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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
人斬之章
299/404

鬼の副長 其之弐

「あ…いえ…」

すっかり委縮いしゅくして何もしゃべれない柳太郎に代わって、藤堂平助が弁明した。

因幡薬師界隈いなばやくしかいわいには人通りも多かったし、あの局面で人を斬るというのは、口で言うほど容易たやすくありません」

近藤が藤堂をにらんだ。

「お前には発言を許してない。馬詰君に何故なぜその男を斬らなかったかといてる」


沖田総司が、すました顔で遅れて入ってきて、幹部たちの末席まっせきに腰を下ろした。

「…よっこらせと。こないだはご公儀こうぎ忖度そんたくして生け捕りにしろなんて言ってたくせに」

遅刻した上、余計な口を挟む沖田に、近藤は苛立いらだちをぶつけた。

「うるせえ!今は気構きがまえの話しをしてるんだ!」


土方がいささか言葉足らずな近藤の査問さもん意訳いやくした。

「近藤先生が聞きたいのは、つまり、現場での臨機応変りんきおうへんな判断は尊重するにせよ、それが国に報いる気概きがいに基づいた選択だったのか、いなかだ」


水戸派の平山五郎が鼻でわらった。

「ビビッて逃げたんだ、最低野郎に気概きがいもクソもあるかよ」

ムッとした藤堂が、それにみつく。

「アンタは黙ってろ。しかし、尽忠報国じんちゅうほうこく(こころざし)が人を斬る免罪符めんざいふになるなんて理屈は、つまるところ攘夷派の天誅てんちゅうと何ら変わらないじゃないスか」

土方は間髪入かんぱついれずその反論をねじ伏せた。

「いいや、違うね。俺たちの後ろには京都守護職きょうとしゅごしょく会津中将あいづちゅうじょうがいて、その後ろには徳川家が、そして、その後ろにはみかどのおわす朝廷が控えてるんだ。俺たちには、奴らを斬る『大義たいぎ』ってもんがあるのさ」


なぜか、肩に子猫のクロを載せた永倉新八が鼻を鳴らした。

「タイギ?は、くだらねえ」

近藤が大きな口をへの字に曲げる。

「言いたいことがあるなら、ハッキリ言ったらどうだ」

「別に。ただ、相手はあの人斬り以蔵だぜ?奴とサシでやり合える人間がこの中に一体どれだけいる?大義のため命を賭けるのも結構だが、犬死にさせちまっちゃ元も子もないんじゃないかと思ってね」

「我々の職務は京の治安を守ることじゃないのか?それの何処どこが犬死になんだ」


安藤が努めて穏やかに二人をなだめた。

「まあまあ皆さん、そう熱くなりなさんな。こんなご時勢だ。そのうち、嫌でも死をして戦わなきゃならん時が来る。その時まで命は大切に取っときましょ」

それでも近藤は納得しない。

「口先ではなんとでも言えます。今、弁をろうしてこの場を逃がれようとする者は、その時が来れば、また逃げるに決まっている」

しかし安藤がどれほどの覚悟をもって、その言葉を口にしたか、この時はまだ近藤にも分かっていなかった。


ともかく、永倉も近藤のかたくなな態度には嫌気いやけがさして、つい投げりな言い方になって来る。

「分かってるはずだ!あんたやおれならともかく、その他有象無象(うぞうむぞう)じゃ、やる前から勝負は見えてるだろうが!これが犬死にじゃなくてなんだ」

この放言(ほうげん)が数名の幹部のかんさわった。

「なんだと?テメエ!」

「そのウゾームゾーてな、俺のことか!」

「ほんなら白黒つけたろうやないかい!」

「ニャー!」

言葉尻ことばじりを捕らえた平山五郎、原田左之助、松原忠司、おまけにクロまでが割って入り、評定はもはや当事者の柳太郎や河合など置き去りにして、どんどん脇道へれてゆく。


「なんだなんだ?朝っぱらからうるせえなあ」

その時、筆頭局長、芹澤鴨が、巨体をかがめながらのっそり入ってきて、

「よお平間、大坂で拾った、あの馬の根付ねつけ知らねえか?」

と、これ以上ないくらい場違ばちがいな話題を持ち出した。


平間重助はにがり切った様子で腰を上げた。

「場をわきまえてくれ。その話は今じゃなきゃダメか?」

「あれ?なに?不味マズかったか?」

平間は芹沢を部屋の隅に引っ張って行くと、肩を抱くようにして耳打ちした。

「昨日、夜鷹よたかを買ってたろ?あんた、女に代金代わりだと渡してたぞ」

「ウソ?酔ってたからかなあ、全然覚えてねえよ。買い戻せねえかな?」

平間は深々とため息をついた。

「ああいう女は毎晩同じ辻に立っているとは限らんからな。まあ、皆へは見廻みまわりのとき気に掛けるよう言っておこう」

「かたじけねえ。あ、あと、この事はお梅に言うなよ?」

「あーハイハイ。分かったからあんたも座ってくれ」



土方歳三は、この中断に乗じて何事もなかったように話を元に戻した。

「で?どうなんだ馬詰くん」

「あの…私は!私は…」

言いよどむ柳太郎を見兼ねて、父信十郎がおずおずと膝這ひざばいで前に出た。

「局長、後生ごしょうです。息子は生来せいらい気性の優しいたちで、そもそも荒事あらごとには向いていないのです。引き込んだわたしにも…」

「あんたには聞いてねえ!」

土方が声を荒げた。

柳太郎は観念したように、ぽつぽつと陳述ちんじゅつを始めた。

「あの時、刀のに手を掛けようとしたとき、あの浪士が何か言ったんです…」

「何と?」

「あの時の事は…よく思い出せないのですが、あの、もう人を斬りたくないとか…何か、そのようなことを」


平山が畳に後ろ手を付いて笑った。

「もう少しマシな言い訳をしたらどうだ?」

「ほ、本当です。本当なんです」


本音ほんねを言えば、何某なにがしか柳太郎を許す口実が欲しい近藤勇も、残念そうに眼を閉じた。

「…仮にそれが本当だとしても、みすみす敵を見逃した理由にはならん」


と、その時、副長土方歳三が珍しく温情らしきものを見せ、助け船を出した。

「まあまあ、今回は芹沢筆頭局長がついていながらの失態だ。隊士達ばかりを責めるのもこくってもんだろ」


「おっと、流れ弾が飛んできやがったぞ?」

芹沢鴨がお気に入りの鉄扇てっせんを扇ぎながら、へらへらと不遜ふそんな笑みを浮かべる。

しかし、これには普段温和な平間重助も黙っていなかった。

「元はと言えばお前達が招いた事態ことだ。今さら芹沢さんに責任をなすりつけるなど恥を知れ」

野口健司も前のめりになって反論した。

「その通りです。私たちはむしろ捕縛ほばくを手伝ったんですよ」

「まあ、そんなわけでな」

平山が、柳太郎を指さした。

「何れにせよ、この件はケジメをつけなきゃならん。少なくとも、その青瓢箪あおびょうたんには腹を切ってもらう」


藤堂平助は気色(けしき)ばんだ。

「いったい、そりゃ何を根拠にした裁定なんだ!」

平山は残された片目で近藤の方を見ながら口元をにやりとゆがめた。

「家里の前例もある。この小僧のやったことは武士道にもとるんだ。理由なら、それだけで十分じゃなかったかね?ねえ、近藤局長?」

「く…」

近藤は、返す言葉もなく押し黙った。


河合と柳太郎は、ともに顔面を蒼白そうはくにしてガタガタ震えている。


これまで一言も発しなかった斎藤一が、ダラダラと続く話し合いにうんざりしたように、立ち上がった。

「話はついたようだな。ではさっさと済ませてしまおう。前に出ろ。すぐ楽にしてやる」

介錯かいしゃくを買って出て、刀の鯉口こいくちを切った。


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