本、公家、その他、誰であれ動機を持ち得るってわけですね」
これでは、干し草の中の針を探すようなものである。
土方はお手上げという風に、小さく肩をすくめた。
外島と広沢も、こうして名前を並べられると、それが如何に現実離れした要求か、認めないわけにいかなかった。
壬生屯所への帰路。
「探せったって、手掛かりが少なすぎる。刀はまだ新しく、おそらく買って間もないものだと言うし」
近藤が並んで歩く土方にボヤいた。
「しかし銘が切ってあったんだろ?奥和泉守なんとか。近藤さん、詳しいんじゃないのか」
銘とは、刀の茎(刀身の柄の部分に収められている箇所)に彫られた刀匠の名前や制作年のことである。
「奥和泉守」の部分は受領銘と言って、朝廷から賜ったブランド名のようなものであり、売れれば公家にバックマージンが入る仕組みになっていたと言う。
所謂箔付けにはなるが、こうしたビジネスモデルの常として、必ずしも品質を保証するものではなかったから、当然人気にもバラつきがあった。
「奥和泉守忠重。いや、あいにくその刀工の名には聞き覚えがないな…。芹沢さんは?」
近藤は、鉄扇を扇ぎながら先を行く芹沢に尋ねた。
「知らねえな、聞いたこともねえ。売った店が割れりゃともかく、そっちの線は望み薄かもな。下駄の方はどうなんだ」
四人は縄手通りと四条通りの辻に差し掛かっていた。
「杉で作った幅の広い駒下駄で、太い緒がすげてあったそうだ。 緒の色は白」
土方が広沢から聞きだした情報を書き留めた紙を読み上げる。
下を向いて後方を歩いていた山南がふと顔をあげた。
「それ…ひょっとして薩摩下駄じゃないですか?」
三人が山南を振り返った。
山南は近藤の記憶を呼び起こすように、その顔を指さした。
「ほら、よく薩摩藩士が履いてる…」
「さ、さあ?そうでしたか?」
しかし、その時、芹沢が急に立ち止まって、
後ろを歩いていた近藤は、背中にぶつかりそうになった。
「…どうかしましたか?」
「見ろよ、前から歩いて来るあいつだ」
芹沢が眼で指したのは、二十そこそこの若い浪士だった。
明らかに敵意を持って此方をまっすぐ見ている。
「アタマの悪そうなガキだ。殺気を隠そうともしねえ」
芹沢は、右手を空けるため大鉄扇を懐に仕舞った。




