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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
303/404

バラガキ 其之弐

半刻はんとき余りのち。

会津の本陣、金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)宿坊(しゅくぼう)の一つに通された芹沢、近藤らは、公用人(こうようにん)外島機兵衛としま きへえ公用方(こうようごた)広沢富次郎に出迎えられた。

浪士組の相手は、もっぱらこの広沢や秋月悌次郎あきづきていじろうの役目だったので、上司の外島が出て来ただけでも、事の重大さがうかがい知れる。


「お役目ご苦労だな。実は昨日の夜、朔平門さくへいもんの外で姉小路公知卿が斬られた」

外島は、いきなり本題を切り出した。

あまりの事に、芹沢も一瞬言葉を失い、近藤と目を見合わせた。

山南が身を乗り出した。

「斬られたというのは、つまり…」

広沢がうなずく。

「ああ。夜半に身罷みまかられた」

「誰がやったか、分かっているのですか」

外島は目を閉じて首を横に振った。

「生き残った雑掌ざっしょう(貴族に仕える雑役)の証言によれば刺客しかくは三名、しかし、いずれも身元は不明だ。まだ捕まっていない」


芹沢は不謹慎ふきんしんにもニヤニヤと笑みを漏らした。

「なるほど、だからお呼びがかかったってわけかい」

外島、広沢にしても、姉小路に好印象を抱いていたとはとても言えなかったが、あくまで貴人の死をいた体裁ていさいは保たねばならない。

外島は固い表情で、改めて芹沢らに任務を伝えた。

「浪士組諸氏には、我々会津藩兵、町奉行(まちぶぎょう)連携れんけいして下手人の探索に当たってもらいたい」

「は、承知いたしました」

芹沢以下、浪士組の面々はこうべを垂れる。

「知っての通り、姉小路卿は、宮中において、三条実美さんじょうさねとみ卿と並び、攘夷じょうい標榜ひょうぼうする公家の筆頭格ひっとうかくと見なされていた」

芹沢は、面白そうにうなずいた。

「学習院を任され、偽勅ぎちょくを乱発していたなんて風聞ふうぶんもありますから、下手人を捕らえねば、あちら方面から突き上げを食いそうですな」

「芹沢!口をつつしまんか」

広沢がたまりかねてたしなめたが、実際のところ、学習院は今や長州藩によるロビー活動の場と化しており、彼らに利益誘導りえきゆうどうを図るため朝廷の意思決定に影響を及ぼしていた黒幕が、三条であり、姉小路その人であった。

本当に犯人を捕らえたいのであれば、「事実」こそが重要であり、ここで綺麗きれいごとに終始しゅうじしても意味がないという点は、山南敬介も同じ考えだった。

「しかし、広沢様も例の(うわさ)は御存じのはず。姉小路卿の開国派への転向てんこうが真実か否か、正直なところを教えていただきたい。それによって我々の追う相手はまるで違ってきます」

(うわさ)は承知している。だが知る限り、姉小路卿は生前ついに胸の内を明かされることはなかった。つまり、拙者せっしゃ貴殿きでんと同じく、誰にも本当のことは分からんということだ」


「要するに」

土方がようやく口を開いた。

「水戸、薩摩、長州、土佐、会津、旗本、公家、その他、誰であれ動機どうきを持ちるってわけですね」

これでは、干し草の中の針を探すようなものである。

土方はお手上げという風に、小さく肩をすくめた。

外島と広沢も、こうして名前を並べられると、それが如何いかに現実離れした要求か、認めないわけにいかなかった。



壬生屯所みぶとんしょへの帰路きろ

「探せったって、手掛かりが少なすぎる。刀はまだ新しく、おそらく買って間もないものだと言うし」

近藤が並んで歩く土方にボヤいた。

「しかしめいが切ってあったんだろ?奥和泉守おくいずみのかみなんとか。近藤さん、くわしいんじゃないのか」

銘とは、刀の(なかご)(刀身の柄の部分に収められている箇所)に彫られた刀匠とうしょうの名前や制作年のことである。

奥和泉守おくいずみのかみ」の部分は受領銘ずりょうめいと言って、朝廷からたまわったブランド名のようなものであり、売れれば公家にバックマージンが入る仕組みになっていたと言う。

所謂いわゆる箔付はくづけにはなるが、こうしたビジネスモデルの常として、必ずしも品質を保証するものではなかったから、当然人気にもバラつきがあった。

奥和泉守忠重おくいずみのかみただしげ。いや、あいにくその刀工とうこうの名には聞き覚えがないな…。芹沢さんは?」

近藤は、鉄扇てっせんあおぎながら先を行く芹沢に尋ねた。

「知らねえな、聞いたこともねえ。売った店が割れりゃともかく、そっちの線は望みうすかもな。下駄げたの方はどうなんだ」

四人は縄手なわて通りと四条通りのつじに差し掛かっていた。

「杉で作った幅の広い駒下駄こまげたで、太いがすげてあったそうだ。 緒の色は白」

土方が広沢から聞きだした情報を書き留めた紙を読み上げる。

下を向いて後方を歩いていた山南がふと顔をあげた。

「それ…ひょっとして薩摩下駄さつまげたじゃないですか?」

三人が山南を振り返った。

山南は近藤の記憶を呼び起こすように、その顔をゆびさした。

「ほら、よく薩摩藩士かれらいてる…」

「さ、さあ?そうでしたか?」


しかし、その時、芹沢が急に立ち止まって、

後ろを歩いていた近藤は、背中にぶつかりそうになった。

「…どうかしましたか?」

「見ろよ、前から歩いて来るあいつだ」

芹沢が眼で指したのは、二十はたちそこそこの若い浪士だった。

明らかに敵意を持って此方こちらをまっすぐ見ている。

「アタマの悪そうなガキだ。殺気を隠そうともしねえ」

芹沢は、右手を空けるため大鉄扇をふところ仕舞しまった。


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