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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
302/404

バラガキ 其之壱

翌、文久三年五月廿一(にじゅういち)日。朝。


壬生浪士組屯所みぶろうしぐみとんしょ、八木家の離れ。

隊士たちはバタバタと朝の支度したくに忙しい。


副長助勤ふくちょうじょきん藤堂平助がけわしい顔で、朝食の後片付けをする女中のゆうそでを引いた。

「おゆうちゃん、ちょっと話があるんだけど」

「なんやあらたまって…気持ち悪いな」

「今朝の漬けものらしきアレなんだけど…」

「ああ、あれ?不味まずかった?」

「いや、そもそも、色といい、匂いといい、歯触はざわりといい、なんて言うか、江戸では見たこともないブツだったから…」

藤堂は鬢付油びんづけあぶらをつけて髪をかしながら、またその味を思い出したのか顔をしかめた。

桂瓜かつらうりの奈良漬けや。南部はんとこからの頂きもんらしいで。うちは好きやけど…」


途端とたんに部屋にひしめく隊士たちが、ザワつき始めた。

「そうなの!?よかった~。俺はまた、なんかヤバいアレかと…」

「え?俺は美味(うま)かったがな。ちょっとクセになるっていうか」

「マジかおまえ!俺なんか、口に入れる勇気なかったぜ」

「てかあれ、どうやって作ってんの。てか、なんなのアレ」

「そやから、ただのうりや!米糠こめぬかやのうて、酒カスに漬けてるねん」

「え?俺、下戸げこなんだけど平気?腹壊(ハラこわ)したりしねえ?」

「別に死なへん!あんたら、アレにそんなビビッてたんか?どんだけ繊細せんさいやねん」


南部家の漬物が思わぬ物議ぶつぎかもしているところへ、

副長助勤ふくちょうじょきん井上源三郎が入って来た。

「あー、ちょっといいかい?」

井上は筒状(つつじょう)に巻いた紙を頭の上で振り回して皆の注意を引いた。


「実はねえ、会津公と江戸留守居役(るすいやく)の板倉様宛てに、連名で上申書を出すことになったんだ。お前さんたちも、これに目を通して署名してくれないか」

藤堂が胡散臭うさんくさそうに首を傾げた。

「なんです?」

同じく副長助勤ふくちょうじょきんの永倉新八が、井上の手からひょいと上申書を取り上げる。

「あ、こら」


紙を拡げる永倉の脇から、藤堂とゆうのぞき込んだ。

「なんて書いてあんの?」

永倉は書類に目を通しながら、彼なりに論旨ろんしをまとめてみせた。

「要は、江戸の大名、旗本どもが、現場こっちの状況も知らねえくせに上様を返せ返せとうるせえもんだから、今大樹公たいじゅこうに居なくなられちゃ困るって言ってる」


藤堂が井上を振り返る。

「例の小笠原様が都に乗り込んでくるってアレですか?」

「ああ。強引に連れ帰られちゃ何もかもブチこわしだって、近藤さんと芹沢さんの意見がめずらしく合ってな」


確かに、自身が破約攘夷はやくじょういの期限を切った五月十日から、もう十日余りが経つというのに、幕府は諸外国に戦端せんたんを開くどころか、生麦事件の賠償金ばいしょうきんを払う始末である。

これでは孝明天皇以下、在京の主戦派が納得するはずもなく、鼻息の荒い政界のタカ派は怒りにき立っていた。

山南敬介が懸念けねんしていた攘夷激派じょういげきはの暴発は、現実的な脅威きょういとなりつつある。


永倉はあごさすった。

「水戸の慶篤よしあつ公や一橋公は江戸に帰ったきり、なんの音沙汰おとさたもねえし、この上、大樹公たいじゅこうまで江戸に引っ返して攘夷じょういの話がまとまんなきゃ、こっちは収集がつかなくなって、下手すりゃ日本ひのもとが東西真っ二つに割れての大合戦だいかっせんなんて事態にもなりかねん」

目釘めくぎを改めていた新参隊士の林信太郎が顔を上げた。

「ずいぶんおどかすじゃないですか」

「おれが言ったんじゃねえ。そう書いてあんの!」


藤堂はやれやれといったていで腕を組む。

「あながち、あり得ない筋書きじゃないけどな」

井上は、筆とすずりを用意して、床几しょうぎをポンと叩いた。

「てな訳で、納得いただけたら、ここに名前を!もっとも、その件ではえらく神経質になってる山南さんも、こんなことやったって無駄ムダだと言ってるがねえ」


そこへ余所行よそゆきの羽織を着た二人の副長、山南敬介と土方歳三が入ってきた。

「井上さん、そこまでは言ってないでしょう」

山南がやんわりと否定するも、土方がまた混ぜ返した。

「いやいや、遠回しに言ってたよな?ま、俺としちゃモメた方が面白いが」

さらに遅れて局長近藤勇が姿を現し、腰に大小を差しながら話に加わった。

「いくら筋の通った意見でも、出処でどころが壬生浪士組じゃ、まともに取り合ってもらえるかはなはだ疑問だが。ま、芹沢さんいわく、一種の示威じい活動ってやつだ。俺たちも此処ここにいますから忘れないでくださいってな」

井上は嘆息たんそくした。

「やれやれ、なみだぐましいねえ」

近藤はゆうに手伝ってもらいながら羽織にそでを通し、ひもを結んでいる。

イソイソと準備をする姿を見て、永倉がいぶかった。

「なんだよ。誰に会うんだい?」

「(会津藩)公用局の外島機兵衛としま きへえ様から呼び出しでな。なにか、大変な事件が起きたらしい」

藤堂がひざそろえて座り直した。

「なにごとです?」

「わからん。とにかく芹沢さんと行ってくる。山南さんと歳も連れていくから、永倉、留守るすを頼んだぞ」

「わかった」

永倉がうなずいた。


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