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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
人斬之章
295/404

獲物が飛び出したぞ! 其之参

「♪あねさんろっかくたこにしき、しあやぶったかまつまんごじょう♪」

突然原田が歌い出したので、肩を並べて走る永倉は眉を潜めた。

「ご機嫌だな、左之助。こんな時に、なに歌ってやがる」

「おまじないだよ。どうやら、この順路はアタリだな」

「マグレだがな」

二人はニヤリと笑みを交わした。


都の通りは、南北、東西に碁盤ごばん状に走っている。

次の十字路まで来たとき、まだ標的とおぼしき姿は見えず、原田が隊を割った。

「俺と永倉はもう一本北の仏光寺ぶっこうじ通りまで行ってみる。平助は後の者を連れて、この高辻通りを次の辻まで行って、新町通りを北へ向かえ。柳太郎と河合はそこから南の路地に回りこめ。上手うまくすりゃ平山たちと奴らをはさちにできる」

「任せな!アニキ」


藤堂と別れた永倉と原田は、南北に走る衣棚ころものたな通りを北上し、やがて人混みの向こうに藍染あいぞめ無地むじを着た浪人を視認しにんした。

「いたぞ!あいつだ!」

二人は全速力で追ったが、通行人にはばまれ、思うように間を詰められない。

四条通りまで来たとき、その男が左肩を押さえながら振り返った。

すでに追手の存在に気付いている様子で、永倉は男と目が合った。

“人斬り”岡田以蔵である。


以蔵は、明らかに二人へ向けて、ニタリとわらいかけ、

そして、そのまま四条通りの雑踏ざっとうき消えてしまった。

中肉中背ちゅうにくちゅうぜの以蔵は、人混みにまぎれるのに有利だった。


原田と永倉は十字路の真ん中まで来て、四方を見渡し、

立ち尽くした。


「くそ!見失った!」

原田がにぎこぶしを空に振り下ろした。

「…ヤロウ、俺の眼を見ながら笑いやがったぜ。人斬り以蔵てな、ヤツに違いねえ」

仕損じたはずの永倉の口元には、なぜか笑みが浮かんでいる。

「だろうな」

原田が不機嫌ふきげんこたえた。

「左之助え!なんだか面白くなってきやがったなあ!あんにゃろう、次は絶対(ぜってえ)とっ捕まえてやるかんな」

「はしゃぐんじゃねえよ。その前に、またあの鬼局長にドヤされるんだからよ」



一方、背の高い田中新兵衛は、いやでも人目についた。


亀山藩邸のかどで以蔵と別れ、追手おってを分散することに成功したものの、

そこから敵の裏をかくつもりで南に戻ったのが裏目に出て、

平山、野口らに鉢合はちあわせしてしまった。


「おーっと、こりゃどうも。奇遇きぐうですな」

平山五郎がうやうやしく頭を下げ、

野口、佐伯と道いっぱいに拡がって新兵衛の行く手をさえぎった。

野口は新兵衛をにらえたまま、平山に尋ねた。

「あの土佐浪人と一緒にいたってことは…」

「ああ。こいつもクロだな」

「もし違ったら?」

「なあに、斬っちまえば分かりゃしねえさ。並べた時、首は一つより二つの方が見栄みばえもいいしな」

二人はじりじりと間合いを詰めた。

「おい、佐伯!陣形じんけいくずすな!てめえも前に出ねえか!」

平山が刀を抜きながら叫んだ。

「人が多すぎます!」

佐伯が震える声でうったえる。

ここで斬り合いが始まれば巻き添えが出るのは必至ひっしだ。


「ちっ!」


新兵衛は舌打ちして、きびすを返した。


ところが、

最初の角を曲がり、数間すうけん走ったところで、

今度は馬詰柳太郎と遭遇そうぐうした。


新兵衛は不運をのろったが、むしろ本当に死を覚悟したのは柳太郎の方だったかもしれない。

何しろ、彼には剣術のスキルがほとんどなかった。

助けを求めるように振り返ったが、

一緒に走っていたはずの河合耆三郎は、はるか後方で転んでいた。


柳太郎は、立ちすくんだ。

その時、

「そっちへ行ったぞ!斬れ!」

新兵衛の背後、建物の影から平山の怒声どせいが届き、それに誘発ゆうはつされたように柳太郎は抜刀ばっとうしていた。


虎見物とらけんぶつ帰りの客たちは悲鳴を上げ、辺りは騒然とした。


人斬り新兵衛は、逃げるのを諦め、

ゆっくりと刀を抜いた。

神経をませ、

背後の平山たちと目の前にいる馬詰の両方に注意を配る。


後方の平山たちはまだ見えない。

突破するなら、この若い男の方だ。

新兵衛は心を決めて、

殺気を宿やどした眼で馬詰栁太郎をにらんだ。


「おはん名前は」

まさに一触即発いっしょくそくはつの空気のなか、

新兵衛は柳太郎にボソリとたずねた。

「え?」

「名をわんか。武士なら名乗りを挙げてから切り結ぶのが礼儀れいぎごわんど」

「ま、ま、馬詰柳太郎…」

「よか。馬詰どん、よう聞いてたもんせ。おいとおはんでは勝負になりもはん。じゃっど、おいはもう人を斬るのに疲れもした。此処ここで足止めを食えば、おいもおはんの仲間に取り囲まれて無事ではすまんじゃろ。今、おはんが道をゆずい、おいがここを通らんかったと報告すれば、お互い生きて明日の太陽をおがめもんそ」

ひたいに垂れたおくがみごしに、鋭い眼光が柳太郎をつらぬいた。


柳太郎の目の前は真っ白になり、脚は根が生えたように動かなくなった。

「すみません、馬詰さん!」

ようやく追いついた河合耆三郎が息を切らしながら謝る声も、何処どこか遠くから聞こえる。


「何をしている!斬らんか!」

平山に肩をドンと突かれ、柳太郎は我に返った。


そのとき、辺りにはすでに新兵衛の姿はない。


「奴はどっちへ逃げた?」

平山は柳太郎の両肩をつかんでゆささぶった。

「さ…さあ?」

貴様キサマ、敵に一太刀ひとたちも浴びせず、そのお綺麗なツラで、どうぞお通りくださいと道をゆずったのか」

平山は手の甲で思い切り柳太郎の頬を張り飛ばした。

「…切腹を覚悟しとくんだな」


河合が、震える指で堀川の方を指した。

「あ、あ、あっちです。アッチへ逃げました!」



しかし、逃げた田中新兵衛もまた、混乱していた。

あの場面で、しかもあのひ弱なにわざむらいすら斬り捨てることが出来なかった自分自身に。


新兵衛は、堀川に架かる橋の手前で、突然物陰(ものかげ)から手を引かれた。

ハッと我に返って見ると、手をつかんでいるのは辻に立つ女郎じょろうだった。

「こっち!」

目深まぶかに被った手拭いで顔は良く見えないが、聞き覚えのある声だった。

お前(おめ)は?」

「いいから早く!」

強く手を引かれ、二人はもつれ合うようにして、目の前の出合茶屋であいちゃやに転がり込んだ。



六畳ほどの狭い部屋に通され、新兵衛は倒れ込むように布団ふとんに突っした。

「ないごてじゃ、ないごておいを助けた?」

まくらほおを押し付けたまま、行燈あんどんの炎にゆらゆらと照らされる女の横顔をながめる。


袖振そでふり合うも多生たしょうの縁なんて言うじゃない。私、一度でも取り引きした相手の顔は忘れないの」

はらりと手拭てぬぐいを取ったその女は、芹沢鴨をそでにした、“あの”辻君つじぎみだった。


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